暴かれた世界の理 2
その日の始まりは、いたって普通だった。いつもと同じ時間に起きて、いつものように姉さんや少女とご飯を食べて、そのあとはひたすら研究に没頭する。
私は人造人間をもっと強くするために、少女は悪魔をどうやったら弱体化させられるかを試すために。世界を悪魔という災厄から救うために。
今はもう、この世のすべてがどうでもよかったころとは全然違う。
失ったと思った大切な人が生きていて、私をあの無気力さから救って、生きる意味を与えてくれた人がいる。
姉さんと、私を買った少女が、この世の何より大切な人だった。
たとえ命に代えようと、守り抜いて生かしたい人たち。
だからだろうか、私が造る人造人間はみな、姉さんや少女にそっくりな顔をしていたし、体つきもどこか二人に寄せたようにほっそりとしていた。
私は新しく出来上がったパーツを人造人間の体に組み込み、カプセルの中で既存の部分と結合させる。そして特殊な
知的にキラキラと輝く、少女や姉さんによく似た優しい瞳。色こそ違えど、私はその出来栄えに満足していた。
これからその性能が上がっているかのテストをしよう、いやその前に少し休憩しようかな。姉さんがそろそろ紅茶を入れてくれる頃だろう。
二階に上がろうとしたとき、突然けたたましい警報音が鳴り響いた。
それは少女が研究していた悪魔が、カプセルを壊した音だった。私が少女のもとに駆け付けた時、すでに少女は必死に悪魔と戦っていた。
そして、姉さんは騒音を聞いて、研究室に降りてきた。私はとっさに、姉さんを昇降機に押し込んで、上の階へと追い返した。戦いに巻き込まれてしまえば、姉さんは助からない。そう思ったから。もう二度と、姉さんを失ってたまるか。
悪魔は弱体化しているというのにすさまじく強かった。少女は歯を食いしばり、様々な薬剤を武器に戦っていた。緑、紫、青、透明…様々な液体を悪魔に浴びせかけ、もう一度カプセルに押し込めようとする。
しかし、悪魔はそんな少女を嘲笑った。
「あはははは!そんな液体、効くはずないのに!僕が何年間もの間、どんな思いでここにいたと思ってたんだい?あの忌々しい薬で自由を奪われたあの日から!投与される薬を全部学習して取り込んで!いつの日か僕を捕らえた君を、なぶり殺すためさ!あははははは!いいねいいね、その反抗的な目!血で真っ赤になった肌!いいよ、すごくいい。勢い余って遊ぶ前に壊してしまいそうになる。もっとだ。もっと!ほら、もっと泣きわめけ!」
そのまま少女は組み敷かれ、のどを締め上げられる。腕を振りほどこうともがき、それでも悪魔の異常に細い腕を振りほどくことはできなかった。
そしてそのまま、少女は壊されていった。
言葉で、力で、時には感覚さえも悪魔に支配されながら。
後に残ったのは勝ち誇ったように笑う悪魔と、虫の息となり動くことすらできなくなった少女だけだった。
私は、それをずっと人造人間のカプセルの陰に隠れてみていた。そして、悪魔が油断するスキをうかがっていた。
「
自分でもびっくりするくらい、低い声が出た。大切な人によく似た面立ちの人造人間は、命令通りに悪魔へと向かう。
そして、その強大な力を振りかざした。
悪魔は殺され、私はもう止めようと、機械パネルに指を伸ばした。人造人間の行動プログラムは、全てその機械パネルでやっていたのだ。
システム停止のキーを押そうとしたとき。人造人間が衝撃波を放った。
その攻撃は、研究室のことごとくを破壊した。カプセルも、実験データの書類も、悪魔の死体も、少女も。
私はとっさにがれきに隠れたおかげで助かった。でも、システムキーはもう押せない。完全に、人造人間は止められなくなってしまった。
人造人間は、暴れ始めた。いや、そんな表現は正しくないか。舞っていた、という方がよほどよく似合う。
人外の動きで破壊をまき散らしながら、力の限りすべてを蹂躙しているというのに、その動きはどこまでも美しい。
例え人造人間が、人間をも蹂躙している真っ最中だったとしても。
人が我を忘れて魅入るほど、人造人間は美しかった。
人造人間は周囲など気にも留めない。建物はぎしぎしと軋み、少女はなんとか攻撃から逃れている状態だった。二階から降りてくる昇降機のチェーンの音もする。
