第三幕 不埒な者ども(その五)
日が昇り、朝になれば女子高校生のコスプレをして学校に向う。帰って来れば借り受けた近所のジムへとおもむき、ヒロイン業務習熟の練習をこなして床に着く。それが最近のルーチンワークだ。
なんだか何処かがちょっとオカシイ、否、根本的に間違っているような気がする。オレは何処にでも居る、ごく平凡な男子大学生じゃなかったっけ?
けれどコレはやらなきゃならないコトだ。以前の日常を取り戻すための必要経費なのだと、無理矢理自分を納得させて勤しんでいた。でないと羞恥心や虚無感に襲われて、やってられるかって気持ちになるのだ。
ただ無心に余計なコトを考えず、ひたすら自分のやるべきコトに邁進。うだうだ考えても解決しないし、やらなきゃナニも進まない。客観的に自分を見るのは止めておこう。うっかり冷静にでもなった日には、頭を抱えて二度と立ち上がれなくなりそうだ。
お陰で一週間はあっという間だった。
そんなこんなで今日は再び土曜日。そして本来なら休日であった。
先週の土曜日もそうだったような気がする。記憶が正しければ二週連続で休日出勤だ。一週間の(正確には五日間)の女子高校生プレイに勤しんだ後の、週末に割り当てられた正義の味方案件である。ニュートさん曰く「職制の本質を担う真のお仕事」らしい。
業務時間の大半をJK風味な時間で費やしているのに、その七分の一程度の業務で「真性」と言い換えるのはこれ如何に。そう言ったら「嘆かわしい」と瞼に手を当て、大仰に天を仰がれてしまった。
「ご主人様は、私達本来のお役目をお忘れになってしまわれたのですか」
うん、オレたちは正義の味方をする為にココに来ているんだよね。その台詞を聞くのも二度目のような気がするよ。でもその下積みになっている業務と、ヒロインの業務を分け隔てる必要は無いんじゃいかな。
どっちも大事じゃないか、と言ったら「それはソレ、これはコレ」と言われた。どうやら彼女の中でヒロインは不可侵な領域にあるらしい。
まぁそれはいい。現時点でオレの研修内容は遅れ気味だし、契約期間が短縮されるのなら少々の無理は押し通すつもりだった。だが世の中には出来ることと出来ないことがあるのだ。
「それはいったいどーゆーコトなの」
オレが疑問を呈している場所は、小さな会社の更衣室であった。
ニュートさんに言われるがままにやって来て、此処で本日の研修業務が実行されますと説明された。いったい何が行なわれるのかと訊いてみれば、あと数十分で悪の組織が襲来するのでそれを撃退してみましょうと言われた。取り敢えず練習用の悪党が揃ったのでセッティングしたのだとか何とか。
練習用の悪党って何よと思うのだが、相手もきっとこちら側を同じように考えているに違いない。だから深く悩まないことにした。ツッコミ始めたらきっとキリが無いのだろうし。
それよりも問題なのはろくすっぽ準備も整っていないのに、いきなり実務というこの現実だ。駄目でしょ、取り敢えずとかそんな場当たり的な考えで業務計画立てたら。
しかし今回オレの場合では、他の契約者に比べてもマイルドな日程なのだという。
「本来なら初日から現場で実践なのです。ご主人様は幸運でした」
なるほど、なかなかにタイトな過去実績ですね。御社がブラックではないことを祈りたいです。
「芳田さんはどうしたの。オレの指導先輩だったんじゃないの」
「彼女は別件で時間外出張中です。あの方、よくスケジュールをブッキングさせてしまうのですよね」
困ったものです、とニュートさんは肩を竦めた。思いつきで今日の予定を立てたあなたに芳田さんをどうこう言えないと思うのですが、それは口にしちゃ駄目なことなんでしょうかね。
しかし来れないのなら仕方がない。代わりの正義の味方は何処に?と訊ねたらオレを真っ直ぐに指さされた。その意味を理解するのに結構な時間が必要だったのは、決して恥ずかしいコトじゃないと思う。
「ひょっとして、オレ一人で?」
「大丈夫ですよ。今回は非正規のプログラムですのでミスっても全てノーカンです。相手も同じ研修生ですし、何も難しく考える必要はありません。要はトレーニングモード、練習試合です。習うよりも馴れろですよ。やってみたら意外と簡単だったと、皆様からもご好評を頂いております」
「皆様って何処の皆様?」
「深く考えたら負けです。バンジージャンプみたいなモノですよ。馴れたら病みつきになること請け合いです」
