2-8 全てがうやむやになっていった
今や、天気のよい日に屋上で昼食をとるのはオレや芳田さんの恒例行事になっていた。
そしてその時間、此処は幾つも女生徒たちのグループが集う一大昼食会場と化していた。
ざっと見でも五〇名は下るまい。およそ二クラス分の女子が集まっている。
そもそも何故食事をするのにわざわざ屋上に来るのかと問われれば、教室でのクラスメイト同士による妙なつば競り合いから逃れた挙げ句の選択だったのだ。
昼休みの度に複数の女子が一緒にお食事を、と言い寄ってくる。
すると他の女生徒がおどろおどろしい無言の情念を込めてけん制し、クラスの中がたちまち異様な空気になってくるのである。
オレはそれに耐えきれず脱出して、芳田さんとともに屋上で一時の平穏を満喫するようになった。
だというのにそれを察知した女生徒のグループが一つ来て、二つ来て、三つ来て、気が付けばこの吃驚するほどの大所帯である。
正直コレでは意味が無い。
「何なんでしょうね、この人だかり」
昨日の晩、ニュートさんにもこぼした台詞ではあるものの、あんな返答で納得出来る訳もなかった。
芳田さんからもっと納得のいく答えが欲しかった。
聞いて何かが解決出来る訳でも無いのだけれど。
「そうねえ。まぁ、何故かと問われるのならば、彼女たちから聞くのが一番手っ取り早いのではないかしら」
そう言って彼女が提案したのは、「そんなバラバラに座ってないでみなさん一緒に集まりませんか」という此処に居る全員を一緒くたにしたお食事会であった。
まぁ無難と言えば無難だが、その一方でより取り返しの着かない事態へと状況が悪化しているようにも思える。
ただの被害妄想だろうか。
みなさま何故にわたしをこうも慕って下さるのかしら、あら随分と持ち上げて下さるのねそんなに立派な人間じゃ無いわ、いえ謙遜なんかではなくてよ、あらありがとういえ迷惑なんてとんでもない好意を持って下さるのはとても嬉しいわ。
滑らかな口調に滑らかな物言い。
柔らかな笑みと物腰も加わって芳田さんは実に魅力的な存在である。
同性でも見惚れるというのは分かるような気がした。
オレは中身が男だから単純に男目線でしか見ることは出来ないけれど、「麗しの姫様」的な耽美要素が多分に投入されているのかもしれない。
敢えて「何故に」などと、わざわざ此処に集まって来ている彼女たちに、子細訊ねる必要も無いんじゃないかな。
そう思いもするけれど、この場を取りまとめるには良い口実だ。
それに立て板に水というか、芳田さんの淀まず濁らず耳当たりの良い語りにいつしか皆聞き入っていて、彼女が右と言えば右に、左と言えば左に、オレを除く全員がしきりにうなずき納得し、追従する有様となっているのである。
とても初対面のときに、オレと
「これで皆様は一つのお仲間ですね」
「ええ、そうですわね」
「わたしたちは芳田先輩について行きます」
「ずっと一緒です。一緒に居させて下さい」
「私たちの心は一つです」
何だか妙なテンションでみんなが盛り上がっていた。
嬉々とした表情で隣の子と手を取り合い、 きゃーとか言ってる二人組が居た。
胸の前で両手を組んでうっとりした表情の子も居た。
皆が皆、異様な高揚感に
丁度、ガチ勢オンリーで埋め尽くされたライブの中に踏み込んでいるような錯覚があった。
「ニュートさん、これって大丈夫なの?」
「話術による丸め込み、もとい共感共有は彼女の得意技ですから」
確かに彼女の言うとおり、端から見ているとそれが分かった。
場を盛り上げるのが上手い人間は何処にでも居る。
芳田さんは相手の言って欲しい言葉、うなずいて肯定して欲しい事柄を鋭敏に感じ取り、決して否定せず、言葉柔らかに同調する術に長けているのである。
話す方からしてみれば、これ程心地よい話し相手は居まい。
様々な話題に花が咲き、気が付いてみると皆が和気藹々とお喋りを楽しんでいる。
いつの間にかバラバラだった筈のグループが、一つの大きな輪となって集っているのだ。
見事だなと思った。
見習いのオレとは端から格が違う。
いや、これは彼女の人徳の成せる技だろう。
芳田さんの一挙一動にキャーとかステキとかいう声が舞った。
一言二言話す度に「その通りです」「わたしもそう思います」「全面的に同意しますわ」などと賛同の声が幾つも上がった。
「芳田さんに栄光あれ」
「芳田さんは全ての光。魂の支え」
「此の世に降り立った最後の女神ですわ」
皆が口々に彼女を褒め称えていた。
ちょっとヤバいんじゃないかなと思うくらいにテンション高めだ。
ちょっと過剰な表現も乱れ飛んでいるけれど、敢えて盛って騒いでいるんだよね。
まさか本気で言ってる訳じゃないよね。
お祭り的なノリのそれだよね。
一抹の不安は在るけれど、理性と自制心をもって
しかしこれで彼女たちは、芳田さんの名のもとに一致団結したのである。
ふと、学園の支配者というフレーズが脳裏を掠めた。
それと同時に教祖様という単語も頭の片隅で踊っていた。
心の奥底のずーっと深い所から、おいコレって何かが違うんじゃないのかと囁く声がする。
いや、でも、お互いに妙な縄張り意識剥き出しでバラバラな状態よりも良いのではなかろうか。
いまやチーム芳田と言っても過言ではない一体感を醸し出しているし、まるでアイドル活動でも出来そうな勢いすらあるし。
それに仲良きことは美しき哉とも言うだろう。
「・・・・」
はて、オレと彼女は何の為にこの学校にやって来たんだっけ?
少なからぬ疑問や疑念が渦巻いていたが、女生徒達の歓声が姦しく、そのままこの場の全てがうやむやになっていったのである。
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