第六幕 宇宙からの侵略者(その三)

 果たし合いの日は生憎の雨だった。

 間が悪いと言えば良いのか、ドラマティックと言えば良いのか。

「雨天順延とかは無いのでしょうかね」

「それは相手の方に聞いてみないと、何とも」

 芳田さんもちょっと途方に暮れた様子で、オレの疑問に返事をする。

 小雨程度ならまだしも今はダダ降りの豪雨である。風だって相当なモノだ。嵐と言って良い。校庭がまるで池か沼地のようになっていて、この様子を見れば二の足を踏みたくも為ろう。

 窓に叩き付けられる風と雨音はまるで、狂ったように乱れ打つロックバンドのドラムの様で、隣に居るというのに互いの会話は耳をそばだてる必要があるくらいだった。

「普段の行いが悪いからですよ」

 ニュートさんはにべもない。

「それは相手の方の、ですよね?」

 芳田さんが確かめるように問い返した。

「・・・・もちろん」

「その間は何なのでしょう」

「あ、芳田さん。校庭に人影が見えます。ド派手な衣服の人物です」

 オレは慌てて話を逸らした。

「雨天決行ですか。良かったですね」

「何故に?」

「二度手間に為らずに、という意味ですよ」

「あなたが言うと別の意味に聞こえます」

「ままま、取り敢えず出向きましょうよ」

 覚悟を決めて校舎の中から校庭に出向くと、G・G二号は「良く来た」と雨音に負けぬ良く通る声を投げかけて来た。全身に容赦なく叩き付けられる風雨のせいで、まるで滝壺の中に立っている気分だ。

「サシの勝負のつもりだったのですが二人がかりですか。手間が省けて良いかも知れません」

「いや、オレ、じゃないわたしは只の見届け人です。勝負には決して手を出さないと誓います」

「成る程。確かに骨を拾う者は必要でしょうね」

「骸に敵も味方もありませんから。丁重に扱うのでご安心なさって下さい」

「面白い冗談です。今宵は先日のようにはいきませんよ」

 今回名乗り合いは無かった。派手なポーズをとる必要も無い。お互い顔を突き合わせ簡単な言葉の交わし、口を噤み、じっと相手の表情を確かめ、そしてゆっくりとファイティング・ポーズをとる。

 もうオレの出る幕はあるまいと、見守りながらゆっくりと後退あとずさった。じわじわと張り詰めた空気が、辺りの音を閉ざしていくような錯覚がある。

 豪雨に打たれながら二人のスーパーヒロインによる闘いが始まった。


 初手を放ったのはステキ・レディ。

 左拳を放った反動を使った後ろ回し蹴りのコンビネーションで、G・G二号がそれを軽くいなし、反撃の連打を入れた。ステキ・レディは身を落として躱し、足払いを放つ。全てが一呼吸の間もなく放たれた攻防だった。

 右拳、左拳、右蹴り、左蹴り、肘打ち、掌底打ち、関節を決めようとする相手をいなし、ガラ空きの腹部に膝蹴りを入れ、それをガードし、目まぐるしく攻守が入れ替わった。

 時折、手先足先が消えて見える瞬間があった。二人の動きがあまりに早過ぎて目がついていかないのだ。まるでコマ落としの映像を見るかのようだ。

 メタリカルな輝きと極彩色の色合いが闇夜を彩り、かき混ぜ、激しくせめぎ合っていた。体が翻る度に、街灯のLEDが銀のユニフォームに反射して眩い光を放つ。夜目にも鮮やかな赤や黄色の原色が、底の無い黒い背景を背負って踊り狂っている。

受けて攻めてフェイントをかけ、そしてしのぎ、投げやさばきを織り交ぜ、全身に叩き付ける豪雨の中でそれぞれが持つ体術の全てを駆使し、二人が闘う。

 オレはもう息をするのも忘れていた。

 一瞬の防御の隙を突いてステキ・レディの出足払いが入った。G・G二号の体が宙に浮く。刹那の間隙に連打が炸裂。文字通り目にも留まらぬ早さで、マスクからオレの視界に投影されたヒット・カウンターによれば、打撃数は二三。

 そして二四撃目は頭部への打ち下ろしの右チョッピング・ライト

 躊躇や惑いなど皆無。

 カラフルなヒロインは轟音と共に地面に叩き付けられて、五メートルはあろうかと思しき高さの盛大な泥しぶきが上がった。

 それはこの豪雨の中でオレの方にまで跳んできて、靴底から伝わってきた大地の振動に思わず固唾を飲んだ。優に二〇メートルは離れているというのに。

 相手の身体が浮いてから一瞬。全ては一秒にも満たず、まさに瞬きする間に起きた出来事だった。

 反撃を警戒したステキ・レディがバックステップで間合いをとる。だが、G・G二号は起き上がってこない。しばらくしてから悶絶するように立ち上がると、ふらつく足を踏みしめて胸を張った。「なかなかやりますね」と見栄を張る。豪雨を貫く声に惑いはない。だがダメージがあるのは明らかだった。

