第2話 小屋

 桂川には木橋がかかっている、それを渡れば神之介の小屋まではすぐだ。

 まともな家を借りる金はある、が、家など雨露がしのげれば十分だ。実はこの小屋は自分で建てたものではない。


 半年ほど前のことだ、西国から都に戻ってそうそうにある騒動に巻き込まれ、神之介は深手を負って、桂川の河原で倒れていた。

 それを川漁師の娘、うさぎが助けてくれ、療養所として、余っていた網置き場を使わせてくれたのだ。


 傷は簡単に癒えたが、暮らし始めてみると居心地がよく、そこを借りることになった。

 うさぎにしても両親が戦に巻き込まれ既になく、弟と二人で暮らしていることから用心棒としてここに神之介がとどまることをむしろ臨んだ。


 うさぎは数えで十五、そろそろ男ができてもいいころなのだが、その気配がないようだ、というより神之介に秋波を送っている。

 神之介にしてもうさぎが嫌いなわけではないが、なぜか手を出しかねている。


「川で体を洗っていくか」

「はい」

 もみじは神之介に背を向けると着物を脱いだ。

 先ほどの遊郭の女に比べるとずいぶん貧相な体だが、それでも出るとこは出ている。巫女ということだから未通女ではないはずだ。


「小屋に入ろうか」

 もみじは着物をまとめると、神之介の後ろに従った。


 小屋には贅沢にも畳が引いてある。こんな掘立小屋にあるとは思っていないだろう、誰も盗んでいくことはなかった。

 ちなみに、小屋を貸してくれている、うさぎ姉弟にも畳を送ってある。


「畳だ」

 もみじは嬉しそうにはしゃいだ。

「お前ほどの器量ならば、畳に寝るのも珍しくはないだろう」

「それはそうですけれど、いつもいつもそんないい思いができるわけじゃありません」


 神之介は、もみじの唇を吸った。普通は遊び女相手に口吸いなどはせぬが、もみじの可憐ともいえる赤い唇を見ると、つい我慢ができなくなった。

「うれしい、あの山上様とこんなことができるなんて」


「お前、家は」

「ありません、この桑折一つを担いで町をさまよっております」

「都だけか?」

「いいえ、山城、近江、丹波にもいきます」

「なじみの家はあるのか」

「なかなか、担ぎ巫女などにこころを許す者はおりません」


 もみじはほんの少し寂しそうに言った。

「よければここに住まんか、飯ぐらいは食わせてやる、川で魚も捕れる」

「ほんとうですか」

 もみじの目は輝いた、が、すぐに元の暗いものになった。

「いけません、私なんぞを家に置けば、山上様のお名に」

「なにを言って居る、俺の名なんぞ構うものか」


「では、卑女ということで」

「うむ、お前がそれがいいというのなら。ただ寝るのは土間ではなく、この畳の上だ、分かったな」




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