4-3 遠い世界に暗転していった
何が起こったのかサッパリ分からなかった。
気が付けばもうもうたる土煙が舞い上がっていて、校庭の隅に転がっていたからだ。
「見事な回避です、ご主人様」
「えっ、えっ、そうなの?無我夢中で自分でも何をやったのか」
「ちいっ。上手く逃げましたわね」
土煙の向こう側から彼女の舌打ちと声が聞こえた。
見れば地面にちょっとしたクレーターが出来ている。
直径五メートルはありそうだ。
キャプテン・グラージは何処に行ったのかと思えば、視界の端で軽く頭を振りながら立ち上がる様が見て取れた。
あ、そうだそうだ、思い出した。
二号とか自称した彼女が大きく振りかぶったパンチを避けたんだっけ。
しかしこのクレーターはちょっと無いんじゃないかな。
直撃したら冗談では済まないと思う。
「二号、欲張ってはいけません。悪党とはいえ相手は手練れ。一人ずつ順番にです」
「でしたら、わたしは赤い方をヤります。師匠に対して無礼千万、あの女は許せません」
「仕方在りませんね、ではわたしは黒メッシュの方を受け持ちましょう」
そんなやり取りが聞こえて来た。
赤い方というのはきっと真っ赤な髪のキャプテン・グラージであろうし、黒メッシュは間違いなくオレだろう。
全身チェーンメイルのようなメッシュ状のボディスーツに、膝まであるブラックレザーのブーツ。
コルセット状のベストにハイレグパンツ、といった風情のエロティックコスチュームである。
ちょっとSM系女王様チックな風情なのはニュートさんの趣味だろうか。
恥ずかしいのであまり考えないようにしていたのに。
身を起こして身構えるのと、ミスター・サイケデリックがヒーロー然としたポーズで土煙の中から飛び出して来た。
お互いに相手を認めたのはほぼ同時。
「期せずして先日の再戦になってしまいましたか。悪の女幹部見習い」
「甚だ不本意、と言えばイイのかな」
「思えば、お互い正式な名乗り合いも未だでしたね」
「わたしはっ」と叫ぶと両手を拡げた。
「秩序と安寧を」で一回転。「地上にもたらす」で天を指差し、かっとコチラを見据えて「希望と正義の使徒」と叫ぶ。
そしてそのまま片足を大きく振り上げた後、力強く地面を踏みしめ「ゴールデン・ゴーグル!」と両手と大股を拡げ見栄を切った。
うん、このポーズは見覚えがある。
あの居酒屋で女性客のテーブルをひっくり返した時のアレだ。
コレが完成形だったのかと、妙な感慨があった。
「あなたのお名前を伺いましょう」
改めて問われ返答しようとしたところ、不意に気が付いた。
はて、オレは此処で何と名乗れば良いのだ?
「え、えと、オレ、じゃなくてわたしは、あ、その・・・・」
流石に本名を晒す訳にはいかない。
JKネームの「桜ヶ丘桜子」も言っちゃマズい気がする。
何しろ名目上はあの学校に潜入捜査しているのだ。
そういやこの身体になってからというもの無名のままだ。
「女性の自分」すら決めていなかった。
日常生活においても必要なことだろうに。
ああもう、オレっていつもこうだよ。
その瞬間になって初めて準備不足だったことに気付くんだ。
どうしたものかと途方に暮れた。
必死に為って頭を捻る。
だがいい名前が浮かんでこない。
相手はじっとコッチが答えるのを待っている。
なんて気まずい時間!
しかし助け船は来るものである。
「直に名を訊くなど
突然肩の上からニュートさんの声が響いた。
「このお方こそ、行く行くはこの星の平和と安寧を司る者。あなたのような三下が軽々に口を利ける御仁では無いのです」
「ほう、大きく出ましたね。
しかもわたしの常套句までかすめ取るとは、品が無いのはあなたの方ではないのですか。
しかしまぁいいでしょう。
して、彼女の名は何というのです、肩の上の介添え役どの」
大きく息を吸い、たっぷりと間を置いてからオレの大切な協力者は声を張り上げた。
「バッチグー戦士ビューティーダー!」
「・・・・・」
え?
頭の中が真っ白だった。
ええぇ、いったい何なのそのネーミングセンス。
目を剥いて絶句するオレを余所にニュートさんは胸を張る。
「地獄に堕ちても忘れないよう魂に刻んでおきなさい」
いやいやそんなの刻まなくていいから。
むしろ此処から帰ったら即刻忘れて欲しいくらいだから!
「ふふ、成る程。大仰な間をとるだけあって良い名前です」
良い名前、そうなの?
