売れない歌手

田舎町の誰も来ない、通りかかる人さえ居ない寂れた公園で、男が歌っていた。少し古びたギターを弾きながら、観客の居ない妄想の舞台でたった1人。

「〜♪」

男の歌声が公園に響く。

男は売れない歌手だった。ネット上の隅っこでひっそり活動している姿は、「孤独」という文字が良く似合っていた。

自分に才能が無いのは男も分かっていた。世間は自分の歌声を望んではいない。それでも歌うことが好きだったから、歌で誰かを変えたかったから、男は歌手になった。

「__ありがとうございました。」

曲を歌い終わる。見えない観客にそう呟いた後、男はため息をついた。

「…もう止めようかな」

夢を追いかけるのは素敵な事だ。消え入りそうな希望の光を見出しながら、自分のやりたい事を全うする。それは大変で、険しい道で、でも凄く楽しい。自分が生きている実感が持てる。__けれど、こんな・・・・をいつまでも続けていても才能が花開くことは無い。ただただ生活が苦しくなっていくだけだ。両親にも心配をかけてしまっている。

「俺も、そろそろ現実を見ないとなぁ。」

空を仰ぎ見れば、既に日が暮れかけていた。今日も誰も来なかったな、と半ば自嘲気味に笑いながら、彼は携帯を見やる。自分のアカウントに投稿している歌は、全くと言っていいほどに再生されていなかった。

ずっと、夢を見てきた。自分の歌で人を救いたいなんて、生ぬるい希望を抱き続けてきた。その為に頑張って貯金を貯めてギターだって買ったし、何度も歌を練習してきた。今だって、売れている歌手の歌声を何度も何度も聴いて勉強しているし、ギターの練習も毎日怠らないようにしている。

「…それももう、今日までだ。」

__明日からは、現実を見て生きよう。まともに働いて、安定した職業に就いて、それから…。考えるだけで息が詰まりそうだったが、生活の為だと我慢した。

ふと足元を見て、男は近くに生えていた雑草の上に1匹のてんとう虫を見つけた。赤色の体を休めるかのように、てんとう虫はその場で動かない。

「…よし、今日の観客はお前だ。__歌手としての俺の最後の歌を聴いてくれ。」

慣れた手つきでギターを奏でる。これは、彼が最初に歌えるようになった歌だった。

「____♪」

男の歌がまっすぐに響き渡る。その歌声を、てんとう虫はじっと聴いていた。涙で揺らいだ男の歌声も、寂しそうなギターの音も、曲が終わって最後の音が消えるまで、ずっと。

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