第六幕 宇宙からの侵略者(その五)

 次の日の学校は何かとタイヘンな騒ぎとなっていた。

 芳田さんが転校すると知った女子達が大挙して彼女の元に馳せ参じ、オレもその煽りを食ってもみくちゃにされたのだ。

 何故どうして突然にという話から始まり、お別れ会をするだのすってんのと揉めたに揉めた。引っ越しの準備が有るからと逃げてはみたが逃げ切れず、その挙げ句に一週間ほど間を置いてから喫茶店を借り切り、其処で改めて執り行うから勘弁して下さいという話になって落ち着いた。

「とんだ一日でした」

 長い長い就業時間を終えてオレは芳田さんと、新しく見つけたという喫茶店でお茶をしていた。細く長い溜息をつく。人を宥めるというのはとても疲れるのだということを、身を以て知った一日であった。

「いったい何処から話が洩れたんでしょうね」

 いきなり転校するとなれば恐らく騒ぎになるだろう。だから誰にも知られないようにコッソリ居なく為ろうと、昨日の内に芳田さんと話を合わせておいたのだ。だというのにこの騒ぎはどういう事なのか。

「た、多分、わたしがSNSにチョロッと書き込んだのが拡散したのではないかと」

「バラしたの芳田さんですか。本人が騒ぎの元凶になってどうします」

「だ、だって、あれだけ慕ってくれた子たちよ。何も言わずに、はいさようならというのは余りに不義理ではなくて?昨日桜ヶ丘さんと別れてからソレもちょっと無いんじゃないかなぁ~って思っちゃったのよ」

 やれやれである。しかし気持ちは分からなくも無い。確かにオレも後ろ髪を引かれる思いはあったのだ。

「お、怒っている?」

「この程度のことで怒りませんよ、少し呆れはしましたが。ある意味当初の予定通りなのかもしれません」

 次の赴任地はまだ決まってないし特に取り立てて用事が在るわけでもない。お別れ会とやらの予定を話し合った後、芳田さんと別れて下宿に戻った。

 すると思わぬ来訪者がオレを待っていた。

「木島さん、何故此処に?」

「聞いたよ、あのギンギラな彼女が一敗地に塗れたって言うじゃないか。水くさいぜ田口さん、どうしてアタシに一声掛けてくれなかったんだ。喜んで加勢に行ったのに」

「いやいや、果たし状渡されてからの決闘だったからね。オレも手出しは出来なかったんだよ」

「ほう、ソイツは格好いいな。アタシもまだそんな正式な果たし合いはやった事がないよ」

 立ち話も何だからとオレの部屋に上げてお茶を出した。

「それで木島さん。今日は何の御用で」

「いや御用ってほどのもんじゃないけど、この前の借りというか失点の補填というか。今回はポイント得ることは出来なかったんだろ。手助け出来ること無いかなと思って」

 そういやオレは芳田さんに貼り付いているものの、研修期間に会得できるポイントも有る筈だった。最初の説明のとき聞いた憶えがある。

「確かに今回の会得ポイントはゼロですね。

 しかし実際に闘ったのはステキ・レディですので、ご主人様は何の損益も発生しておりません。彼女は前回の勝利条件と引き換えになってプラスマイナスゼロ。ただしキャプテン・グラージへの救援ボーナスが有りますから完全な赤字という訳ではありません」

 というコトは、オレもあの時ポカっているからマイナス収支なんだろうか?

「まぁ研修期間中なのでプラスにすることは難しいですね」

「キビシイなぁ。やっぱこの調子だと契約期間の短縮は難しいって事か」

 最悪五年間このお仕事を続けなきゃならないかもしれない。ソレはちょっと辛いお話である。

「え、田口さん。契約満了後は更新しないつもりなのかい」

「流石に女のままで一生涯過ごすつもりはないよ。期日が来たら元に戻るって」

「え、男に戻れるのか。そうか、それならソレもアリだな。うん、悪くないな」

 何度もうんうんと頷いて、チラチラとオレを見ては口元がにやけている。何なんだろう。

「あの、ご主人様。何か勘違いをなさっていらっしゃいませんか」

 ニュートさんが何だかとても困った顔で口を挟んできた。逡巡と躊躇ためらいとをない交ぜにしたような声音だ。

「え、何を。契約の期間中だけなんだよね、オレがこの姿で居るのは。満期になったら就労義務から開放されると言ったのはニュートさんじゃないか」

「確かにそう申し上げましたが変身は一回きりです。契約条項をお読み落としになっていらっしゃるのでは?」

「だから、女性に変身するのが一回。後はそれを戻すだけでもう二度と女性には成れない、そういう意味でしょう」

 すでに幾度契約文書の読み違えをしたことか。もう同じ失敗を繰り返したくなどはないのだ。なのであれから何度も毎日のように読み直した。変身は一回こっきり、其処に間違いは無いと断言できた。

