第二幕 女子高校生(その二)

 転校生であるためだろうか、初日はかなり注目度が高かった。色々な女子が寄ってきて色々と話して色々と案内された。ちやほやされているのは多分気のせい。物珍しさ優先といったところだろう。正直居心地が悪くて休み時間になる度に身の置き場に困った。

 一方男子は主に遠巻きに眺めるだけだった。だが無視や無関心とはまるで正反対。視線が一挙一動に絡みついてくる感じがあって、特に顔や胸や腰などにチクチクと刺さる感じがした。

 彼らとて無遠慮という訳じゃない。素知らぬ振りをしてコッソリ盗み見るくらいの配慮はあった。ただ本人達は上手くやっているつもりでも、まったく全然成功してないというだけの話なのである。うんざりであった。

「男共の視線があんなにエロくてねちっこかったなんて、全然知らなかったよ」

 身を以て知らされた女子高生の現実ってヤツである。何だかんだで登校初日が終わる頃、オレはとことん疲れ果てて本日何度目になるのかも分からない重い溜息をついていた。

「美人税というものですよ」

 ニュートさんはそんな事をいう。自分で言うのもなんだが、鏡の中の姿は相応に整っているから確かに注目も浴びるのだろう。逆の立場だったら多分オレだって同じことをしていたに違いない。

 でもだからと言ってハイそうですかと開き直れる筈もないのである。


 JKを始めて数日が経った。

 いや、高校生をと言った方が良いのだろうが、心象的にはそちら側だった。

 今の状況では現役だった頃の事が思い起こされて、その呼び名がしっくり来ないのである。女子と男子とでは根本的な所が違うと思う。もちろん性別が違うのだから一緒のハズはないのだけれど、男子高校生と女子高校生とでは有り方そのものが違っていて、別の種類の何かなのではないかと思えてならなかった。

 日にちを経るに従ってオレも女子高生に馴れてきたし、周囲もオレという新参者に馴れてきた。果たして馴染むことなんて出来るのだろうかと、初日の不安はとてつもなかったが人間何事にも順応するように出来ているようだ。まぁ素直に「良し」とは思えないけれど馴染めないよりは余程いい。

 しかしそれはそれとして、順応するに従いフラフラと声を掛けてくる男子も出てくるようにもなった。

 桜ヶ丘さん最近どんなテレビ見てるんだい。海外ドラマとか興味はない?オレお薦めのヤツがあるんだけれどどうかな。

 音楽はどんなのを聞く?

 最近気に入った映画あるかな。実は○○○○○ってのが面白そうでね。

 食べ物は何が好き?気に入っているスイーツとかお店とかあったら教えてよ。

 どれもコレも他愛のない話題ばかりだが、休み時間の度に入れ替わり立ち替わりやって来るのは困りものだ。鬱陶しいったらありゃしない。

 どいつもこいつも何気なさを気取っているが下心は見え見えである。コレでホントにバレてないつもりなのかと不思議に思えるほどに空々しく、そして迂闊であった。

 男なんてみんなバカ、と何処かの誰かが言っていた。

 いつ頃のことだったろう。それは聞くともなしに聞こえて来た、井戸端会議に花を咲かせる見知らぬ女子たちの会話だった。その時は上目線で何を言っているのやらと半ば呆れていたが、確かにこんな実体験の後でならそんな物言いも納得出来る。

 結論。男子はバカである。

 しかしだからといって、女子が聡明かつ理知的かと言われればそれもちょっと違う。どこそこのスイーツがどうの、俳優の誰それがイケメンだの、推しだの尊いだのとはしゃいだり、男子が決して気付かない場所で猥談もするし、腐女子と呼ばれる一団も確かに存在しているのである。

 ただ価値観が違うだけで、どっちもどっちの五十歩百歩。それがこの数日で学んだことだった。

 オレも昔はこんな感じだったのかなぁ。

 オレの高校はガクランにセーラー服という古式ゆかしい風景で、この学校のようにちょっと垢抜けた雰囲気では無かったものの、やはり中身は大して変わらない。それもそうかと思う一方で、どうにも妙な気分だった。

 目の前に居る男子共はほんの二年ちょっと前のオレ自身で、女子達はそれと肩を並べる自称「大人」の似たもの同士だ。だというのに、それは遙かに遠い過去の出来事に思えた。


 若輩者のオレではあるが、仕事の経験が無い訳じゃあない。

 確かに会社に就職を果たした社会人とは比べるべくもないけれど、しかしそれでも高校生の頃から小遣い稼ぎに幾つものバイトを経験したし、この身体に変わる直前までコンビニのシフトを複数掛け持ちしたりもしていた。だから少なからずこのくらい何とか為るだろうと、軽く考えていたことは認めよう。

 だがコレは無いのではなかろうか?

 学校から帰ってきたオレは参考の為にと、直近で活躍したという人物のビデオ動画を見せてもらっていた。

「ご主人様もそろそろ学校に馴染み始めたようですし、少しずつ本来の業務の準備を始めて行きましょう」

 そんなことを言われて始まった動画の鑑賞会である。其処には極めて美麗な画像で映された、見慣れぬヒロインの姿が在った。オレと同じくアイドルを蹴って正義の味方の道を歩んだ、尊敬すべき先達である。

 背景は何処か見知らぬ学校の校庭で、遠巻きに眺めているのであろう生徒と思しき姿がチラホラと映っていた。その画面の中央でヒロインは大仰に見栄を切ったポーズで仁王立ちとなり、その相手と思しき黒い人影に人差し指を突き付けて決め台詞を放っていた。

「此の世に巣食う悪鬼羅刹ども。このステキ・レディが来たからにはもうあなた方の好きにはさせません。わたしの愛と正義をもって、あなた達に天誅を下します!」

 力強い台詞であった。

 魂が籠もっている感じがした。

 だけどそのネーミングは無いだろうと思った。

 そしてアイドルなんかよりは遙かにマシだけれど相応に、否、どうしようもなくこっぱずかしい台詞を連呼し続けていた。

 世界平和だの人類の希望だのに始まって様々な美辞麗句、己を鼓舞発憤させる台詞が次から次へと湧き出してきて、聞いているコッチが恥ずかしくなってくる。よくもまぁこんなに思いつくモノだ。そう感心する反面、コレをホントに公の場公衆の面前でやってのけているのかと戦慄した。

 身体のラインモロ見えの、ギンギラでド派手なボディスーツで身を包み、やはりこれでもかとド派手なポーズで見栄を切る。

 見事なアクションに軽快な身のこなし。見る者の手に汗握らせる素晴らしい動きだ。そして見事なカメラワークと小気味よい場面カット。その都度に胸だの腰だの太股だのがアップになって、その魅惑のボディラインを存分にアピールする。

 この際どいカメラアングルもやはり、彼女も承知の上でのことなのだろうか。ホントに大丈夫なのかと他人事ながら心配になった。

 そしてトドメを刺した後にカメラ目線でウインクし、再び大仰なポーズを付けて見栄を切ってみせるのだ。外連味たっぷり一二〇パーセントのてんこ盛り。なるほど、ステキの名に恥じぬ素敵っぷりである。堂々の勝利宣言とも相まって感嘆の声を禁じ得ない。思わず拍手までしてしまった。

 そしてオレには絶対にムリだと思った。鋼鉄はがねの心臓を持った人間でなければ為し得ない偉業だとも思った

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