日記  一日目

今日、私は「希望」という暗号名を頂きました。


いい暗号名です。私は最強の人造人間として作られたと聞きましたので、その期待に応えられるよう、そして人類の「希望」となるように己を高めていきたいと改めて決意いたしました。


今日は初めてお花を見ましたわ。見つけたお花は薔薇でした。深紅の花びらの色が私と同じで、なんだか親近感の沸く気高いお花です。わたしもあんな風に、気品ある天使になれるでしょうか?



そのあとに会ったあの少年、名前は「歌姫」というそうですわ。そこらへんでぷらぷら散歩していた助手さんをとっ捕まえて聞きました。


助手さん曰く、「努力と気骨の塊のような子」だそうです。


歌声による味方の支援という能力をもらった直後は、まるで能力を使いこなせずにあたふたしていたそうですの。それでもあの子はあきらめることなどしませんでした。


歌の得意な別の天使に聞いて、猛特訓。一度は喉を壊すまで歌っていたというのですから、その努力の量は推して知るべしです。そして今では、歌声で戦場を満たし、こちらを有利にする要になるほどの躍進を遂げたと言います。


凄い子です。私ならきっと逃げ出し、投げ出し、とうに役立たずの烙印を押されていたでしょう。本当に、頑張っているのですね、あの子は。


でも、助手さんはこうも言っていました。


「ただなあ、あいつ見た目は可愛いのに躰的には男なんだよな…どれだけ綺麗に上手く歌ったところで、成長してしまえば声変りがいずれ来る。そうしたらあいつは、用済みとばかりに放り出されて人体実験まがいのことでもされるんだろうなあ…いや、作ったのは俺らだし、こういう天使が出ることもわかってはいたさ。ただ、心がついていけるかって言われたら、別でな。…俺はあいつのこと、見捨てたくねえよ。」


私だって同感です。あんなに健気な努力家一人守れないのでは、「希望」の名折れです。でも、いまの私には最強たる力がありません。悔しい、悔しい、悔しい。


私は今日、決めました。一刻も早く最強になって、私が「歌姫」を守ります。


さながらお姫様を守る騎士のように。


私が誰より不安に押しつぶされそうになりながら頑張ったであろう「歌姫」を、守り抜いて見せます。


絶対に、悪魔の餌になんてさせません!


ねえ、ふと思ったんですけど、「歌姫」ってお花に似ていると思いませんか?


期限付きの美しさ、儚さ。そして枯れてしまば捨てられるところも。


私が今日見た薔薇の花だって、いくら気高く咲き誇ってもいつかは枯れてしまいます。そして枯れてしまえば庭師によって刈り取られ、亡き者にされ、いつしか花が咲き誇っていたことを覚えているものはいなくなるでしょう。


他にいくらでも、美しい薔薇が咲くのですから。


「歌姫」もそうといえばそうだと思うのです。支援系統の能力はいくらでもあるし、それこそ歌のように練習なんていらない能力の方が使い勝手だっていいでしょう。音という伝えやすさというメリットがある一方、成長してしまえば出せなくなる声でしか意味をなさない能力。それを必死に磨いても、捨てられる運命は変わりません。捨てられた後は、誰も「歌姫」のことなど思い出さないでしょう。


でも、あの子は、「歌姫」は薔薇の花と決定的に違うところがあります。


「歌姫」には心があるのです。薔薇の花とは違います。だって、あの子は捨てられるのを恐れています。それなのに役に立ちたくて、体を痛めつけるような練習を必死でこなして。その過程では、痛みもあったでしょうに、あんなに必死に。


そんな「歌姫」は、とても美しい声を手に入れました。戦場すらも舞台のように変えてしまえるほどのあの清廉な声を。あんな努力の結晶は、薔薇の花なんかでは手に入りません。


ふう、すこし疲れました。日記って、案外思い出になりますね。こうやってページが埋まるたび、私の記憶も増えていきます。


じゃあもう、明日は早いので。おやすみなさい、今日の私。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る