室町武芸帳
ひぐらし なく
第1話 神之介という男
女はなじみだ、どんな時に山神神之介が訪れるかはわかっている。
取りあえず口取りで一つ飲んでくれたが、いきり立ったへのこは硬度を保っている。
何人斬って来たのなどということは聞かず黙った後ろを向くと白い尻を突き出した。
自分で最初から何かを塗り込んでおいてくれたのだろう、ほとにへのこを当てるとすんなりと体内に取り入れてくれた。
なじみの女はこういう時はありがたい。
この廓に通い始めてもう一年になる。
「はぎ」という名のこの女はもう十九だという、十三でここに売られて、もう六年、神之介以外にも何人かなじみの客がいて、そろそろ年季が空けるという。
「年季が空けたらうちに来るか」
「嬉しおすけど、うちには「神」さんの相手はちょっと。山城の方の油屋さんで妾にどうだと言ってくれる人が」
そんなことを話したことがある。
「あ、もうもう堪忍してくれやす、壊れてまいます」
女がのけぞり中が収縮する。神之介は放った。
女はぐったり動けなくなっていた、後始末もそこそこに寝そべっている。
確かに、人を斬ってくるたびにこんな目にあわされれば、神之介の世話になろうとは思わないのも、わかる気がする。
「俺は帰るが、帳場には朝までの金は払っておく、気にせずに休め」
女は体を起こすと両手をついて、頭を下げた。
今の住処は都から見て桂川の向こう、山城は久世の里だ。川の近くに掘立小屋を建てて暮らしている。
西大路をぶらぶらと歩いていくと吉祥院の手前で女の叫び声を聞いたように気がした。
「やめろ、離せ」
確かに女の声だ、神之介は太刀を押さえると、声のする方向に、走り出した。
別に神之介は侍所の人間ではない、女がかどわかされようが手籠めにされようが関係のない話した。そもそも今の都においてそんな話は珍しくもない。
将軍家の跡目と大名の覇権争いがもとで引き起こされた乱が都の街のみならず人心までも殺伐としたものにしている。
なのに神之介が走っているのは、単に物好きだからだった。
「おい、何をしている」
問うまでもなかった、娘を四人の侍が手籠めにしようとしているところだ。男たちに手足を押さえられた娘の股座に一人の男が蹲り、下帯を外そうとしていた。
「なんだお前、やりたいのか、待っていればやらしてやるぞ。ただ俺たちのものでがばがばになって楽しめるかはわからんがな」
「お前たちが使ったものなどごめんだな、やるなら俺一人でやる」
「あー、なんだお前、たたっ斬られたいのか」
一人、娘のそばで見ていた侍が神之介に近づいてきた。
「ぎゃ」
断末魔の悲鳴が上がった。
一瞬で男は袈裟に斬り倒されていた。まだ太刀に手も掛けていなかった。
「何をしやがる」
残された三人の男は太刀を抜いた。
神之介を取り囲もうと、右に動いた男が胴を払われ、文字通りに真っ二つになった。
「ひっ」
「貴様」
「こいよ」
神之介は口元に薄ら笑いをうかべると、左の男に声をかけた。
「うぉー」
獣じみた声をあげ男は刀を振り上げようとしたがその瞬間右腕を切り落とされ、さらに逆袈裟に斬られて崩れ落ちた。
「た、助けてくれ。こ、この通りだ女もやる」
「やるもやらぬも、その娘おぬしのものではなかろう」
「まあいい、助けてやる、どこぞにいね」
神之介が太刀を治めようとした時を見計らって、男は太刀を振りかぶり神之介に斬りかかった。
が、神之介はそこにいなかった。半歩、体をずらすと男を背後から斬り捨てた。
「娘、いいぞ家に帰れ」
「あ、ありがとうございます、お武家様は」
「ああ、人を斬ったからな、またへのこが高ぶっちまった。島原に戻って抜いてくる」
女を休ますつもりだったが哀れなことだと思った。
「あたしじゃだめですか、その、高ぶったものを」
立ち上がった女は十四、五か目鼻立ちの整った美しい顔をしていた。
「ん、お前担ぎ巫女か」
「はい」
「そうか、でもそれじゃこいつらと変わらんではないか」
神之介は足元に転がった骸に視線を動かした。
「そいつらは、無理やりですがお武家様には、あたしから」
「そいつはありがたいな、お前家は」
「ありません」
神之介は少し考えた。血の匂いも洗い流したい。
「俺の家は桂川の向こうだが一緒に来るか」
娘は嬉しそうに「はい」と答えた。
「俺は神之介、山上神之介」
「え、あの山上様」
「お前俺を知っているのか」
「はい、巫女をやっておりますので」
「あ、私は、もみじといいます」
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