第五幕 正体(その八)

 表立ってはいないものの、各国は裏側で綿密に連絡を取り合って一つの連合政府を作る方向にあり、世界政府準備委員会なるものが組織されているのだそうだ。まぁなんだ、国連とはてんで違うってところが失笑モノだ。ホンネとタテマエは一つになり得ないって所なんだろう。

 とはいえ、作ったはいいもののお互いのエゴがぶつかり合って難航しているらしい。無駄の上塗りでホントに笑えない。それでも地球規模の難問にぶつかれば、総意としての意見を出すこともある。例えば侵略者の撃退だ。

 地球圏外の遙かに進んだ科学や文明を持つ異星人からの侵略。SF小説や映画やアニメ等なら軍隊が出て来てドンパチという話なのだろうが、此度の彼らは武力で行なうのではなくて経済と政治力への侵食だった。

 最初はゆっくりだったのだろう。でも気付いた時には一般社会へ当たり前に浸透していて分かち難くなっていたのだという。

 そもそもが真っ向勝負して勝てる相手でもないし、相手も全面戦争などそんな野蛮な手段を取るつもりもない。地球文明圏での国家運営権や経済による掌握を済ませ、自身の国や星の経済圏に取り込んでしまおうというだけの話なのである。

 庶民のみなさんにはいつも通りの生活を。人々が潤えば国が潤う、平和が一番。民は皆シアワセ。でもその国の運営と経済はいただきますという侵略なのである。

 要は国のトップと経済界を動かす人達はご退場を。その後釜を我々が。会社に例えるのなら経営陣が人類から異星人に変わるだけで、社員の生活は何も変わらないというコトらしかった。

「しかしどれ程生活が潤おうともそれは紛うこと無き侵略行為。地球人類の独立独歩を妨げる悪行、法も正義も無いエゴと傲慢が生んだ論理だわ。決して看過してはならぬ事態よ」

 握り拳を作って熱く語る様は、確かにあの夜あの場所で見た彼女であるなと確信した。

「どう。今まであなたは何も知らなかったみたいだけれど、この話を聞いてどう思った?正直な感想を聞かせて欲しいわ」

「それのどの辺りが初志貫徹なんです?」

「正義の味方という理想の追求よ。方向転換以前は拝金主義の誹りを受けてもやむなしであったけれど、今現在ようやく本来の姿に立ち戻ったとも言えるわ」

「・・・・成る程。でも聞いた話が全て事実だとしても、困っているのは会社や国のエライ人だけですよね。皆は特に困っていない。えーと、何というか、国や会社で言うなら首相交代とか社長が替わるとか、その程度の話では?」

「何を言っているの、あなた。わたしの話を聞いていなかったの。地球人類としての精神的独立を」

「あ、あの、お話の途中で申し訳ないですけれど、セイシンテキドクリツなんてきっと、誰も気にせず生活くらしてると思いますよ」

「なにを脳天気なコトを。無くしてからじゃ遅いのよ。失する前に地球人としての魂の座を」

「みんなはただ毎日を一所懸命に生きているだけで、国とか会社の為にとか考えている人はごく一部の人では?別に奴隷扱いされている訳でも無いのですし、ソレはそれ、コレはこれという感じで、精神性云々は個人で考える問題かな、と。

 他者が頭ごなしに大上段で押し付けることじゃないでしょう。平和なら問題無いと思います」

「飼い慣らされた犬の論理ね!どれだけ恥ずかしいことを言っているのか判っているの」

「そもそも、経営者が地球人だの宇宙人だので目くじら立てる方が余程に狭量でしょう」

「地球は地球人のもの。何をどう言い繕うと変わることは無いわ!」

「宇宙人も地球に住んだら地球人です。もっと肩の力を抜いても良いのでは?」

「なによその詭弁、何処まで侵略者の肩を持つつもりなの」

「スイマセン、雑な言い方になっちゃいました。

 でも思うんですよ、会社の社長が替わっただけで自分の生き方が変わっちゃうのかなって。それに地球の経営者が地球人類なら絶対に間違いが無い、って訳でもないのでは?裏付けや確証なんて何処にも無いでしょう。ただ『そうであるに違いない』『そうじゃなきゃダメだ』っていう思い込みがあるだけで。