 一方、ステキ・レディはまだ一発の被弾も許していないのである。

 凄い。芳田さんはこんなに強かったんだ。

 オレは感嘆し、息を呑んでいた。

 決して侮ったことは無かった。先日の闘いでもその片鱗は見ていたし、配信ビデオも何本も視聴した。見事な体裁きと華麗にフィニッシュを決めるその姿に素直に感心したものである。しかしここまで激しい闘いを繰り広げるヒトだとは思わなかったのだ。

 昼間の何処か天然で柔らか美人な彼女を知っている者からすると、俄には信じがたい、別人の如き猛々しさである。

「ご主人様が見ているので張り切っているのですよ」

 え、そんな理由なの?

「それにステキ・レディの出力は高いですが、本人もスーツも持久戦向きではありません。恐らく次の組み手でフィニッシュを決めます」

 ニュートさんの解説が終わる前に、芳田さんが踏み込んでいった。お互い連打連撃の応酬で、またしてもその早さに目が追いつかない。だが徐々にG・G二号が押されてゆくのがわかった。

 芳田さんの手数に対処が遅れ気味になり、防ぎきれず、身体ごとの回避やダメージ覚悟のブロックが目立つようになっていった。少しずつ様々なものが削がれ余裕が無くなっているのだ。

 そして遂に、芳田さんの右拳がガードの隙間を突き、「ナックル・ボンバー」の声と共にサイケなヒロインの腹部に直撃。豪雨を貫くオレンジの火炎と爆音が響き渡った。

 爆薬でも仕込んでいたのだろうか?オレの視界には「成形炸薬撃の貫通」とコメントが現われていた。G・G二号の身体がくの字に折れた。

 その一打が分岐点。見る見る内に均衡が崩れていき、彼女はあからさまな連打の嵐に巻き込まれていった。

「正義は負けぬ!」

 己を叱咤し発憤しているのか。折れそうな自身を奮い立たせようとしているのか。彼女の叫びが夜の校庭にこだました。

 だが芳田さんの猛攻が緩むことはない。

 むしろ手数は増え、彼女も時間を追うに従って直撃を許し、反撃する暇を与えない。堪えきれずに後退しようとしたその足元を再びすくい上げられて、空中で拳撃の集中砲火を浴びた。

 ぎゃっ、と悲鳴が聞えた。

 もはやその姿は空に放り投げられたサンドバッグだった。三一撃目でようやく逃れることが出来たものの、それは芳田さんの追撃を逃れるだけの余力があってのことではなかった。

 そのまま左拳と回し蹴りのコンビネーションがクリーンヒット。力任せの一撃にカラフルな彼女は吹き飛ばされていった。

 轟音と共に、泥沼のような校庭に叩き付けられる。盛大なしぶきが舞い上がり、それは街灯の光すら遮るのだ。

 地面に半ば埋没した彼女はぴくりともしない。

 いや、それでも蠢く様子があった。弱々しく周囲の土をかき、起き上がろうとする様は流石というべきか。それとも無駄な足掻きというべきか。

「とどめっ」

 芳田さんが叫ぶ。左拳を腰だめに構え、右の平手を水平に左肩へ添えた。

 その瞬間である。駄目です、と狼狽したニュートさんの制止の声が上がったのは。

「いけないっ、ステキ・レディ!」

 芳田さんの「ステキ・ジェット・ビーム」のかけ声は、それとほぼ同時だった。

水平に構えた平手が相手に向って突き出され、漆黒の校庭が真っ白な輝きで埋め尽くされた。

 右手に仕込まれた弾丸用の重質量金属帯が、プラズマの高温高圧で瞬間的に溶融。そのままメタル・ジェットとなり、質量を伴ったプラズマ・ビームが相手を貫通するステキ・レディの必殺技である。その突破衝撃は絶大無比。たとい相手がスーパーヒーロー、スーパーヒロインであろうと例外は無い。

 だが闇を切り裂いた閃光の後には、カラフルな彼女が何事も無く立って居るだけだった。

「え・・・・」

 意表を突かれたように、声を漏らす芳田さんが居る。

 ガードのポージングで構える左拳にはネオンで出来た魔方陣の様な円盤が在って、「G・G№2」と光り輝いているのが見えた。腰のベルトバックルが異様な明かりを放ち始める。

 G・G二号が獰猛な笑みを浮かべた。

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