2-6 徐々に増えてゆくのでは

「ただでも、新しくやって来た美人転校生ということで目立ちまくっている芳田さんの脇に、これまたちょっと前に転校して来た眉目秀麗な女生徒が寄り添って、毎日仲良く学内をうろついてるんだよ。

 注目浴びない方がオカシイよね」


「本当にどうされました、昨日何か在りましたか」


「下駄箱にね、ラブレターが入っていたんだよ。一目惚れですから付き合っていだけませんかと書いてあったよ」


「あら、おめでとうございます」


「おめでたくないよ。

 しかも一通じゃなくて複数。

 おまけに女子からのものまであってさぁ。

 オレ、高校生でも無いし本物の女子でも無いし、付き合う付き合わない以前の問題ぢゃん?

 そもそもそんな気分になる訳無いし馴れる筈もない。

 偽物のJKが愛想振りまいて周囲を焦らしているだけだなんて、罪悪感ハンパないんですけれど」


「そこまで深刻に考える必要は無いのではありませんか。

 こういった思春期の情熱は一過性の熱病みたいなものですよ。

 周囲が夢中になればそれに感化されてテンション上がっているだけです。

 いわば皆が望んで飛び込むライブやお祭りの神輿になっているだけだと、そうお考えになっては如何ですか。

 多感な彼ら彼女らのガス抜き、リクリエーションみたいなものですよ」


「そんなに軽く考えていいの?」


「ご主人様の身体は一つしかありません。

 全員に応えることは出来ないのです。

 応援してくれてありがとう、好意を持ってくれて嬉しいと、感謝の気持ちを忘れなければ問題ありませんよ。

 それに本気なら一度や二度袖にされたくらいじゃへこたれません。

 そのような人物のみ慎重に対処すれば良いだけの話です」


「割り切ってんなぁ」


「そうでないと押しつぶされてしまいますよ」


 学校が終わり下宿に戻って机の上に並べた手紙は六通あった。

 ラブレターと言うよりはファンレターでしょうと芳田さんは言う。

 再度一通一通読んでみれば確かにそう思えなくもない。

 とは言え、である。


 ニュートさんは一過性とか言うけれど、彼ら彼女達にとっては、夢中になっている今この瞬間こそが世界の全てなんだろうしなぁ。


 自分が高校生だった頃を顧みれば少なからず察しはついた。

 軽々に扱うわけにはいかないんじゃないかな。

 それにじっと遠巻きにしているあの子達。

 それを思えばきっとコレは氷山の一角に違いないのだろうし。


 全部読み終えて、元通り封筒に戻すとそのまま本棚に押し込んだ。

 ひょっとするとまだ増えるのだろうか。

 芳田さんは段ボールか、専用の保管庫を準備した方が良いと助言をくれた。

 よもやまさかと苦笑したが、一度火が着けば後は雪だるま式だと怖いことも言っていた。


 思わずごくりと生唾を飲み、本棚を見つめてオレはまた溜息をついた。




 付き合って下さいという相手には取り敢えずごめんなさいと断り入れ、それはその日だけでも三件になった。

 取り敢えず下駄箱に入っていた相手、全員分だ。


 未だかつてモテた経験の無いオレが男を振るというこの理不尽。

 極めて不条理なものを感じた。


 が、それ以上に同性と付き合うなど更にトンデモナイ話である。

 腐女子の方々ならば万歳三唱お望みの展開であろうが、生憎オレはそこまでサービス精神旺盛な訳じゃない。


 しかも男相手ならまだ気持ちの切り替えようもあるが、女子相手ともなれば更に困難さが増す。

 お姉様とお呼びしても良いですかと言い寄ってくる女子を、いったいどうやって諦めさせれば良いのだろう。


 そもそもあなた方は同学年同い年なのではありませんか?

 何処をどう突けばオレがお姉様になるのよ。

 まぁ確かに実年齢じゃオレは年上になるんだけれども。


「良いではないですか、そのくらい」


 ニュートさんは実に軽い。


「やめてよっ。そもそもオレは女じゃ無いでしょ」


「そのお姿では説得力がありません。それとも相手がもっと情熱的で眉目秀麗、セクシーな男性でしたらオッケーでしたか」


 なんて冷たいお答え、ホント勘弁して欲しい。

 そもそも好意を寄せてくる相手を足蹴にするなど、オレの趣味じゃ無いのである。


「そのまま皆様のご要望にお応えして、ファンクラブでもお作りになればよろしいのに」


「芳田さん、冗談でもそういうこと言うのは止めて下さい」


 その日の昼休みは芳田さんと共に屋上で昼食を取っていた。

 左の肩にはニュートさん。

 右隣には芳田さん。

 オレの首は右に左にと忙しい。


「あら、わたしは本気ですよ。

 桜ヶ丘さんはそれだけお綺麗でありながら、それを決して鼻に掛けることはなく、人当たり柔らかで万事控えめな方なので尚のこと皆の好意を集めるのでしょう。

 普段の立ち姿も背筋がぴんと伸び、キビキビ颯爽として実に凜々しいお姿です。

 男装の麗人といった風情が垣間見えますよ。

 恐らくその辺りも人気の秘密なのでは?

