第四幕 たぶんソレはちょっとだけ予想外の結末(その二)

「つまりはアレだ。同業他社と合同で襲来するコタツコモリ社を撃退しようと、そういう意味合いなんだね」

 経理上の扱いだかなんだか知らないが、バイトなどと銘打っているもののこれは単純に残業である。そして何だかんだでオレも懲りない性格だなと思った。昨日まではもうこりごりだとと思っていたのに。

「平たく言えばそうなります。ちなみにご主人様、コタツコモリではなくコタツムリです。お間違えなきよう」

「あんたも間違えてんだろチビスケ。コタツムリじゃなくってクォッタツゥムリだ。もっと正確に言えばクォッタツゥムリグループ、アタシら協定を結ぶ企業連合とたった一社でタメを張ることが出来る巨大企業体だ。アンタのご主人様にもちゃんと教えとけ、それでよくオペレーターが務まるな。

 ま、そんな小さなオツムじゃ、憶えられる量もたかが知れてるんだろうがよ」

 真横に立ち並ぶ女性から容赦の無い嘲笑が飛んでくる。

 彼女の衣装もオレが着ているスーツによく似ていた。ボディラインが剥き出しの、ムチムチパッツンコスチュームで身を固める魅惑的で気の強そうなおねえさんだ。ボリュームのある真っ赤なウィッグと、かなり大柄で箱状のゴーグルを着けていた。

 真っ黒でサングラスっぽいけれど、至近距離でも瞳は透けて見えないから表情が今ひとつ分からない。だが見下したような視線は確かに感じられた。

 事前に聞かされていた話だと、ヌフ社とかいう別の会社のスーパーヒロインらしい。取り敢えず先程「キャプテン・グラージだよ」と自己紹介されたが、オレの名前は軽くあしらわれてしまった。こちとらキチンと本名を明かしたというのにちょっと素っ気ない。

 取るに足らないという意思表示なのか、それとも憶えるにも値しないと思われているのか。まぁこちとら、しがない見習いなのだからそれも致し方なし。しょうがないよな、と思った。

 でも肩の上のニュートさんはちょっと違う。薄く微笑んだままだったが、全身から少なからぬ威圧感が立ち上っているのが判った。

「あ、あの、穏便にいきましょうよ。これから一緒に仕事する仲じゃないですか」

「ふん、アンタ研修生なんだって?よちよち歩きのお子ちゃまが、アタシと肩並べるってのかい。身の程を知れと言いたいね。まったく何だってこんなトーシロと組まなきゃなんないんだ」

「増長して図に乗った挙げ句、失態を繰り返す天狗様に冷や水をかける為ではないのですか。成る程ご当人の口から身の程を知れとは、なかなかに笑える物言いです」

「ほう、愉快なお人形様だ。この場でひねり潰してやってもいいんだよ。アンタの替わりなんて幾らでもいるだろうさ」

「私をひねるよりも、ご自身の語彙にひねりを利かせた方がよろしくありませんか?もう少し創意工夫を窺わせる物言いの方が賢そうに見えますよ。

 お気を付けあそばせ、見かけ以上に具の詰まってないオツムだと相手にバレてしまいます。私どもは口が堅いですが、世の中は優しい人間ばかりとは限りません」

「よく言った!」

 掴みかかろうとした彼女を、何とかすんでの所で押し止めた。

「ちょっと、ちょっと待って下さい。今はそんな場合じゃないでしょう」

 何だってこの二人はこんなに仲が悪いのか。そして何でオレがこんな役目になっているんだろう。

「ニュートさんも控えてよ。仕事中は仕事が優先、そうでしょう?」

「申し訳ございません、ご主人様」

 二人に挟まれて胃が痛くなってきそうだ。

 でもバイトの説明を受けて、その日の内に現場へノコノコ出向くオレも相当である。ちょっと焦っているのかもしれない。学校では分身クン頑張っているし、バイトも彼に丸投げだし、高校に通って女子高生なんぞをしているし、下宿部屋に籠もっても落ち着かないし。

 あーもう、何なんだろうな。この状況。

 オレたちが集まっているのは見知らぬ高校の校庭だった。

 現在の時刻は二一時半。予定時刻に為れば悪の味方(何じゃそりゃ)がやって来て、此処で一大対決が始まるという寸法である。随分行儀の良い悪者でコッチも助かるが、やっぱりちょっとオカシイよねという気持ちが消えることはない。

「しかし、本当に本日でよろしかったのですか。今更ですが些か性急では?