 一〇人居れば一〇の見方、一〇の思い込みがあります。立場が変われば見方が変わると、今朝あなたがおっしゃったではありませんか。持論の押しつけが一番危険だと思います」

 バイト先でクレーマーの相手をしているとつくづく思う。

 自分ファースト、自分の理屈が世界の正義と考えている人間がどれほど多いことか。そしてその御仁の気分を如何に穏便な方向に軌道修正して、納得させるのにどれ程の労力を必要とすることか。

「確かに、社員として会社の言い分を無視するコトは出来ないでしょう。ですが、ソレで自身を縛る必要は無いかと」

「な、にを・・・・」

「会社の言い分を鵜呑みにして、相手へ一方的に押し付けちゃったらそれは暴力というものでしょう。

 そして大事なのは『誰がリーダーになるのか』ではなくて『どれだけ皆が安心して暮らせるのか』ではないのですか。体面だの精神論だのは先ず、安定した生活あってこその話なのでは?

 体裁だけ耳触りよく格好良くっても足元がスカスカだったら、それこそまさに砂上の楼閣ってヤツだと思いますよ」

「・・・・あなた、本当に高校一年生?」

 オレは苦笑して肩を竦めるだけだ。

「自分で自分を縛る必要は無いかと思います。そして自分の意見が有るように相手にも相手の意見があります。意固地にならず、たとえ譲れなくても理解することは出来るのではありませんか」

「・・・・言いたいことはそれだけかしら」

「失礼を言いました。それに色々と教えて下さってありがとうございます。疑問が少し解けました」

 オレはそう言って一礼すると「失礼します」と言って部屋を出た。

 引き戸を閉めると左肩に軽い重みが乗った。

「お疲れ様でした」

「いやぁ、ビックリしたよ。コタツムリ社のヒトだと判っちゃ居たけれど、まさか彼女がサイケな二号さんだったなんてね。ホントにまったく、全然気付かなかったよ。事実は小説よりも奇なりとは正にこのコトだ」

 そんなコトを言ったら、ちょっとした沈黙の後にちょっとしたイタイ視線を感じた。少しの間を置いて何かを諦めたかような溜息と共に、「まぁイイでしょう」などと言う声まで聞える。

 あり?オレ、何かヘンなコト言ったかな。

「それはそれとして、口下手などとおっしゃっていましたが方便でしたね。なかなかどうして、大した弁士振りです」

「冷や汗もんだよ、脇の下がベタベタだ」

 だけどコレもあの「粘着教授」のお陰なんだろうか。変身する直前にも幾度かレポート提出が遅れて、その都度に舌戦を繰り広げてきた。たとい屁理屈でも筋が通れば納得してくれるし、逆に満足しなければ決して受け取ってくれないから必死だった。些かでも口が立つようになったのは喜べばいいのか、悲しめばいいのか。

 そして戸隠さんには酷な事言っちゃったかな、と思った。彼女の想いは真摯なのに、オレはただ単にヒロインを仕事としてこなしているに過ぎないからだ。男に戻りたいという自分の欲望しか見えていないからだ。他者の為にと理想に燃えてのことじゃない。

 チクリとした罪悪感と共に、彼女が羨ましいとも思った。そして舌戦で彼女をヘコませる必要は無かったのではなかろうかと、小さく後悔した。

「二つ目の質問の答えは宜しかったのですか」

「学校では穏当云々のこと?さっきの受け答えで大体判ったからいいよ。あの人は公私の区別がキチンと出来る、力加減が理解出来てる人みたいだから」

「・・・・私からも、色々と訊きたそうですね」

「うん、でもそれは下宿に帰ってからだね」

 そうしてオレは教室に戻って自分の鞄を取ると、そのまま学校を後にした。

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