 見習いたいものです」


「なに他人事のように言ってるんですか。半分以上は芳田さんにてられた人達じゃありませんか」


 そもそもオレの場合は人当たり云々とかじゃなくって、果たしてどう会話をすればよいのか、どう接すればよいのか、女生徒然とした対応の仕方が判らなくて、おっかなびっくり話しているだけに過ぎないのである。


 背筋が伸びてるだのキビキビ颯爽すってんだのって話にしても、いつ正体がバレはしないかとただビビって身構えているだけの話だし。


「半分がわたしの責任であるのなら。もう半分は桜ヶ丘さんということですわね」


 そう言って彼女は何の屈託もなくにっこりと笑って返してきた。

 オレの反駁はんばくなど何処吹く風、何の意味も在りはしない。


 見上げた空は抜けるように青かった。


 雲一つ無く文句なしの快晴である。

 このモヤモヤと割り切れない胸の中とは正に真反対で、「嫌みか」と文句の一つも付けたくなった。

 青空の下で食事をするのは確かに気分は良いが、全ての悩みを払拭してくれる訳ではなかった。


 まったくもうこの頃のオレの毎日っていったいナニ。

 朝目覚めてから夜眠るまで、色んなモノ全てがことごとく今までの日常を全否定してくれちゃって。


 せめてご飯くらいはゆっくりのんびり、気楽な気分で食したいものだ。


 青空への現実逃避から返って来てみても、一分前の光景からは何も変わっちゃいなかった。

 まぁそりゃそうだろう、そんな単純な事で悩み事が消えて無くなるのなら誰も苦労はしないのだ。


 昼休みの最中ともなれば暇を持て余した多数の生徒が校内のアチコチを闊歩している訳で、今昼飯を食べているこの場所もまた例外じゃあなかった。


 この学校の屋上は生徒に向けて開放されているらしい。

 そしてオレと芳田さんの座っている場所から、とある一定の距離を置いて、あからさまな観衆が取り巻くともなしに取り巻いていた。


 皆コンクリートの床に、わざわざ持って来たのであろうシートやブランケットを敷いたりフェンスの脇に腰を下ろしたりと、少人数のグループで気ままに和気藹々食事をしている風情である。


 だがしかし、チラホラと送られる熱視線を感じた。

 話し掛けるときに傾げる顔の向きや、食べ物を食する口元こちらの小指の動きまで、子細余すところなく見られているという実感がある。

 背中にフェンスを背負って腰掛けては居るものの、まるで円陣の中に囚われて監視されているかのような錯覚があった。


 今朝登校中にコンビニで買ったサンドイッチをパクつくと、コーヒー牛乳をちうと飲む。

 何だかあんまり味がしない。


「落ち着かないですね」


「それではどれか彼女たちの輪に入ります?」


「更にいたたまれない感じに為ると思います。入らなかった他のグループの殺視線に串刺しにされそうな気がします」


「ならば、このままで我慢しないといけませんね」


 何故だかどういう訳だか知らないが、芳田さんの親衛隊を自称する人達は一塊ではなくて、どうにもお互い派閥と思しき線引きがあるらしい。

 お互いにけん制しあい、他のグループに彼女が取り込まれるのを良しとしないのである。


 勝手にグループを作って、勝手に互いを威嚇し合っている訳で実に面倒くさい。

 仲良く皆で一つにまとまりゃ良いものを、なんでわざわざ別のグループを作るのか。

 ハッキリ言って理解に苦しむ。


「宗教でいう宗派違いというものも、こうやって出来上ってゆくものなのでしょうか」


「なに呑気なこと言ってるんですか。当事者でしょ」


「それはあなたも御同類でしょう?」


「は?」


 芳田さんが視線で促した先には四人の女生徒が居た。

 家からでも持って来たのかカラフルな薄手の敷物をしき、コンクリートの上に座って仲良く弁当をつついている。

 ほぼピクニック気分である。

 だが他の女子達と同じように、盗み見るような視線を小刻みに送り続けて来るのだ。


 その視線はどうにもオレに向っているような気がする。

 何度か目が合うと、皆慌てて目を反らしてそわそわしていた。

 ちょっと悩んだ後に軽く笑って手首だけで手を振ると、「きゃー」と四人が四人とも歓声を上げた。


「あんなに喜んで可愛いですね。良かったではありませんか、間違いなくファンの子ですよ」


 下駄箱の中に入っていた手紙の子は一人も居ない。

 間違いなく別口だ。海に浮かぶ氷山の下方、水面下に隠れていた女生徒たち。

 予備軍は果たしてどれくらい居るのか。


 よもやまさかこうやって少しずつ水面上に溢れ、徐々に増えてゆくのではあるまいな。


 それは不安というよりも予感と言った方が正しかろう。


 今日、帰宅するときに開ける下駄箱の中身が怖かった。

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