「そうです、一度のみなのです。ですからご主人様はもう女性の肉体から男性の肉体に変身することが出来ないのです。契約が解除されてもカチカチ社の労働義務から開放されるというだけであって、そのお身体が変わることは二度とありません」

 ニュートさんの言葉が頭に染みこむまで結構長い時間が必要だった。

「・・・・は?」

 間の抜けた声が漏れ出て、オレは言われたことが理解出来ないで居た。

「ちょっと待て、チビスケ。じゃあ田口さんはずっと女のままってコトか」

「そうですよ木島さん。あなたは変身無しで今の契約を結んでいますからその権利は残っています。ですが、それもやはり一回こっきりです。

 21ヴァンティアンに相談すればヌフ社の契約オプションで美少年戦士に成ることも出来ます。カチカチ社では社是に反しますので特例でも用意していません。ですが基本的な技術は同様、使用できるのは一度のみ。いずれにせよ後戻りは不可能なのですよ」

「変身・・・・そ、そうか。しかしソレも悪くはないかも。田口さんが女のままならアタシが・・・・いやいやじっくり考える必要があるな」

 木島さんが何だかよく分からない熟考に入ってしまったが、オレはソレを気にするどころでは無かった。ニュートさんが言った意味にようやく頭が追いついて来たからだ。

「二度と戻れない?」

 気付けばオレは叫んでいた。

「はい。あ、あの、本当にご存じなかったので?」

「契約する前に言ってよ!」

「し、しかし私がご主人様の元に赴いたのは変身完了後のことで、それ以前の事柄をどうにかしろと言われてもどうしようも・・・・」

「なんて説明不足、なんて不合理!」

 大声で喚いていた。恥も外聞も無かった。

「そーゆーコトは契約書にも書いとけっていうの!確かにちゃんと読み下さなかったオレも悪いけどさぁ、読む以前に間違って契約しちゃったってのもあるけどさぁ、自分達が分かっているからって説明はしょるのってどうよ。事前確認なさ過ぎでしょ、こちとら何にも知らないんだからっ」

「お、落ち着いて下さいご主人様」

「コレが落ち着ける訳ないでしょ!」

「しかしご主人様、要項補足にも明記されています。あと不明な点は全て私が説明すると申し上げて」

「何処に何が書かれているのか分らなければ疑問の持ちようもないでしょ。契約内容の子細についてもそうだ。問題が起きてから『全て書いて候』でお終いなんて、不義理で片付けられる話じゃないっ。契約者をなんだと思っているの。責任逃れの答弁なんて聞きたくないよ!」

 口角泡飛ばす今のオレはきっと酷い顔つきに違いない。

「おいチビスケ。何とか為んないのかよ、田口さん困ってるぢゃん」

「契約条項云々ではなくて現在の技術では不可能なんですよ。無理にもう一度変身させたら細胞が耐えきれなくて一週間と保たずに死亡してしまいます」

「死亡?死んじゃうような危険を孕んだ商品をサービスとか言ってんの。どういう神経してんの、地球人ナメてんの!オレはモルモットじゃ無いんだよ」

「あ、安全性には何も問題はありません。ただ二度目が不可能というだけで」

「そういう問題じゃ無いでしょ。

 契約書にしても説明書にしても全部そうだ。コッチが訊かなければ何も答えない。読み落とした方が悪い、気付かない方が悪い、理解出来ない方が悪い、契約者が全ての責任をとれっていうの?」

 オレは喚き続けた。ニュートさんが困り果てて泣きそうな顔になっている。でも頭に昇った血は煮えたままだった。一度付いた勢いは簡単に収まりそうにもなかった。

「いつも言葉が足らないよ、説明不足だよ。ニュートさんはオレのサポートをするとか言っておきながら、その実、自分が責任取りたくないから、中途半端な説明しかしてないんじゃないのっ!」

「そ、そんな、ご主人様。わ、私は・・・・」

「田口さん、それはちょっと言い過ぎじゃないか。落ち着こうぜ」

 木島さんの制止があって、オレはソコでようやく我に返った。

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