6-4 闘う者の美学
彼女は何故、顔に冷たいシャワーが叩き付けられているのか理解出来なかった。
カランを目一杯に開けて嫌がらせかと思うほどの勢いで、目だの鼻だの額だのお構い無しに浴びせられている。
何処の莫迦の悪戯だろう、一言文句を言ってやろうと目を開けてみると真っ暗だった。
まだ目を瞑っているのかと錯覚するほどに暗かったのだが、やがて寝転がっているという事実に気が付いて、雨の夜空を見上げているのではないかという可能性に思い至った。
そ、そうだわ。
わたし、ヤツと果たし合いをしていたのでした。
だというのに何故こんな所に寝転がっている。
彼女は何処に行った。こんな事をしている場合じゃ無い。
身を起こそうとして耐えがたいほどの激痛が腹部に走り、ひっくり返ったまま悶絶する羽目になった。
「まだ失神しませんか。なかなかに頑丈ですね。しかしもう起き上がることすら出来ないでしょう」
視界の端にサイケデリックな衣装の女が立って居た。
素っ気ない口調を気取っているが、その姿は随分と歪だった。
金色のゴーグルはヘコみ歪んでいて左目のレンズが割れていた。
ジャケットのアチコチが破れていて、スーツのマテリアルテクスチャが小さく輝きながら、縮れた境界線をゆっくりと自動修復している様が見て取れた。
スーツがこの有様なのだ。
彼女自身も決して五体満足ではあるまい。
ドレもコレもわたしがくれてやったダメージで、立っているだけでも辛かろう。
随分と意地っ張りなヤツだなと思った。
おそらく彼女はプライドだけで毅然を気取っているだけだ。
ずぶ濡れの挙げ句に泥まみれで、決して胸を張れるような状況ではなかろうに。
しかも斜めの地面に斜めに立っている。
随分と器用なヤツだ。
何処まで我が強ければ気が済むのか。
いや、最後の箇所は違うか。
わたしの頭が地面に貼り付いたまま起こせないだけの話だ。
全身が痺れたようになって満足に首も持ち上げられないで居る。
「降参と一言口にすれば、見逃しても宜しいのですよ」
「ま、まだまだ。勝負はまだまだこれから・・・・」
「立ち上がれもしないクセに何を言いますか。
意地だけでは何も出来ません。
理想も、勝利も、実力が無ければ手にすることは叶わないのです。
続けると言うので在るのなら、コレで終わりにして差し上げましょう」
彼女の拳が腰だめに構えられた。
来る、さっきわたしが食らったヤツだ。
一撃目は何とか耐えられたがこの有様。
次に直撃したら間違いなく昇天させられる。
スーツの被害は甚大だが、まだ予備の電源は生きていた。
悲鳴を上げる全身に鞭打って上半身を起こし、そして膝を立て、そのまま何とか雨の中に立つ。
ふらつきそうな両足に力を込めた。
吹けば倒れそうな有様だが寝転がっているよりはマシだ。
パワーアシストの機能をフルに使って防御と回避を。
一撃必殺の強振は脅威だが、振り抜いた後の隙はその分大きい。
回避さえ叶えば逆にコチラが圧倒的に有利、逆転の目は十分にある。
だが、音速を超える打撃に上手くタイミングを合わせられるかどうか。
可能性は極めて低い。
さっきだって同じように見切ったつもりでヤツの踏み込みに対処し切れず、ねじ伏せられる羽目になったのだ。
しかしやらなければ完全な「無」が待っている。
カチカチ社の喧伝する「完全復活」だって万能じゃない。
自分のコピーに同じ魂が宿っていると誰が確かめられるというのか。
視界の端にビューティーダーとそのサポート役の姿が見えた。
ニュートラルグレーさん。あなたのご主人様は上手く言いくるめる事が出来たようですけれど、わたしが未だソレを信じているなどとは思ってませんわよね。
消滅は消滅であるし昇天はやはり昇天なのである。
だがそれも良し。肚はとうの昔に
来なさい、衣装センス最底辺のお嬢さん。
意を決し
荒ぐ呼吸と激痛を無理矢理ねじ伏せる。
まだ勝負が着いた訳じゃあない。
わたしはまだこうして立って居るのである。
しかし唐突に、「勝負あり」の声が聞こえた。
