第五幕 正体(その三)

 缶ビールのプルを開け、一口飲んだ後にふと気が向いてTVの電源を入れるとゲーム機を立ち上げた。部屋で寝転がっている阿呆のせいでどうにも面白くない。久方ぶりに格闘ゲームでもやって憂さを晴らそうと思ったのだ。

 古いオフライン専用のハードとソフトで、何度かキャラを変えて二回ずつラスボスを倒していたら塚原が目を覚ました。

「やるか?」

 予備のコントローラーを手渡してコテンパンにする。コイツも決して弱くはないのだがオレの敵では無い。ネット上には空恐ろしいほどの猛者がうじゃうじゃ居るのだ。もっとも最近は格ゲーなんぞ流行はやりでは無くって(スマホ専用のソシャゲなぞオレは格ゲーとは認めない)めっきりプレイ人口は減ってしまったが。

 コイツが十本の指では足りないほどの敗北を重ねた後のことである。

「お前、ホントに章介か?」

 急に素っ頓狂な声を上げた。

「今更なに寝言ぬかしている」

 最弱キャラでヤツの持ちキャラを完膚なまでに叩きのめしながら、残っていた缶ビールの最後の一口を喉に流し込んだ。癖を熟知した動き、流れるような連続技、一瞬たりとも待ちの無い攻め攻め攻めの姿勢。そのくせ被弾を許さぬ隙の無さ等、章介そのものだと絶賛していた。

 褒められるのは悪い気分では無いが、説得は華麗にスルーしたくせにゲームのプレイスタイルで得心がいくというのはどういうコトか。

「もっと早く言ってくれよ、章介」

 俺は何でも判っているぜ的なニュアンスを発散しながらヤツはオレの肩を叩いた。

無性に腹が立ってきて、もう一回ぶん殴ってやろうかなと思ったのだがコイツがまたこの部屋でひっくり返ったらオレの寝場所が無くなってしまう。だから我慢した。

 我ながら驚異的な自制心であった。これは褒められても良いと思った。


 次の日、久方ぶりに女子高生スーツに身を包み学校にやって来ると、芳田さんがいの一番に声を掛けてきた。

「お身体の方はもうよろしいのですか」

「あ、はい、もうすっかり。ご心配お掛けしました」

「音速ダッシュで二人の間に割り込み必殺技の盾となるだなんて。後で話を聞かされて肝が冷えました。タイミングがずれていたら一発昇天でしたよ」

「はい。ニュートさんからも散々説教食らいました」

 今も肩の上で、何処か不機嫌そうなオーラを感じるのは気のせいでは無いはずだ。

「良いですか、あのような無茶はもう二度と為さらないで下さい」

 彼女は昨日から事あるごとに同じ台詞を繰り返している。オレのやった事は相当にヤバかったらしい。ヘタすりゃ背後からキャプテン・グラージの反撃カウンターも直撃してサンドイッチされた危険もあった。まぁ怒るのも当然か。

「あんな使い方をすると知っていれば、ダッシュモードの事など口にはしませんでした」

 てっきり脇から相手の妨害をするとか、けん制して必殺技の打点をずらすとか、そんな援護射撃的な用途で使用すると思っていたらしい。石でも砂でも何でもイイ。ダッシュ中に持って投げればそれはそのまま超音速で飛んでゆく。今の自分の速度に上乗せされるから当然だ。例え砂粒でもマッハ超えのつぶてならば大層痛かろう。石ころなら尚更だ。

 後から説明されてみれば確かにソッチの方が確実性は高い。自分の足で相手の懐に飛び込むよりは余程に安全かつ合理的だった。

「ともあれ、無事で良かったです」

「学校の方は何か変化ありましたか」

「あったと答えるよりもこれから始まると言った方が適切でしょう」

「え、それはいったいどういう事で?」

「昨日こういうモノがわたしの下駄箱に入っておりました」

 それは一通の白い封書で、表には果たし状と書かれてあった。読んでも?と訊ねると、どうぞと言われたので中の便せんと拡げてみる。三日後の校庭で決闘を申し込む、時刻は二二時とあった。

