1-8 頭から毛布を被って寝た
「ナリ替わりシステムは、完全に付帯サービスの一環となります」
彼女の声で現実に引き戻され、オレは慌てて頷いて見せた。
「故に追加の指定業務は発生いたしません。
契約履行中は何時でも何処でも好きなだけ活用することが可能です。
ご希望でしたら今すぐにでも起動させることが出来ます。
実行なさいますか?」
「今此処で出来るの?」
「はい。ご主人様の身体データ行動様式は共にサンプリング済みです」
いったいいつの間に?そんなモノを取らせた憶えは全く無いんだが。
小さからぬ疑問が湧くが、身代わりとやらを見てみたくて彼女には「頼む」と言った。
「モデリングは既に完了しております。しばしお待ち下さい」
彼女たちのしばしは本当にしばしだ。
一、二分ほど待ったらドアをノックする音がして開けてみたらオレが立っていた。
「やあ、やっぱり美人が出迎えてくれると嬉しいなぁ」
そんな事を言って苦笑いまでする。
「口を利いた。コレが本当にギジセイメイタイとかいう身代わりなの?誰かものまねの人が演じているとかじゃなくて?」
「正確に言えばプログラムによって稼働する実体ホログラフです。
疑似とはいえ高度なAIによって情緒反応も備えていますから、日常生活を送る分には何ら支障は無いでしょう。
グレード1仕様ですので一般家庭での使用に限定されますが、健康診断などされない限りまずソレと知られることはありません」
部屋の中に招き入れて、身代わりの身体をあちこち触ってみたり質問をしてみたりした。
試しに腕をつねったら痛えと言って「非道いヤツだな」とむくれていた。
握る手は温かかったし受け答えはとても自然だし、如何にもオレが言いそうな頓珍漢な返答までそっくりだった。
「人間にしか見えない」
「それでは試しにテクスチャを解除してみましょうか」
そう言って彼女が何か手元で操作すると、目の前のオレが突然のっぺらぼうの木偶人形に化けた。
余りにも唐突だったので腰を抜かしそうになった。
「目鼻は何処行った?服も消えたし」
「全て映像です。今見えて居るコレが本来の実質体、後は全て映像によって付加した飾りとお考え下さい」
あの自然な肌つや顔の表情かきむしる髪の一本一本、爪先の質感から瞳の虹彩まで。
指先には指紋すらあった。
その全てが映像だと。
しかしそう言われても「はいそうですか」などと直ぐに納得出来る筈もない。
「まぁそんなに驚かないでくれよ。同じオレじゃないか傷ついちゃうぜ」
美術で使うデッサン用等身大人形みたいなヤツにそんなことを言われて、オレは二の句を告げられなかった。
ただ黙って引きつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。
陽が暮れて地味に立て込んでいた一日が終わり、オレは暗い部屋の中で布団の上に寝転がってじっと暗い天井を見つめていた。
灯りの失せた部屋の中では身代わりのオレが体育座りでじっとうずくまっている。
充電中なのだそうだ。
もう一人のオレが、そんな格好で部屋の中に居るというのは正直落ち着かないが仕方あるまい。
あの、ニュートラルグレーとかいうカラーチャートみたいな名前の彼女もいまは本棚の上で横になっていて、今日一日でオレの部屋は二人も同居人が増えてしまっていた。
一言断っておいた方がイイかなと思って、大家さんには同居人が増えましたと一応報告してある。
二つ返事で快諾してくれたのは嬉しかった。
事情を理解していて
機嫌を損ねるようなことはしたくはない。
そもそも部屋を借りているという立場を差し引いても、女手一つで下宿屋を切り盛りしているような女性に不義を働くなど、人としてどうかなと思うし。
物は試しと昼過ぎに身代わりを学校に行かせた。
どうなることか、バレはしないかとハラハラして部屋で待っていたが何事も無く帰って来た。
しかも塚原まで部屋に連れて来て「大家さんの公認付ですか、良かったですね」などとほざいていた。
前もって含みを持たせた訳でも無いのに、即興で色々と辻褄を合わせてくれたらしい。
思っていた以上に優秀だ。
身代わりを完全にオレだと思い込んでいるようで、「羨ましいヤツめ」などと言いオレじゃ無いオレの肩をバシバシと叩いていた。
「痛えよ」と顔をしかめる様など正にそのものである。
不自然違和感など微塵も感じなかった。
怖いくらいだ。
でもこんな調子で良いのかな。
自分の失態が事の始まりとはいえ、言われるがままずるずると状況に流されているだけ。
そしてこんなよく分からない状況になっている。
「これからどうしたもんだろう」
ぽつりと天井に呟いて見ても答えが返ってくる筈もない。
だが今はどうしようもなかった。
暗い部屋の中で耳を澄ませても、リサイクルショップで買った冷蔵庫の割と大きめなモーター音しか聞こえてこなかった。
寝付きの良いはずのオレが眠れなかった。
ここんところ満足に眠れていないから寝不足なのは間違いない。
だのに目が冴えて落ち着かなかった。
ふと身体を起こして暗がりの中で立ち上がり、そっと本棚の上で寝ている彼女の顔を覗き込んだ。
窓から見える路地の街灯が部屋の中まで差し込んできて、彼女の寝顔を照らしていた。
自動で動く人形、ロボットなんだよな?
初めて会ったときに彼女は自分からそうだと明言した。
オレをこんな具合に変身させて、あんな精巧な身代わりをホイホイ寄越してくる。
それだけ高度な技術を持っているのだから、営業の端末を人形仕立ての人間そっくりな機械で務めさせても確かにおかしくは無い。
寝ているように見えるけれど、これもきっとスマホのスリープモードみたいなものなんだろう。
でもこうして見ていると生きているようにしか見えなかった。
胸の辺りも規則正しく上下しているし寝息まで聞こえてきそうな程だ。
キッチリ毛布や枕まで用意しているし、安らかな夢見心地の顔をしているようにすら見える。
ホンモノの小人?
いやいやまさかそんなハズはないよ。
此処は現代の日本なんだ、そんなモノ居るはず無い。
魔法だの魔術だのってのも論外だ。
お伽話を鵜呑みになんてしたら鼻で笑われる。
オレがオンナになっちゃったのだって、きっと何処かで誰かが造り上げた何だかよく分からないスゴイ技術のとんでもない何かなんだ、そうに決まっている。
オレは幾度も自分自身に言い聞かせ少し強めに頭を振った。
そして再び寝床に潜り込み、そのまま頭から毛布を被って寝た。
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