「そこまでです。ステキ・レディ、あなたの負けです。そしてG・G二号、あなたの勝利を認めます。それ以上の手出しは無用、我々は此処から撤退します」
「何を言うのですビューティーダー。わたしはまだ闘えます」
「闘えませんよ、もうボロボロじゃないですか」
歩み寄って軽く芳田さんの脇腹を小突いたら、呻き声を上げてうずくまった。
「ひ、酷い・・・・」
「ほら、そんなナリで何が出来るのです。さ、帰りましょう。おぶってあげますよ」
あからさまな嘆息と呆れたような声が聞こえた。
「何という結末、何という茶番。
前回に引き続きまたしても水を差してくれましたね、ビューティーダー。
抗う者としての矜持はありませんか。
彼女の意地をかくも容易く踏みにじって、よくもそれで仲間だなどと言えますね」
「生きていれば浮かぶ瀬もありですよ。
意固地に見栄を張る生き様も在るのでしょうけれど、少なくともわたしの趣味じゃないですね。
再生できるから何処までやっても構わないというのは、些か乱暴じゃないですか」
そう言ってオレは半泣きの芳田さんを背中におぶった。
「ゴメン、ニュートさん。オレの勝手な我が儘で勝負を終わらせちゃった。この後始末お願いできるかな」
「かしこまりました。
それに謝る必要はありません、私はご主人様の僕です。
ご主人様がそれで良いとお考えならそれに従うまでのこと。
それに良いタイミングであったと思いますよ」
立ち去ろうとすると呼び止める声があった。
「わたしは勝負を挑む相手を間違えました。次に相まみえる時が在れば、紛うこと無くあなたに申し入れます。お忘れ無きようビューティーダー」
「スマホのメモ枠にでも書いておきますよ。でも願わくばこれっきりにして頂きたいですね」
雨足は全然弱まる気配が無くて、オレの台詞が彼女にちゃんと届いたかどうかは少し疑問。
でも聞こえて居なくったってきっと意図は通じたろう。
とぼとぼと歩いて校庭から出ると、肩の辺りから泣き声と恨み節が聞こえて来た。
「酷い、酷い、酷いわ桜ヶ丘さん。勝負を勝手に終わらせた挙げ句に敗者に鞭打つこの所業、酷すぎよ」
「すいません。でもボコボコにされた挙げ句、昇天する芳田さんを見たく無かったんです」
「ペナルティよ。謝罪と対価を要求します」
「判りました。何をすれば良いのですか」
「明日、わたしの家まで迎えに来て手を繋いで登下校すること。そして放課後に新しく見つけた喫茶店でお茶をすることを約束なさい」
「その有様で明日学校に行くつもりなんですか」
「瞬間治療剤は家にストックがあるから何の問題もありません。それに敗北宣言後は二四時間以内に撤収することが決められています。時間が無いのですよ」
「何故に其処までこだわりが・・・・分かりました、それで気が済むのなら」
「駄目ですご主人様、甘やかしてはいけません。そんな女にはアメ玉でも与えて置けば充分です。帰りがけのコンビニで買って行きましょう」
「いやいやそれはちょっと非道くないかな。それに大した要求でも無いのだし」
「そうです。あなたは桜ヶ丘さんのサポート役でしょう。彼女が良いと言っているのだからソレに従うのが筋なのではありませんか?」
「ステキ・レディ、あなたはご主人様の好意につけ込んで自分の欲望を満たそうとしているだけでしょう。
正義の味方足る者、もっと禁欲的に振る舞わねば為らないのではないのですか。
そもそもなんですか、あのアホ赤毛と全く同じ失態と負けっぷり。
何故、決闘の前に以前の闘いを予習しておかなかったのです。
その有様は当然の報い、身から出た錆です」
「必殺技を
激しい雨に打たれながらだというのに二人とも元気なものである。
ホントにさっきまでグラウンドにひっくり返っていた人なのかなと、不思議に思えるほどだ。
結局そのまま彼女の部屋に彼女を運ぶまで、ニュートさんとの口論は絶えることは無かった。
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