第一幕 契約(その三)

「お客様のニーズに応えるため私どもは日々精進してございます」

 開口一番彼女はそんなことをのたまった。

 彼女は今ちゃぶ台兼机替わりにしているコタツの天板の上に立って契約内容と「追加特例」とかいうモノの説明を行なっている。「君は生きてるの?」というオレの極めて失礼な質問に、彼女は自分を自律性のある移動端末の一種だと説明した。

「確かに生きているというのは些か語弊がありますね。昨今流行はやりのAIアプリケーションを搭載したコミュニケーション・ユニット、もしくはスタンドアローンという表現になります」

 そんなコトを言われても然程かしこくないオレにはさっぱりだ。要は商品解説のため、お客との円滑な相互コミュニケーションを目的として構築された自動人形。要は小型のロボットということらしかった。

 だがそんなコトを言われてもハイそうですかと俄には納得し難い。間近でマジマジと眺めても作り物には見えなかった。肌のきめ細かさ表情の滑らかさ、足運びから小指の動きまでとても自然で人間そっくりだ。ぎこちなさや不自然さなど皆無、微笑む仕草など人間そのもの。瞬きするその目には睫毛まであった。

 むしろ皆が知らない極めつけに小さな人類、伝承などにある小人の一族なのだと言われた方が余程に納得がいく。正直生きているようにしか見えなかった。

「疑似生命体として設計されていますから、機械としての違和感は極力排除されております。私はあくまで道具ですのでどうかお気遣いなく。それにこんな小さな人間など居る訳ないではありませんか」

 オレの感想などアッサリ否定してコロコロと機嫌良く笑った。

 いや、確かにそうかも知れないけれど。

 その表情が思いの他に可愛くて、オレは引きつった苦笑を返すのが精一杯だ。

「我が社は商品に万全の安全性と、確かな品質とを以てお届けしております。しかし今回はお客様のご希望通りではないとのご指摘により、こうして私が参上致しました。なんでも誤って契約を完了させてしまい、解約出来ないかというお話だと伺っております。お間違いないでしょうか」

「お間違いないですその通りです。何とか為りませんか」

「大変申し訳ございません。その点はお客様のご希望に添うことが出来ません。ですが代替案はご用意出来ますので、そのご説明をさせていただきます。宜しいでしょうか」

「ホントに解約は不可?」

「はい、ムリです」

 けんもほろろに、アッサリにっこりと否定されてオレは落ち込んだ。

 先刻のスマホ越しに説明された軽すぎる口調での説明と同じ内容ではあったものの、こうして面と向って言い切られては肩だって落ちる。

 頭を抱え血涙を流し、もんどり打って大地を背負った挙げ句、声を張り上げ渾身の力を込めた四肢で地面を叩きながら、嫌だ嫌だと全身全霊をかけ、世界中の災厄を背負わされた我が身の不幸を魂の赴くがまま嘆きたくもなろう。

 まぁこの歳でそんな駄々っ子みたいなマネはしないけど。

 或いはひょっとして、そんななり振り構わぬ醜態を晒したら些かでも事態は好転するのだろうか?

 彼女の説明によればオレが結んでしまった契約は、特定の期間を過ぎるまで解約を行なわないという前提で締結されるものらしい。そしてこれを覆すことは出来ないが、特例を再契約することによって期間を大幅に短縮させることが出来るのだという。

「特例の内容自体は至って単純です。田口様にスーパーヒロインに成っていただいて此の世に巣くう悪を懲らすというモノです」

「・・・・は?」

 訊き返したのは説明が聞き取れなかったからではない。ただその内容に理解が及ばなかっただけだ。

「衣服装備オプション一式は全て当社が負担いたします。田口様は我が社の要請に従って指定された『悪』と戦い叩きのめせば業務完了、といった流れとなります。後ほど田口様の通信機にも同様の内容をメールさせていただきますが、特例の子細はこの様になっております」

 そう言って彼女が軽く手首を振ると目の前に極薄の白い板が出現して、其処には写真付きの細かい文字がびっしりと浮かび上がっていた。

「あ、凄い。何だコレ」

 指で突こうとしたら向こう側にすっぽ抜けた。

 そうか立体ホログラフか。最近はこんな技術まで一般に普及しているのかと驚いた。こんな人間そっくりな小型ロボット(未だ半信半疑ではあるけれど)を営業端末に使っていたり、素っ頓狂な名前だけれども侮れない企業だなと思った。

