4-4 「ヤダ」と答えた
誰かが何処か遠くでオレを呼びかけているような気がする。
ふと目を覚ましてみれば、暗い夜の校庭にひっくり返って夜空を眺めていた。
「大丈夫ですかご主人様」
視界の端にはニュートさんが不安げな顔で覗き込んでいる姿も見える。
身体を起こすと降りかかっていた土砂がばらばらと落ちた。
見れば身体の半分が埋まっていた。
何故こんな事になっているのかと疑念が湧いたが、直ぐにあの真っ赤な髪のスーパーヒロインが放った必殺技の煽りを喰らったのだと思い出した。
「いてて、体中が痛い」
「お怪我はありませんか。具合が悪い所などはありませんか」
「身体の節々が痛むくらいで特には。オレはどれくらい気を失ってたの」
「ほんの数十秒です、一分もありません。まったく彼女ときたら手加減も無ければ周囲への配慮もお構いなしなんだから」
憤慨する彼女の声を聞きながら立ち上がろうとすると足がもつれた。
まだ頭がくらくらしている。でも軽く頭を振って背筋を伸ばした。
もうもうたる土煙の向こう側に、眩く白い明かりの中で立ち竦む赤い髪の人影があった。
得意満面の顔をしているのかと思いきや、愕然とした表情で一点を見つめている。
視線の先には地面に穿たれた巨大なクレーターがあって、穴の周囲からは未だ白煙が上がっていた。
穴の底にはカラフルな人影が二つ。
まるで何事も無かったかのように仁王立ちしていて、惑わず射竦める眼差しで対峙しているのである。
「莫迦な」と呟く声が洩れ聞こえてきた。
「アタシのアトミック・クラッカーを真っ向から喰らって無傷だなんて」
「魂無き技などでわたしを倒すことなど出来ません」
「虚栄と増長に満ちた拳では何も得られないのです」
二人の声が紡がれ折り重なって響いてくる。
深夜のチンドン屋とも見間違えそうな素っ頓狂な姿にも拘わらず、放たれる言葉は力強かった。
衣装は兎も角、その立ち姿はヒーローそのものと言って良かった。
「他者から与えられた力を己のものと錯覚する愚かさ。恥じ入るがよい」
「勝利が欲しいですか。
ならばその身その手で掴み取りなさい。
その拳は飾りではないでしょう。
我が身を賭す覚悟もない臆病者など、ただ朽ち逝くのみ」
二人のド派手なベルトバックルが繁華街のネオンのような明滅を始めている。
オレの記憶が正しければ、ちょっと前まではもう少し大人しいピカピカだったはず。
ひょっとしてアレはパワーアップした時のエフェクト、「オレは今普通じゃないぜ」的なヒーロー特有のアピールだったりするのだろうか。
「一旦下がるのです、キャプテン・グラージ。挑発に乗ってはいけません。今闘うのは不利です」
ニュートさんの忠言に、少し前に受けたスーツのレクチャーを思い出していた。
スーパーヒロインのスーツはそれぞれ専用のもので、個人の特質に合わせた必殺技が装備されているのだと。
だが膨大なエネルギーを消費するので使う回数が限られている上に、使用直後はスーツの機能が極度に低下するとか何とか。
「うるせぇアタシに命令すんな。
必殺技かわされておめおめ引き下がれるか。
ステゴロ挑まれて逃げ出すなんざ
ゲンコツで勝負だと?