私は魅入っていた人造人間から視線を外し、大慌てで少女と姉さんを連れて建物の外に逃げた。一階にたどり着き、玄関のドアを開け、建物から走り去る。
その直後。建物が轟音を立てて崩壊した。爆風があたりを吹き荒れ、がれきが大量に宙を舞う。
がれきの山となった更地の真ん中で、人造人間は跪くような恰好で静止していた。その手には原型すらわからない悪魔の首がある。
そして、信じられないことが起こった。
人間の顔に当たるところの口をパカリと大きく開き、悪魔の首を咀嚼していく。そして、胸元にはめ込んでいた電池が、不気味に発光した。さっきまで清廉な真っ白の光を灯していた電池は、今やどす黒く染まっていた。
そこからは悪夢の光景だった。動けない少女と、腰が抜けてしまった姉さんを抱え、私は必死に
先ほどまで人類の敵を屠っていた人造人間は、今や自我をなくし命令を忘れたかのように暴走し、人間を襲っていた。
町の人々はみな平等に人造人間に殺されていく。そして、さらに恐ろしいことに人造人間はだれかを探しているようだった。
自分で殺した人間を見つめては、ぽいとどこかに放り投げる。まるで、コレジャナイというかのように。お気に入りのおもちゃを探す子供のように、人造人間は誰かを探し求めていた。
ふと、人造人間がこちらを向く。そして、私を見た。その目が、大切な人たちによく似た優しい瞳が、突如悪魔のように醜く三日月に歪む。
人造人間はすさまじい勢いでこちらへと向かってくる。必死に逃げようと、がれきに隠れても、一直線に。
この時私はてっきり、人造人間の狙いは私なのだと思っていた。
だから、姉さんと少女を思い切り突き飛ばして私から遠ざけた。
置き去りにして、私が逃げれば、人造人間は私を追うだろうと思っていたから。
でもそれは間違いだった。
人造人間の狙いは、姉さんと少女だった。
気を引こうと目の前で走り回って見せる私など見えていないかのように、人造人間は二人に近づく。自分の間違いに気づいた時には、人造人間の手が、この世の何より大切な、自分の命より大切な人に伸ばされていた。
そのまま、人造人間は両手で二人をそれぞれ掴んだ。そして、じっくりと眺める。その悪魔のような瞳は、愉し気に歪んでいた。欲しいものを見つけ、歓喜しているようにも見えた。
人造人間は、ゆっくりとその口を開いた。
グシャ、バキ、ゴシャリ、バリバリ、グチュ、グチャ。
だんだんと、咀嚼されていく音があたりに響く。
咀嚼され、飲み込まれ、人造人間の喉がごくりと音を立てた。
人造人間の電池が不意に、真っ白な光を取り戻す。そして、背中から、つけていないはずの純白の翼が生えた。まるで御伽噺やタロットカードに描かれるような、この世の物とは全く違う、天使の翼。
天使のように大空に舞い上がった人造人間は、私を見下ろした。
先ほどまで悪魔のように歪んでいた瞳が、今は優し気に、あの二人が笑った時のように細められている。
私はそれを、どこか呆然としながら見上げていた。
「
機械音のブレンドのような、聞き難い不協和音を響かせ、人造人間は言った。
おかしい、こんな機能、つけてはいない。何故、何故、喋っている?
私は頭の中で自問を繰り返した。
いや、本当はわかる。ただその答えをあまりにも脳が、本能が拒否しているだけ。
人造人間は、まず悪魔を喰らった。その後、あの二人を喰った。悪魔を喰うことでどす黒く染まった電池が、二人を食べたことで正常に戻った。そして、人造人間は天使となり、人格を得た。
ああ、そうか。研究に明け暮れたことで鍛え上げられた脳は、いとも簡単にその結論にたどり着いた。たどり着いてしまった。
要するに、人造人間は人間を食べることで天使になれる。
悪魔を殺し、悪魔を喰らった。そうすると、悪魔のように破壊をばらまき、人を殺した。つまりは悪魔を喰ったから悪魔になった。
なら人間を食べた場合は?人間を喰えば、悪魔から人造人間に戻る。そればかりか、人という存在を超え、天使になる。
そういうことではないのか。
ああ、なんだ。簡単なことじゃないか!課題だった複雑な命令も、徒党を組んで戦線に立つこともこれで可能となる!なにせただ、人間を食わせればいいのだから!