 まぁさもありなん、なんせオレを女性に変身させるくらいの技術だしな。

 世の中の最先端技術というヤツは、一般人の常識が及びも付かないところまで進んでいるらしい。少し落ち着いたらその辺りも詳しく聞いてみたかった。

 しかしそれは兎も角、その「此の世の悪を懲らす」とかいうモノは何なのよ。

「我が社の業務代行と考えて頂ければご理解し易いかと存じます。平たく言えば同業他社への自社アピールです。他社のエージェントと闘って相手を完膚なきまでに叩きのめせば、その地域の市場を独占できるというシステムになっております」

「え、でも叩きのめすってそれはいいの?イリョクギョウムボウガイとかに為るんじゃ」

 時折、ネットやTVのニュースとかで聞くアレだ。この台詞の後に剣呑な顔のおっさんが、警察官に連れていかれる動画シーンを見た憶えが在る。

「ご心配には及びません。双方互いに合意の上でのことですので」

 彼女によれば一般人に危害が及ぶようなことは無く、ただ単に会社同士でそれぞれの自社製品を使って争い勝利することを目的とし、その様子を映像に収録して配信するサービスなのだという。

 ああ成る程。つまりコレはライバル会社と競り合う営業合戦、宣伝イベントみたいなモノなのかなと訊いたら、彼女はその理解で合っていますと笑っていた。

 特例の内容を粗方説明してもらって書類一式をメールで受け取ると、一晩考えると返事をした。流石に今度は失敗したくはなかった。前回と同じ轍を踏む訳にはいかないし、既に了解してしまった契約内容も、もう一度キチンと熟読しておきたかった。

「かしこまりました。それでしたら私は一旦ここでお暇させていただきます。次回ご用命の場合にはこの番号の所に直接お掛けください。私への直通となりますので本日のお話の続きからご説明することが出来ます」

 そう言われて受け取った別枠のメールには、彼女の名前と電話番号が記されていた。

 

 そんなこんなでその日はそのまま夜を迎えたのだが、オレは日がな一日スマホの画面と向き合って悩んでいた。何の解決策も見いだせないまま時間だけが無情に過ぎ去ってゆく。

 何故か。

 その内容が余りにも頭痛モノだったからだ。

 大元の契約にしろ追加特例にしろ、大筋は変身に伴う対価を労働において支払うというシステムらしい。それはまぁいい、お金の無い人間にとってはむしろ有り難いくらいだ。だがその指定された仕事が、アイドル活動だの正義のヒロインだのとなってくれば話は変わってくる。

 正規の契約によって指定されている対価はアイドル活動で、その期間は三年。対して特例枠はといえば、指定期日は無いが指定された区域での平和維持を実行とのことで、評価はポイント制。

 上手くやれば一回の活動で契約満了と成るが、不足した場合は規定値に達するまで最長五年の活動義務が課せられる。どちらの契約でも、一定期間で規定の義務から開放される内容だから、永遠に縛り付けられるという訳では無さそうだ。

 さて、どうしたもんだろう。

 アイドル活動は端から論外。となれば、やはり正義のヒロインとかいうモノに成らねばならない訳だが、下手を打てば前者以上の拘束期間となる。

 なかなか苦しい条件だ。あの小柄なアドバイザーも前置きで、「余りお薦めは出来ませんが」と言っていたが確かにその通り。これは些か博打に近い。他の方法はないのかと食い下がったが「無い」と言い切られてしまった。だから選択肢はこれきりだった。

「そもそも男が美少女アイドルだのヒロインだのってなんじゃい!」

 世の中にはこんな病んだ願望を持った連中がうじゃうじゃ居るのか、と吠えた。

 吠えてどうなるものでも無かったけれど叫ばずにはいられなかった。彼女の説明や契約書と共に渡されたこのサービスの趣旨とやらに目を通しても、この会社の正気を疑いたくなる。誰が企画立案したかは知らないが、ソレを承認するヤツも相当だ。

 しかもそれが実際商品として流通し、適用されているというこの現実。苦悶しないヤツが居たら教えて欲しかった。しかし悩んだからといって問題は解決しない。選択肢は限られているから後は選んで決断するだけなのである。

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