 私は大きくインターバルを挟み無理の無いサイクルで、と御提案させていただきました。昨日は準備不足もよいところと、そうおっしゃっていたではありませんか。

 明日からまたあの学校に通います。疲れが残るのはよろしく無いでしょう。今宵はキャンセルしてゆっくり休むという手もあります」

「やると言ったからにはやるよ。それに今日は、一昨日の動画を見て練習漬けの一日だったしさ。何処まで出来るのか確かめたくもあるし。それに習うより馴れろなんでしょ」

「確かにそう申し上げましたが」

 聞こえよがしにキャプテン・グラージが鼻先で笑い、ニュートさんは剣呑な目付きで彼女を睨んだ。何故だろう、此処に来て妙にニュートさんの歯切れが悪くなった。この赤毛のヒトとのやり取りで不安にでもなったのだろうか。

 気持ちは分からなくもない。ホントに上手くやれるのかと、ハラハラドキドキしているのはオレの方だったりするのだ。

「芳田さんは来るの?」

「はい、現在コチラに向っている最中です。しかし会敵時刻には間に合わないでしょう。対決している最中に飛び入りという形で参戦することになるかと」

「は。アンタの会社みたいな三流どころのヒロインが、何人集まろうと足手まといでしかないよ。此処はアタシ一人で充分だ」

「自信があるのは結構ですが、慢心は御自分の足をすくいますよ。未だ以前の失敗に懲りていらっしゃらないようですね。余り度重なるようでは解任される危険もありましょうに」

「成功の数で埋め合わせりゃ何も問題は無いさ」

「ご主人様、ヒロインには時折こういう手合いも居ます。自信過剰で大雑把、反面教師にするにはうってつけかと」

「聞こえているよ!」

 約束の刻限と為ると真っ暗な校庭に二つの人影が現れた。

 そして次の瞬間、グラウンドは眩いばかりの照明で照らされて真昼もかくやという程の光量に包まれた。

 余りに唐突だったので、目の前でフラッシュを焚かれたような錯覚があった。明かりに馴染んだ目を眇めて見れば、無数の大型投光器がぐるりと校庭を取り囲んでいる。事前に用意されたのか、それともこの学校に最初から備え付けられていたものだったのか。スタジアム照明と言えば一番適当なのかも知れない。

「まるでスポーツのナイトゲームみたいだ」

「言い得て妙ですね」

 グラウンドの中央に進み出た人影は男と女の二人組で、男の方には見覚えがあった。つい先日、廃工場で一戦やらかしたあのミスター・サイケデリック。ケバケバのダサ男仮面である。そして相方の方もまた、彼と負けず劣らずのイカレた色彩感覚の世界から抜け出して来たような御仁。極彩色のコスチュームに身を固めた女性であった。

「なんだ、ありゃあ。兄妹か」

 キャプテン・グラージが至極もっともな感想を口にした。

 女性は真っ赤なミニスカートに真っ赤なレザーブーツ。漆黒のタイツが細い脚を更に細く見せているが、上半身はほぼ同じ意匠のコスチュームである。無関係と言われたら逆に戸惑ってしまうこと請け合いだ。

「面白いですね。男性が身に着けると愕然とするほどなのに、女性が同様の衣装でも然程珍妙に見えません」

 ニュートさんの感想に思わず頷いてしまったが、その辺りも女体の神秘というヤツではなかろうか。きっとあの細いウェストと細い脚がポイントなんだろう。

「ニュートさん。今は二対二だけれども後で芳田さんが合流するんだよね。三対二じゃあフェアとは言えないのでは?」

「向こうがソレで良いと言ったのです。ご主人様が研修生だからとナメているのですよ。員数外と高をくくっているのです。思い上がった愚か者共にお灸を据えてやりましょう」

 いや、今のオレでは明らかに戦力外。実質、現在の状況ではキャプテン・グラージが一人で二人を相手にする羽目になるのでは?彼らの目論見は然程外れていないと思うのですけれどもね。

 それにしても、この営業イベント的なルールを裏切った筈の相手が未だ受け容れ、踏襲していることにちょっと驚いていた。律儀なのか、それともこの程度で充分と侮っているのか。

 地力でライオンとネズミくらいの差があるのだとしたら、或いはそれも在り得るかもしれない。それはちょっと考えたくないないな、と思った。

「逃げずに良く来た、悪の主賓たち」

 二人の全く以て失礼な感想と、オレの勝手な思惑を知る由も無いサイケな御仁は、朗々と口上を述べ始めた。

「そりゃコッチの台詞だ、極楽模様の色キ○ガイ。積んだ悪行から逃れることは出来ないよ。アタシが綺麗さっぱりと精算するお手伝いをしてやろうじゃないか」

 赤毛の彼女が返答する。

「己の悪事を隠蔽すべく、他者にその汚名を被せようなど言語道断。わたしがその歪んだ性根を正して差し上げましょう」

「やかましいっ。裏切り者には速やかなる破滅こそ相応しい。あの世にいってから後悔しな」

「その台詞こそ、そっくりあなたにお返しします」

「師匠、ここはわたしに行かせて下さいっ」

 女性の方がミスター・サイケに向き直り、拳を握り締めて力説していた。

 おお、成る程。このような盛り上がった場面でこそ更に魂を込めて演ずるのか。勉強になる。しかも兄妹ではなく師弟関係であったか。コレもヒーローものでは燃えるシチュエーションだよな。

「ご主人様、来ます」

 緊迫したニュートさんの声が耳元で聞こえた。

「そこな悪党二人。貴様等の邪なる企みももはやこれまで。ゴールデン・ゴーグルが一番弟子、G・G二号が誅滅してくれる。覚悟っ」

 台詞が終わった次の瞬間、オレは吹き飛んでいた。

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