もしかしてショック受けてるオレの方がオカシイの?
「しかし刻むのはわたしの魂ではなく、あなたの墓碑銘の方が宜しいでしょう!」
参る、と掛け声が聞こえ、飛んできた彼の拳を平手で受け止めるコトが出来たのは僥倖といって良かった。
衝撃で突風が巻き起こり、付近の土埃や小石やらが四方八方に吹き飛んでいった。
擬音にするなら、どかーんといった感じだ。
両足が地面にめり込んでいるし。
ええと、確か動画は此処で足払いと地ずりで身体を低くして、バックステップで二撃目と三撃目をかわして、それからどうしたっけ。
目まぐるしく飛び交う肉弾撃をかわしながらオレは必死になって考えた。
瞬きするほどの短時間に、コレだけ色々考えながら動き回るのは初めての体験だった。
あ、いや、格闘ゲームの時にも似たような感覚だったかな。
ただゲームと決定的に違うのは、実際に自分の身体を動かしながらって部分だ。
諸々の反応に違和感あるし色々と辛い。
でも何とかなっているのはちょっと嬉しかった。
これもきっとスーツの効能なんだろう。
チューニングがどうのとか言っていたし。
半身から回した蹴りを踵落としに変えたのは上手いフェイントになったようで、彼の肩にキレイにヒットした。
表情が歪んだので結構痛かったのだと思う。
当たった瞬間、結構大きめのイヤな音も聞こえた。
大丈夫だったかな、と思った。
わざわざ「とう」とか言ってバク転し、距離を置いた彼は自分の肩を
そして「見事です」と言った。
良かった、思ったよりも平気そうだ。
それが演技なのかそれとも本当にダメージがあるのか判断に困るけれど、一息つけるのは有り難かった。
「前回はあなたを見習いと侮ったわたしの慢心が呼んだ敗北。
されど今回は己を戒め万全を期しての対戦でした。
が、こうも押されるとは。
成る程、あなたは一角の人物のようです。
この短期間で此処まで腕を上げるとは」
え、そ、そうかなぁ。以前操り人形にされた時の動きを動画で見て、反復練習した程度なんだけれども。
「故に惜しい、実に惜しい。
あなたに問いたい。
何故、此処までの資質がありながら地球を侵略する異星人の片棒を担ぐのです。
その力を何故、地球に住む人々の平穏の為に使おうとはしないのです」
「え、いや、侵略って何の話?コレって企業同士の営業パフォーマンスだよね。ちょっと荒っぽいけれど、市場の販路拡大と広報活動の一環って話じゃ」
「あなたはそのようなヨタ話を本気で信じているのですか。それとも全て分かった上で空とぼけているのですか」
静かなる怒気がゆっくりと満ちて行く気配があった。
あ、あれ。
オレひょっとして何か地雷を踏んだ?
「いずれにせよ愛と平和を乱す輩には天誅を下すのみ。予定に何ら替わりはありませんっ」
勢いよく人差し指を突き出して啖呵を切った瞬間、彼とオレの間にカラフルな人物が地面に叩き付けられた。
ぎゃっ、と短いが痛々しげな悲鳴が聞こえた。
先程までキャプテン・グラージと闘っていたナントカ二号とか言っていた女性だ。
「手こずらせてくれて。見かけに寄らずやる方だがアタシの敵じゃないね。二人まとめて成敗してやるよ」
歩み寄って来た彼女はトレードマークの真っ赤な髪が乱れ、荒い息をついていた。
掻き上げた髪が眩いスタジアム照明の中で炎のように揺れる。
「師匠、面目在りません」
「まだです、諦めるのではありません。最後の力を振り絞るのです」
「そこの見習い、邪魔だ。アタシの必殺技で二人まとめて天国に送ってやる。覚悟しな」
言いしな、両手の拳を胸の前で突き合わせた途端青白い火花が走り、右手が異様な輝きを放ち始めた。
「待ちなさいキャプテン・グラージ。町中でそんなモノを使うつもり?」
「やまかしいチビスケ。汚物は一発殲滅完全焼却。灰にすりゃ後腐れは無くなる」
慌てたニュートさんの声と勝ち誇った赤毛の彼女の声が重なった。
「火傷したくなきゃ保護磁場の奥にすっこんでな。喰らえっ」
アトミック・クラッカーの叫び声と共に真っ白な火球が膨れ上がり、振り抜いた拳もろともカラフルな二人目がけて叩き付けられた。
想像を絶する轟音と爆風、そして閃光とが一瞬で其処に在る全てをなぎ払ってゆく。
そのままオレの身体と意識は仲良く一緒に吹き飛んで、何処か遠い世界に暗転していったのである。
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