「差出人が判りませんね。受けるのですか?」

「断る理由はありません。わたしの正体をご存じのようですし、相手を知る必要もあるでしょう。出来れば立会人になっていただけませんか」

「それは良いですけれど相手が許しますかね」

「このような古風なものを出す相手です。その辺りは心得ているでしょう。なかなか味なことをしますね。最近はこのような手合いもめっきり減ったと聞きます。週末の楽しみが出来ました」

 楽しみねぇ。まぁ問答無用で闇討ちしてくる相手よりは余程に良いか。

 ニュートさんの話だと、カチカチ社が属している協会は同じ約定を結んだ会社同士の闘いを一時凍結して、全面的にコタツムリ社との対決に専念するとのこと。先日のキャプテン・グラージとの共闘のように、同業他社との連携がこれから主な仕事になると言っていた。

「ご主人様も間の悪い時に契約してしまいました」

 もう少し早いか遅いかしていれば、まだ落ち着いて研修や実務をこなすことが出来たものを、と言う。通常営業の状態を知らないから、オレには今の状態が普通なのだろうとだと思っていた。しかし現状は随分とイレギュラーであるらしい。

 最初の頃は運が良いとか言われていたような気もする。けれどそれを今言っても詮無いことか。状況が違うし。

「どっちにしろ、やらなきゃ為らない事は変わらないよね」

 そう言うと肩の上の彼女は苦笑していた。

 所用が在るので、と言って芳田さんはその日早退した。多分週末に備えての準備だ。

 果たし合いの相手は十中八、九この学校に巣くう悪の手先(相手にしてみればそれはオレたちの方だときっと言う)だろう。ニュートさんも恐らくそうだと言った。お陰で学校の中をぐるぐる巡回する意味も薄れてしまって、オレは何となく手持ち無沙汰になってしまった。

 授業の合間でも、ファンの子がちょこちょこ後ろから付いてくるので何となく落ち着かない。口下手なオレは芳田さんみたいに会話で盛り上げる事も出来ないから間が持たない感じなのだが、そんな様子も「寡黙でステキ」「わたしたちの話をジッと聞いて下さるので嬉しい」とかいう話になるらしい。

 どんな人間関係でも好意の有無で相手からの見方が変わってきて、同じ仕草や物言いでも評価はがらりと変わる。その辺りは性別年齢を問わず同じなのだなと思った。

 廊下の途中で生徒会長とすれ違った。ぺこりと軽く会釈をしたのだがジロリと睨み付けられただけだった。

「感じ悪いですね」

 右隣の子がそう言った。

「あの一件が在るから良い印象は持たれていない、のだろうね」

「あれは向こうの一方的な言い掛かりではありませんか」

「そうですよ。皆で昼食を取ることの何が問題だというのです」

 ふと視線を感じて振り返ってみると、生徒会長は廊下の突き当たり曲がり角の手前辺りで立ち止まっていてジッとオレの方を見つめていた。

「・・・・」

 お互い視線を交わしていたのは二、三秒くらい。しかし不意にぷいと視線を反らすとそのまま曲がり角の向こう側に消えていった。

「何だったのかしら」

「威嚇のつもりだったんじゃない」

 嫌ねぇ、と二人は話していた。

 何かを確認しているかのようにも見えたけれど。

 彼女なら言いたいことや確かめたいことは面と向って訊いてくるに違いない。だから逆に気になった。

 また一悶着あるんだろうか。出来ればこのまま平穏にこの学校でのお仕事を済ませたいのだけれども。上手くすれば今週末で決着が着くのかもしれないのだし。

 オレの懸念は兎も角、その日は特にコレといったゴタゴタもなくて至極平穏なまま下校時刻を迎えることが出来た。

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