第二幕 女子高校生
2-1 何処かオカシイ女子高校生生活
次の日の朝。
先ずは身代わりクンを学校に行かせ、学生が出払った頃を見計らって食堂での朝食を済ませた。
そして彼女と今後について色々と話し合うことにした。
モチロン、ドアにはしっかりと鍵を掛けてだ。
「あの、ニュートラルグレーさん」
「はい、何でしょうご主人様。それから私は、今やご主人様の忠実な下僕ですので敬称は不要です。呼び捨てで結構ですよ」
「いや下僕とか言われてもね」
至極当然という表情でそんなコトを宣うものだから、オレは戸惑って言い
ま、まぁ確かに小人は居ないだろうなと今でも思っているし、そんな訳ないと自分に言い聞かせては居る。
ウルトラリアルに作動する精巧緻密な小型のロボットかなんかだろうな、と。
身代わりのオレがその良い例だし、彼女もまた同じような何かに違いない。
でも万が一、もしかしてひょっとして、あるいはまかり間違って、という気持ちも捨て切れないでいた。
そもそも自分を手助けしてくれる相手なのだし、相応の敬意を払うのは当然ではないのか。
ヒトであろうと無かろうと関係はあるまい。
「呼びにくいですか。ではニュートとお呼び下さい」
「あ、了解です。で、ちょっと相談があるんですけどね、ニュートさん」
「ですから敬称は要りませんよ。それで何でしょうか」
訊ねたい事は山盛りあれど、どれから訊いたら良いのか悩んだ。
昨日もあれから下宿の連中が用も無くひっきりなしに訊ねて来るし、落ち着く暇がまるで無かったのだ。
「今後の予定というヤツを昨日ちらりと聞かせてもらったけれど、まず手始めに、高校に潜入してそこに巣くう悪の親玉を手下共々
「ですからその言葉の通りです。
準備が整い次第、ご主人様は指定の高校に女学生として潜入し、その学内に潜む悪者を見つけ出した後にコレを誅滅していただくという業務です。
もちろん、この私も全ての面においてご主人様をサポートいたしますのでご安心下さい」
「何故高校に?このオレに女子高生をやれと」
「そういう指示ですので。ご主人様はお若いですしお綺麗ですからご心配には及びません。ごく自然に馴染むことが出来ますよ」
馴染んだらソレはソレでどうかと思うぞ。
「あのね、そういう問題じゃなくてだね」
他の選択は無いのか、と聞いたら無いと言われた。
「どうしても?」
「どうしてもです」
オレは溜息をついた。
何が悲しくてまた再び高校生何ぞを演じなければならないのか。
しかも
指定された学校は下宿から電車で半時間ほど、隣の市にある公立の普通校だった。
「良くお似合いです、ご主人様」
学校はブレザーの制服だった。
スカートはチェックなんて入っているし、ジャケットの胸には図案化された校章が大きなワッペンとなって貼り付いている。
公立のクセに小洒落たデザインである。
鏡の中には不安そうな顔をした、髪の長い大人びた顔立ちの少女がコチラを見返していた。
何処をどう見ても正真正銘の女子高校生にしか見えなかった。
お似合いとか可愛いとか褒められてもあんまり嬉しくない。
おい、鏡の中のオレ。
この顔には未だ慣れないが、そんな此の世の不幸を一身に背負ったような眼差しで見ないでくれ。
こっちまで哀しくなってくる。
まだセーラー服じゃないだけマシだと思うことにした。
一年C組に転入とかいう話になって担任教師に挨拶をした。
清水とかいう名前のまだ若い教師だった。
彼に連れられて受け持ちのクラスに入り皆の前で紹介されてぺこりと頭を下げた。
顔を上げると何故かクラス全員が硬直して固まっている。
男女問わず瞬きをしていない者も多かった。
男子などほぼ全員がぽかんと口を空けていた。
オレの格好が何処かおかしかったか?
不安に駆られて清水教諭に目で助けを求めたら、「自己紹介を」と言われた。
そして「桜ヶ丘桜子です」と挨拶をした。
声にならない、静かなどよめきが聞こえたような気がした。
「何なんですかこの名前」
指定された席に座ると、ホームルームを聞き流しながら口元を隠してひそひそ声で話し掛けてみる。
するとオレのひそひそと負けず劣らずの小さな声で、耳元に返答が返って来た。
「四月の転入ですから季節にちなんだネーミングにしてみました」
まぁ確かに本名を名乗る訳にはいかないけれど。
今、ニュートさんはオレの肩の上に居る。
もっと正確に言うのなら学校に来てからずっと側に居た。
だが目で見えるわけじゃない、声はすれども姿は、ってヤツだ。
彼女が言うには光学迷彩とかいうモノらしくて、上下左右三六〇度どの方角から見ても自分の背後の風景を相手に投影する技術らしい。
詳しく色々と説明してくれたがオレには半分も理解出来なかった。
「立体映像を使った保護色とお考え下さい」
取り敢えず彼女は透明になれると理解することにした。
しかし潜入して調べると言われても、何をどうすれば良いのかサッパリ分からない。
そもそもコレが勧善懲悪のイベントならば、互いに姿を隠す必要なんて在るのかな。
そんな根本的な疑問に突き当たる。
わざわざ高校生に化けて潜入するっていうその意味もよく分からなかった。
「相手も高校に潜んでいるという情報が入っているのです。でしたらコチラも潜入するというのが筋でしょう」
そうかなぁ?
オレは内心首を傾げた。潜入なんぞしなくても別の手が有りそうな気がしてならない。
例えば、それ専門の人が調査して相手を特定してから駆けつけるとか、そういうんじゃダメなんだろうか。
「テレビのヒーロー物でもスポーツのようにスタートラインに並んでヨーイドン、という訳では無いでしょう?
ヒーローやヒロインは地道な活動から始まって、相手の悪事を暴き、不利な状況であろうと果敢に立ち向かって逆転勝利する、これが王道というものです。
一種の様式美とお考え下さい」
何だか納得出来るような出来ないような説明だ。
「手の込んだイベントだね」
「手に汗握る展開は何時の時代でも人を惹きつけて止みません」
まぁ確かにそれは判らなくもない。
でも、一瞬で片を付けて終わる爽快感も悪くは無いのでは、と言ったら「それは飽きられるのも早い」と切って落とされてしまった。
「アピールは繰り返されてこそ効果があります。ですがやはりドラマは必要なのですよ」
まぁワンパターンなテレビ番組でも、人気の出るモノってのは相応のストーリーがあるものだしなぁ。
「あれ、でもそれならこの瞬間も動画に撮られているってコト?」
慌てて周囲を見回したがそれらしいカメラとかは見当たらない。
件の「凄い技術」で隠し撮りでもしてるんだろうか。
「左様にございます。後々編集した後に公開致しますので」
うわ、何気に緊張する。っていうか落ち着かないな。
しかし随分と大がかりだ。
学校の関係者とかはコレを知っているんだろうかとか、生徒たちも了解しているのかなとか無断で撮るのは不味くないのかなど色々聞いてみたのだが、「ご心配なく」の一言で終わってしまった。
「その辺りの些末な出来事は全てカチカチ社が責任をもって対処致します。ご主人様はお気兼ねなくヒロインを務めることに御注力下さい」
彼女の説明が終わる頃合いにホームルームも終了し、程なくして一時限目の担当教師が教室に入ってきた。
「起立」の声が響く。
この感じ、懐かしいと言えば良いのか、またしてもと言えば良いのか。
そんな感じでオレのかなり不本意且つ、何処かオカシイ女子高校生生活は始まったのである。
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