私は唐突に、こらえきれずに笑い始めた。気が狂ったかのように、狂喜して笑った。笑い続けた。そうでもしないと、そうでもしないと。
眼からあふれる雫を、気に留めなければならないから。
大切な人を二度も失う悲しみを、受け止めなければならないから。
私は、狂ったように笑い続けた。
その後私は、国にこのことを伝えた。人造人間に人間を食わせれば、最強の兵器となる、と。そのあとは、拍子抜けするほどトントン拍子に進んだ。
国から莫大な資金と
その結果、仮説は正しいと証明された。
人造人間は人間を喰うことで、みな天使へと変貌した。そしてそれぞれの自我を持ったのだ。これは、人類にとっての希望だった。
さらに、犯罪者だけでなく一般人、子供、赤子、老人。様々な状態の人間を食わせてみた。その結果、新たな事実が二つ判明した。
一つ目は、善良な人間をたくさん喰った人造人間ほど、強い天使になること。特に赤子を何人か食べた人造人間は、強力な兵器として生まれ変わった。
二つ目は、人間の食わせ方だ。何も人造人間に直接取り込ませずとも、電池に人間を食わせたい分だけ突っ込んでおけばいい。そしてその電池をパーツとして組み込めば簡単に破格の強さを持った人造人間を生み出せた。
悪魔に対抗する兵器として、天使を認めるのに、そう時間はかからなかった。
世界中がこのニュースに歓喜し、私は救世主だとあがめられた。
そんなことは、どうでもいい。この世のすべてが、色あせて見える。
私は研究に没頭して気を紛らわせながら、そればかり思っていた。数々のトロフィーに研究者が欲しがる最上級の環境、欲しいものはすべて手に入る財産。そのすべてがたった二人の命で手に入った。そういえば、たいていの人はそれを祝福するだろう。欲しいと願ってやまないすべてが二つの命で叶うなら、誰もが喜んで二つ命をさしだすだろう。
ただ、私にとっては違った。
あの二人の命より大切なものなど、この世にはない。
私の世界を優しさで包み、慈しみ、生きる意味も喜びも与えられた。教えてくれた。
あの二人が生き返ってくれると言うのなら、私はどんな対価だって喜んで支払う。
その対価がたとえ、命だったとしても。
生きていて、今も傍にいてくれたら。そう思わない日はない。
生まれた時から、親がいなかった私にとって、あの二人が全てだった。
あの二人に、惜しむことなく愛を注いでいた。注ぎ続けたかった。
だから私は、己を成功させた人造人間が憎くて憎くてたまらない。あの二人という、最大の欲しいものを犠牲に、全てを叶えた身勝手な神のようだから。
何故、あの時、あの二人を選んだ?どうして、私ではなかった?教えてくれ、もしも神がいるというのなら。
何故あのとき、
そのせいで、今でも私の造る人造人間はみな、あの二人にそっくりで。外見はよく似ているのに中身は空っぽ、まったくの別人で。そのたびにあの二人を思い出して、私を苦しめる。
嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ、大っ嫌いだ!私に忘れるという安寧すらくれず、無意味にあの二人に似せた人形を作らせるこの世界が。
あの二人がいなくなってしまって、再び色あせたこの世界が。
研究者、もしくは救世主と呼ばれる、幼い躰に見合わない艶やかさを纏ったぶかぶかの白衣姿の女性は、苦々しくそう思った。
研究者はめったに見ない、昔の夢を見ていた。
命より大切な二人を失って、引き換えに全てを手に入れたことをまざまざと突き付けてくる夢。それは何より、研究者の心をえぐり続けていた。
躰を実際にえぐり取られるような悲しみに身を埋めて、研究者は今日もゆっくりとカプセルへ向かう。何より愛していた二人、その紛い物を作り続けるために。
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