第二幕 女子高校生(その七)

「しかしコレはどういうことなんだろうね」

 下宿に戻って部屋呑みしながら、オレは下駄箱の中身に目を通していた。

空けたビールは既に二缶、三缶目もあと二口分ほどを残すまでになっている。このところ一日に飲む量が少しずつ増えてきた。次の日に酒臭さを残すわけにはいかないから、ある程度のセーブは必要だけどそれも果たして何処まで保つだろう。財布の中身がすべてのリミッターになっているけれど油断は禁物である。

 ニュートさんはコタツの天板上の、何冊か積み置かれたマンガ雑誌の上にチョコンと座って居た。

「何がでしょう」

「だってさぁ、オレは芳田さんと一緒にただ学校内を暇に飽かせてぷらぷら散歩しているだけだよ。なのに何で男子だの女子だのがこうやって食いついて来るんだろう。解せないよ。芳田さんは判る。あの人は美人だし人当たり良いし話していると楽しいし、何よりあの『あなたは素敵な方ね』攻撃があるしね」

 オレは、げふと一息つく。

「テニス部のエースでインターハイ優勝したとか、成績で学年トップをとり続けているとか、そんな理由ならまだしもだよ。偉業を達成した訳でもないし、取り立てて目立つ活躍をした訳でもない。何故って思うのは当然じゃないかな」

「ご主人様、少し前に階段で転びそうになった女子をダイビングキャッチしたことがあったでしょう」

「ダイビングは大袈裟じゃないかな。躓いて後ろにひっくり返りそうになった彼女を、軽く受け止めただけだよ」

「素晴らしい反応でした。普通は驚いて一瞬対応が遅れるものです」

「まぁ確かに格闘ゲームは得意な方だね」

「抱き留めて、『大丈夫だった?』と爽やかに微笑んでいらっしゃいましたよね」

「そうだったっけ。よく憶えてないよ」

「他にも、嫌みたらしい生徒指導部の教師に絡まれていた子を庇って論破したり」

「あんなのは論破なんて言わないよ。単純な揚げ足取りじゃないか。体育教師なんて視野狭いし、バイト先でクレーム客に絡まれた時を思えば庇った内にも入らない」

「アクセサリーを落とした子を走って追いかけて手渡したり、人気が出てきたこと妬んで嫌みを言う女子を事も無げに軽くあしらったり、風邪で休んだ男子生徒の机を拭き掃除してみたり、生徒から意地悪く質問攻めにあって戸惑う教育実習生をフォローしてみたり」

「落とし物をした子に拾って返すのは当たり前じゃないか。

 オレに人気があること自体何かの間違いなんだから気もならないよ。

 二日も休んだ子の机が埃だらけだったからちょっと気になっただけじゃないか。

 教育実習生のオロオロする様なんて見てられないよ。まるで下宿の先輩が災難に遭っているみたいでさ。ってかよく憶えてるね」

「憶えるのは得意ですので。それよりもちょっと例を挙げただけでもこの通りです。大活躍ではありませんか」

「大げさじゃない?」

「塵も積もれば山となると言います。それに前々から感じていましたが、ご主人様は気配りが出来る方ですよね。そういう人物はおモテになります」

「そう、かな」

 中学生の頃から考えてもそんな記憶はトンと無い。

「相手のサインやアプローチに気付かなかっただけではないのですか」

 ちょっと頭を捻って思い返してみた。

「確かに映画やテレビドラマの話題で意気投合して話し掛けて来た子や、『黒板を消してくれる?』と複数の女子から謎のお願いをされて応えてやったり、調理実習で作りすぎたから、とお裾分けをくれたりした子は何人か居たね。でもそれらしい体験や会話は無かった気がするよ」

 微妙な沈黙の間があった。

「・・・・まぁご主人様が朴念仁で唐変木であることも薄々察しておりましたから、むしろこうした判り易い反応の方が有り難い話でございましょう」

「ちょっと、何気に非道くない?」

「此処にある手紙は当然至極の結果であると、私はそう申し上げたいのです。不可解な箇所など微塵もございません」

「これが当たり前の結果だって言うの?」

 今日入っていた封筒は三通だった。昨日よりは少ないが、本棚に押し込んだ手紙は確実に累積されていっている。

「左様にございます」

「・・・・」

 解せぬ。

 三缶目のビールを一息に飲み干すと、オレは溜息とも諦めともつかぬ深い吐息をついていた。

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