上等だ、さっきアタシにボコられたことをもう忘れたか。
後悔させてやるぜ」
「グラージ!」
売り言葉に買い言葉。
ニュートさんの制止も聞かずに彼女は飛び出していった。
そして迎え撃つのは真っ赤なミニスカートを履いたサイケなヒロインだ。
「ご主人様、応援を」
ニュートさんの言葉に頷いて駆けつけようとした。
だがオレの前に立ち塞がるのは、やはりサイケなヒーローなのである。
「サシの果たし合いに加勢をするというのは無粋だとは思いませんか」
やっぱりそうだよね、とは思った。
「でも、仲間を助けたいと思うのも人情だとは思わない?」
「思いますよ。しかしそれはわたしも同様なのです」
ニカっとニヒルに口元が歪められて、例の銀歯がぴかりと光っていた。
基本、ヒーローやヒロインの闘いは肉弾戦から始まる。
それで相手にダメージを与え、弱ったり動きが鈍ったりした隙に、必殺技やそれに準じた武器などをたたき込んで決着をつける、というのがセオリーらしい。
テレビ番組とかでも大抵そうだ。
しかしこのゴールデンなんたらとかいう二人組は、徹頭徹尾格闘戦を挑んできた。
途中で武器を使う素振りも無ければ必殺技も繰り出さない。
幾人か他のスーパーヒロインのビデオも見せてもらったが、大抵みんな何某か飛び出す感じの決め技や武器を持っていた。
その方が色々と手っ取り早いし確実だからだ。
でも中には徒手格闘に特化したヒーローヒロインも居るとニュートさんは言う。
ならば彼らのスタイルはソッチなんだろう。
かなりレアな部類らしいけれど。
だがむしろオレには好都合。
中坊の頃は体操部だったし身体を動かすのは得意な方なのである。
ついでに言えば格闘ゲームもだ。
まぁゲームでも飛び道具を全く使わないキャラクターは圧倒的にマイノリティではあるが、飛び道具でバシバシ撃たれるよりは余程に何とかなりそうな気がしていた。
さっきだってそれなりに闘えていた訳なのだし。
初めての実務(前回は操られていたのでノーカン)だけれども何とかなるんじゃね?
そう考えていたのだ。
しかしもう訂正します。
かなり甘い考えでした。
このお方、先程とは別人です。
まるで歯が立ちません。
只今現在、ボコボコにやられまくってます。
パンチは受けられ、蹴りは避けられ、ジャンプで間合いを空けようとしても逆に詰められた。
コッチが一発殴る前に数発のカウンターをたたき込まれ、蹴った足は逆に蹴り上げられて、胸元を掴まれた後に力任せに地面へ叩き付けられた。
追い打ちが来る前に転がって逃れられた自分を褒めて良い。
でもそれ以外はまるで為す術が無かった。
さっきまでのアレは何だったのか。
手加減をされていたのだろうか。
遠くで「ぎゃっ」と悲鳴が上がった。キャプテン・グラージが優勢なのかと思ったが違う。
彼女は足首を掴まれて地面に叩き付けられている最中だった。
持ち上げては振り下ろしを幾度も繰り返されている。
二度三度四度、まるで雑巾を無造作に床へ打ち付けるかの如きぞんざいさだ。
叩き付けられる度に土煙と地響きが起こる。
だというのに彼女はされるがまま、逃れることも叶わず一方的な展開だった。
オレといい彼女といい先程とは全くもって真反対。
カラフルな二人がパワーアップモードに入っているのはもう間違いなかった。
そしてオレも彼女もまるで歯が立たないということも。
何とか立ち上がったものの身体はアチコチがガタガタだった。
痛くないところを探す方が難しいし、逆転の目もさっぱり思いつかなかった。
「どうしました。あなたの意地や矜持はその程度ですか」
放たれる台詞と立ち姿には威圧感があった。
一番最初に感じたげんなり感は随分と薄くなっていて、もはや決して侮ってはならない相手なのだと身を以て感じていた。
流石は本職のヒーローである。
ちょっと上手くさばけただけでいい気になっていた自分が恥ずかしかった。
しかし、しかしそれでも納得がいかない。
色彩センスゼロのアロハシャツ的な上半身はまだいい、目をつぶれる。
でもピンクのハートマークを描いた白タイツを身に着け、真っ赤なブルマーってのはないんじゃないのかな。
たぶん同じ意匠のメットとセットなのだろうが、女の子ならまだしも仮にも男でしょあなた。
その格好をした成人男性が上から目線の正論を吐くってのはどうよ。
言ってるコトは立派だけれども、こんな風体の人物に諭されたくなどはなかった。
「最後の警告です。
本来なら有無を言わさず正義を執行しますがあなたはまだ初心者。
チャンスをあげましょう。
今此処で改心し我らと共に来るのです。
あなたには見込みがあります。
精進すれば本物の正義、本物のヒロインとなることも夢ではないでしょう」
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