第六幕 宇宙からの侵略者(その一)

 それがいつ頃からなのかは判っていないと彼女は云った。

 ただ現在で知り得るのは、ずっとずっと以前からこの星にやって来て、ゆっくりと人々の間に入り込み浸透し、気が付けばそれが日常、当たり前の出来事になっていたという事だった。

 来訪者達は自分達の経験則から大規模な争いという物を嫌っており、どうしても力尽くでという話になれば双方に代表者を立て、それで闘い決着を着けるという手段を取った。

 仁義だの道義だの、ましてや道徳や博愛精神などの話ではない。大仰ないさかいは被害ばかりが大きく事後処理も理不尽なほどに手間が掛かり、益が少なくソロバンに合わないというただの損得勘定である。

 逆に、独立精神だの民族自決だの民族文化の尊重等という諸々の意識やイデオロギーは軽く流された。政治的意義や一部の集団による領土拡大欲求も同様だった。

 こだわりたい人はこだわるのが宜しかろう、ただしそんなモノで他者のナワバリを荒らしたり平穏をひっくり返したりするのは意味が無い。やった者はやり返されるのである。大切なのは人々が健康で腹が満たされるか否かであって、諍いのネタにする必然性など何処にも無い、と考えるのが彼らのメンタリティであり、それを可能にする技術を持っていた。

 営業先で不平不満不足を訴える人々の所には速やかに大小様々な企業が進出浸透し、速やかに経済と物資で満たしていった。年単位どころではない。月や日でもない。むしろ分単位とも云うべき恐るべき勢いだ。それが侵略と言えば確かにそうなのだろう。

 集団であるがゆえ様々な軋轢や歪みひずみから逃れることは出来ないが、それでも概ね理不尽な死は大幅に減った。

 突出した科学技術とインフラ、そして徹底かつ速やかな食料生活必需品の流通やそれに伴う経済の浸透によって、あっという間に被侵略者は侵略者と同等の生活レベルへと駆け上がっていった。それこそが彼らが望む市場の形成、本来の目的を遂げるための土壌であった。

 精神論や主義主張、論理秩序哲学に種々の娯楽は、日々の生活が約束されてこそ尊ばれる代物なのである。


「人というモノはお腹がいっぱいになれば争う理由の半分が無くなります」

「もっとお金を儲けたいとか、もっと良い生活をしたいというのも争いの種になるじゃない」

「確かにそういう人達は居ますが、我々の中ではマイノリティです。過剰に欲してもそれは逆に自分の首を絞めるだけです。

 何故自分で自分を苦しめなければならないのですか。今不足が無ければそれで良し、ですよ。お菓子や珈琲お酒などの嗜好品が無くとも生きてはいけますし、スマホやネット、株式投資が無くとも日常は維持できます。大切なのは健康と衣食住ですよ」

「君たちはストイックなんだね」

「逆に言えば地球星は良い市場です。皆とても沢山のものを欲しがってくれますから。好奇心旺盛ですよね」

「欲深いと言っているようにしか聞こえない」

「感謝しているのですよ。おかげさまでカチカチ社も随分と販路拡大することが出来ました。小さな会社でしたが短期間で中程度の企業体へと成長することが出来ました。皆様には感謝しかありません」

「企業の方は好奇心旺盛なんだ」

「企業ですから」

 そうだな。だからこその侵略、いや進出なんだろうし。

「・・・・まぁいいや。でもニュートさんが異星人だとは思わなかったよ」

「カチカチ社の概要にもキチンと明記されていたではありませんか」

「あ、うん確かに書いてあったね。最後まで目を通さなかったオレも悪かったよ。でもね、『日本国内の皆様初めまして』から始まって『市場の掌握』だの『業務拡大』などと書かれても普通は意にも介さないよ。文体も穏やかで外国企業の業務説明かなって感じで。

 異星人からの侵略声明文だなんて思う人はむしろ極めて稀だと思うな」

 確かに会社の在所と思しき数値データも併記されていたが(たぶん地球から見た彼らの星の位置)、大抵の御仁は洒落か会社の種別コードくらいにしか考えないのではなかろうか。

「むしろ今までそれとご存じなかったという事実に吃驚です」

 あのサイケな男に「宇宙からの侵略者」とか言われたのはずっと気になって居た。夜眠る前に聞くか聞くまいかずっと悶々としていた。

 だから今回ようやく意を決しニュートさんに問い質したのだ。しかしその途端、逆に呆れられてしまうとは。ここ数日の鬱屈した時間はいったい何だったのだろう。

「それに何度も申し上げましたが私は『人』ではありません。単なる営業端末、スタンドアローンの自動人形ですよ」

「オレからしてみればヒトと変わりが無いし既に人間だよ。自分でも疑似生命体だと言っていたじゃないか」

「疑似は疑似です。確かに私達は肉体が有機物であるか否か、人工であるかどうかなど要素や出自で生命体を区別はしておりません。しかしヒトがヒトたり得るのは人格の有無です。私は人格剥奪はくだつ局より人格を認定されていないが故、人形なのです」

「なにその怖い名前の部所は」

「我々は死んだ人間の脳から、人格と記憶を吸い上げて復活させることも出来ますからね。

 剥奪局からの許可が無ければ生前と同じ権利を所得させることは出来ません。でないと無尽蔵にヒトが増えてゆく一方ではないですか。生と死は生き物の理ですから違える訳にはいかないのですよ」

 それは厳格と言えば良いのか、割り切っていると言えば良いのか。

「反対も多かったろうになぁ」

「それも遠い昔の記録にありましたね。もう古文書レベルですよ」

「そ、そう」

「改めて訊きたいとおっしゃるのでもっと別のことかと思いました」

「別のことって?」

「コタツムリ社が背信した後の契約状況とか、正義の味方同士が闘って決着を着けた後の子細とか、変化点諸々です」

 確かにソコも気になる所だ。でもオレはもっと基本的な部分をハッキリさせておきたかった。

「オレたちが本気で闘ったとき、その本人達は死んじゃうことも在るんだよね」

 先日のあの闘いの時にハッキリと判った。その可能性は充分以上にある。ニュートさんも決して明言はしていない。だが契約規約や仕事の内容について色々書いてあるけれど、勝敗の行方次第で本人達がどうなるか、その部分が意図的にボカされている気がしてならなかったからである。

 果たして正直に答えてくれるだろうか。それとも色々と講釈を着けて、やはり断言はしてくれないのだろうか。

 オレは固唾を飲んで回答を待つ。

「はい、その通りです」

 意を決しての質問だというのに、彼女の返事は余りにも呆気なかった。

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