第二幕 女子高校生(その三)

「コレは一種の羞恥プレイなのかな」

「それは物の見方一つなのではありませんか?営業パフォーマンスはいくら目立っても構いません。いえ、目立たなければならないのです。勿論、規則と公序良俗の許す範疇はんちゅうでという大前提がありますが」

「正直なところオレには務まりそうにも無い」

「大丈夫です、最初は誰しも素人なのです。私も全力でサポート致しますし、たとい失敗したとしても、それは次の成功の為の礎であって失点などではありません。失う物など何も無いのですよ」

 うん、それはとても良さげな台詞に聞こえるけれど、その実当たって砕けろ骨はちゃんと拾ってやるからな的なニュアンスにも聞こえるよ。

 オレの被害妄想でなければ良いのだけれど。

「馴れれば気持ち良くなってきます。この動画の彼女のように」

 だからそう為っちゃうかも知れないのがイヤなんだよ。決してこのパフォーマンスを忌避している訳じゃないのだけれども。

 動画の中の彼女は実に堂々としていて、照れや物怖じしている素振りなど一切見受けられなかった。むしろ嬉々として振る舞って、世間周囲の目に晒されることに躊躇など微塵も無く、自分の世界に浸りきっているという感じがした。相手を蹴り倒し勝ち鬨を上げる姿には爽快感すら伝わってくる。

 吹っ切れているのかヤケになっているのか、それとも仕事だと割り切っているのか。何れにしても今のオレには尊敬の念しか湧いてこなかった。

「こうして見ると、テレビでやっている子供向け特撮番組そのものといった感じだ」

「基本その方向性を維持しております。その方がより、エンターテインメントの色合いを前面に押し出すことが出来ますから」

「どーしてもやんなきゃイケナイのかな、これ」

 気が進まないなんてもんじゃなかった。二十年を経た我が人生において、ぶっちぎり筆頭の罰ゲームである。むしろニヒルを気取る闇のヒーロー的なものならまだ納得出来そうだ。或いは悪役だとか。

「そちらのニーズは確かに在りますが既に枠は一杯で。カチカチ社としてはこちらの方面を推しています。確かに悪の女幹部役も悪くはありません。ですが業務に馴れてからの方がやり易かろうと考えます。憎まれ役は難しいですよ」

 そうか、そういう理由なら仕方が無い。彼女が控えろと言うのなら従うのが賢明だろう。つまりどう足掻こうとこの動画の人物と同じく羞恥心をかなぐり捨てた、見るも無惨なこの役割を演じるしか道はない。そういう事のようだった。

 せめて男の姿か、ホンモノの女性ならばまだ吹っ切れようもあったろうに。

 平凡至極な一介の男子大学生には荷が重すぎる。俳優や役者というのは大変なお仕事なのだなとしみじみ思った。

「その為にも些か練習が必要かと存じます。トレーニングルームは既に御用意致しておりますので本日より早速始めましょう」

「は、早いね」

「善は急げです」

「この動画の人はまだコレで頑張っているのかな」

 見る限り随分と手慣れている感じだ。既に規定のポイントを所得して契約満了になっていると言われても不思議じゃない。

「こちらの方は今年契約継続されてカチカチ社の専属となりました。このお仕事がお気に召したようですよ」

「え、継続?」

「ご本人曰く『夢の職業』なのだとか。最近はそういったユーザーの方も増えていらっしゃいます。踏み込むには勇気と決断が必要ですが、一度良さを知ってしまうと二度と忘れられなくなってしまうのだそうです」

「それはまんま、習慣性のあるヤバイ何かなのでわ」

「仕事が肌に合った、只それだけの話ではないのですか?お客様が、私どものご用意した商品にご満足していただけて、大変喜ばしい限りでございます」

 そう言われてニッコリと微笑まれるとオレはもう何も言うことが出来なかった。

 そして促されるがままに赴いたトレーニングルーム(一室を借り切ったアスレチックジム)では、ニュートさん指導の習熟練習なるものが熾烈を極めたのであった。


 鳴り喚く目覚ましに叩き起こされて、目が覚めた時にはもう朝だった。起きようとすると身体のあちこちが痛かった。ぐう、と牛が不満を漏らしたような声が聞こえたがオレの呻き声だったのは間違いない。