「馴れたくなんかないよ、こんな無茶振り。いくら練習だからって、受け身も取れない初心者を柔道の試合に出したりしないでしょ。そもそもご好評っていったいどんなご好評なんだよっ」
オレの悲痛な叫びはことごとく脇に置かれてしまい、あれよあれよという間に段取りが整っていった。そして気が付けば専用のスーツまで着込まされている始末。姿見の前に立つオレを眺めて彼女は「大変良くお似合いです」と脳天気に囃し立てていた。
「まぁ確かに、何時かはやらなきゃならないと思ってはいたんだけれどもね」
「ならばそれが今日だったというだけの話です。何も問題はありません」
「大ありだよ。早過ぎるでしょ、ポーズも台詞も憶えていないのにいきなり現場に立たされるなんて。それに何だよ、このスーツ。身体のラインが丸出しぢゃん!」
「ソコが良いのではありませんか。その見事なプロポーションを世間様にひた隠すなど、むしろそちらの方が罪悪です。ご心配なく、私がつきっきりでサポート致しますので。ご主人様は思うがまま、正義の味方っぷりを周囲に振りまいて下さい。さあ胸を張って参りましょう」
「恥ずかしくてしょうがないんですけれどぉ」
「大丈夫です。正体がバレないようにキチンとマスクも用意されています」
いや、そういう問題じゃ無いと思う。確かに顔バレなんてしたくはないからマスクは有り難くはあるのだけれども。
大きめのアイマスクって程度で、完全に隠せているわけじゃないけれども。
例え素顔を晒していたとしても、オレがオレであるだなんて誰も気付かないだろうけどもぉ!
鏡の中のオレは何処をどう見ても、テレビやハリウッド映画の中に出てくるタイトなボディスーツに身を包んだ、「すーぱーひろいん」のお姉さんであった。
更衣室を出ると正門の所で会った初老の人物と挨拶を交わした。
「あぁ、どうもどうもご苦労様です。これから撮影なんですよね。この工場は来週末には解体する予定なのでいくら壊して頂いてもかまいませんよ。
カメラマンの方はいらっしゃらない?ほう、小型カメラをアチコチにセッティング済みと。既に準備万端ですねぇ。
ああ、施設の区画から外には決して被害が及ばない様お願いしますよ。保護天幕やネットは使わないんですか?ほほう成る程、強力なエアカーテン的なモノで埃一つ飛び出さない。いやいや最近はテレビの撮影もハイテクですなぁ」
会社の立会人だとか云うこのおじさんは、人好きのする笑顔でからからと笑っていた。来年は定年で今は会社で雑用を主にこなしているのだという。ニュートさんを見ても「良く出来たお人形さんだねぇ」と感心するだけで終わってしまった。
あの、それで大丈夫なんでしょうか。オレは未だに納得し切れていなかったりするんですけれどもね。
オレのスーツ姿を見て記念写真などを頼まれ、ぎこちない笑顔でそれに応えてやった。会社敷地の入り口にある看板の前でポーズなどとってみたりした。孫がこういった特撮変身モノが大好きで毎週欠かさず見ているのだという。
「ありがとう、よい土産が出来たよ」
そう言って握手された。喜んでもらえて何よりだが、そのお孫さんはオレの格好を見て何と評するのだろう。願わくば出来る限り拡散はさせないでくれと、手を合わせて天に願う。
だが「往生際が悪いですね」とニュートさんからにこやかに微笑まれた。ぐうの音も出なかった。
指定の刻限となり、「来ました」とニュートさんがオレの肩に飛び乗った。いつの間に敷地の中に入っていたのか、立ち会いのおじさんの前に一人のサングラスを掛けた若い男が歩み寄って来た。
「あ、あいつは」
珍しい、ニュートさんの声が些か上ずっている。
「協定違反でしょう。今回のプログラムは研修生同士の対決のハズです」
男はおじさんに名刺を渡して挨拶を済ませるとこちらに向き直っていた。そして「愚問ですね」と言う。
「悪の組織に組みする者へ、世界の正しい秩序を構築する者が律儀に教育指南を施すなどと。そちらの方が余程におかしな話だとは思いませんか」
「随分と一方的ね。協会から脱退するつもり?確かにあなたの会社は抜け駆けや掌返しをよくやらかすけれど、もうそんなやんちゃが通用する時勢ではなくてよ」
「正義を行なうに惑い無し」
そう言ってニヤリと笑うと口元の犬歯がキラリと光った。その時になって初めて、彼があの居酒屋の店員だと気付いたのである。
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