 昨日のアレで普段使わぬ筋肉を酷使しまくって、布団から抜け出し首を動かすのも辛かった。ちょっと動くだけでも骨が軋んだ音を立てている。一年の浪人生活とだらけた学生生活の挙げ句、運動不足なのは明らかだった。

 ものの見事になまりきっとるな。

 これでも中学生の頃は体操部でそれなりに鳴らしていたというのに、何という体たらく。妹がいま此処に居なくて良かった。鼻先で笑われ、「堕落」の一言で切って落とされていたに違いない。いやいやそれ以前に女になった自分を曝け出そうとは思わないけれど。

 こんなコトならせめて早朝のジョギング、せめて散歩くらいはやっておくべきだったか。

 後悔と共にオレらしくもない思いつきが浮かんだが、どうせ三日坊主で終わるのは目に見えている。無駄な考え休むに似たり、とっとと忘れるコトにした。

 それにウダウダと愚痴を連ねる暇は無くて、痛む身体に鞭打ってでも学校には赴かねばならない。自主休講などもっての外、今のオレは校則と高校生生活に縛られる幼気いたいけなJKなのである。

 そして今日は一人の女生徒と会う予定があるのだ。

 研修中は熟練の者に着いて指導を受けるという手筈であった。その筈なのだが、相手方のスケジュールに都合が付かず、本日になってようやく合流することが出来たという次第。顔を合わせるのも今日が初めてだった。

 紹介されたのは背の高い美女であった。

「初めまして、芳田芳子です。あなたが桜ヶ丘桜子さんね」

 目の前でニッコリと微笑んで会釈をする彼女は、昨日部屋で見たビデオの「スーパーヒロイン」その人だった。

「本当は初日から合流する予定だったのだけれども、ごめんなさいね、わたしの現場が長引いてしまって。指導先輩失格だわ」

「い、いえ、お気になさらず。こちらこそよろしくお願いします」

 物腰柔らかく、目下であるはずの自分にも丁寧な口調を崩さない。落ち着いていて大人の女性といった雰囲気が在った。役割はオレと同じく女子高校生なのだけれども。

 とてもではないが、あのビデオの中の彼女と同一人物とは思えなかった。

「あの、不躾ですいません。素朴な疑問なのですけれど、素顔を晒して活動しても平気なものなのでしょうか」

「あら、どういう意味でしょう」

「え、だってバレたら色々と困るでしょう。日常生活とかに差し障り在りませんか」

「何も困りませんよ。普通に生活をして悪を懲らす、只それだけでしょう」

「それだけって・・・・」

「まぁ確かにあなたが云いたいことは判ります。正義の味方が正体を隠して闘うというのは、古から連綿と繋がる伝統ですものね。その美学を否定するつもりは毛頭ありませんよ」

「いや美学とかじゃなくてですね、実務的に問題がありませんかと言いたくてですね」

「問題?例えば」

「え、ええと、普段の友好関係がギクシャクしたりとか、悪いヤツラに普段の生活の隙を突かれたりとか、悪用されたりとか興味本位の連中にパパラッチされたりとか、色々です」

「そういう意味なの?でもそれならば、アイドル活動している方々などもまた同じようなリスクを背負っているのではなくて。

 それにあの方々が堂々と素顔で活動していらっしゃるというのに、正義の味方だけが正体を隠すというのもフェアではない、わたしはそう考えています。そもそも正しいことをしているのに、何故こそこそと隠れなくてはいけないのでしょうか」

「あ、いや、まぁその。ソコは確かにそうかも知れませんけれど」

「それに皆様思いの他に見て見ぬ振りをして下さるものよ。日常的に応援して下さる方々を身近に感じられるというのは、とても素晴らしいことではなくて?」

「その辺りは分らなくもないですが、オレはちょっと」

「戸惑う気持ちは分かります、見知らぬ世界に飛び込むのはとても勇気の要ること。しかし直にあなたも判るでしょう、正義を行なう歓喜とその結果に湧き起こる人々の祝福、悦び。そして何者にも替えがたい愛と平和。それを為すために我々はこの地に生み出されたのです」

 そういってニッコリと微笑む彼女を目の当たりにし、ああそうなのかと理解した。

 この人はオレには到達し得ない高みにいらっしゃる方なのだ。

「さあ、あなたもご一緒に」

 柔らかな言葉と共に手を差し伸べられた。すらりと細く滑らかな指先だった。しかしオレにはこの場で、その掌を取る勇気はなかったのである。

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