第3話 彼女の幸せ 2


 私があの人と出会ったのは、友人の紹介だった。由佳は、会社の同僚だと紹介してくれた。由佳の結婚式の時にも参加していたという。由佳の結婚式には、沙也加は出てたけど、私は体調不良で欠席をした。その時の食事会は、由佳夫妻に、あの人とその友人、それから沙也加と私。


私とあの人は、話が合って様々な話をした。あの人は、穏やかで聡明で素敵な人だった。だから、直ぐに恋に落ちた。その後、2回ほど同じようなメンバーで食事にも行った。いつも沙也加や由佳が一緒で、二人っきりにはなれなかった。あの人は、とても恥ずかしがり屋なのだと思ったわ。


 でも、沙也加とあの人が二人だけで会っているのを見てしまった。あの人は、沙也加から私の悪口を沢山聞いたのだ。私のことを誤解して、私を遠ざけるようになってしまった。あの人が私を避けるようになって。

「僕は、沙也加さんが好きなんだ」

ウソ、騙されているのよ、貴方が好きなのは私だわ。


 あの人は、騙されたまま沙也加と結婚する、はずだった。




「貴方が、私を選んでくれて嬉しいわ」

「ずっと、誤解してたんだ。そんな僕を、君は信じて、待っていてくれた。ありがとう」

沙也加の讒言は、もう意味をなさない。あの人は、目を覚ましてくれた。再び、私を見つめてくれた。


あの人がプロポーズをしたのは、沙也加なんかじゃない、私。


 最初に二人で住んだのは、都心のマンションだった。私は、勤めていた会社を辞めて翻訳の仕事をしている。そんなに沢山の仕事があるわけではないけれど、

「君が訳したこの言い回し、主人公に合っているね」

彼に読まれると、少し恥ずかしい。でも、褒められると嬉しくなる。


「あのね、お話があるの」

次に住んだのは、少し郊外になった。都心で戸建ては、私たちにはちょっと無理だと思ったから。それに、生まれてくる子供のことを考えると自然が豊かな方が良いって貴方が言うから。私もそう思っていたの。貴方と私、気が合うって素敵だわ。

最初の子は男の子、貴方に似ているわ。次の子は女の子だった。


「君に似ていて、可愛いね」

貴方はそう言ってくれた。でも、女の子は父親似の方が幸せになるって言うわ。そう私が口にしたら、

「君に似ている子が、悪いことがあるはずがないじゃないか」

なんて言ってくれた。


沙也加は、結局、まだ結婚していない。あんな底意地の悪いことをするような彼女は、付き合ってもすぐ、相手にお里が知られてしまうせいだと思う。

偶に三人で会うことがある。お友達ですもの。でも、この頃はすぐにやっかんでくるから、あまり会わなくなったの。



子供たちが成長し、大学を卒業し、仕事に就き、結婚をして。

夫婦水入らずで、この家に住む。時々、息子夫婦が孫を連れて遊びに来る。娘も、何だかんだ言いながら、よく様子を見に来てくれる。いい子どもたちに育ったわ。私と貴方の子供だものね。


そして、歳月は流れ。


あの人は、

「ああ、僕は君と結婚して良かったよ。あの時、沙也加ではなく、君を選んで、良かった」

そう言って、息を引き取った。穏やかな笑顔だった。


「私も、幸せだったわ」



「いやはや、ようやく満足されましたか。貴方の望み、叶えて差し上げました。如何でしたでしょうか。

あなたの理想的な夫を作り出すのは、なかなかの労力がいりました。なんといっても、残り総ての寿命を掛ける必要がありましたので。


でも、良い夢だったでしょう」


あの男の声がした。



 結婚式が終わっても、一番後ろの席に、一人で座っていた女性は移動しなかった。皆が、披露宴会場へと移動して行ってしまった後、一番後ろの席でうずくまっていた彼女に気がついた会場のスタッフが声を掛けた。


その女性は目覚めず、直ぐに救急車が呼ばれた。


その女性は、心不全で亡くなっていた。問い合わせたが、招待客の中に、欠員はいないと言われた。勝手に入ったのかもしれないが、誰もその老婆に見覚えがないという。

めでたい結婚式だと言うのに、水を差されたようだ。

その女性が、包丁を忍ばせていたのも、不気味だった。


それとは別に、新婦であった沙也加の友人だった棚橋美由紀が行方不明になったという。


美由紀は、沙也加の夫となった一哉にしつこくつきまとっていた。


一哉は、由佳夫妻の結婚式の時に会った沙也加に一目惚れし、由佳を介して紹介してもらったのだ。その時、一緒にいたのが彼女だった。人数が多い方が良いだろうと、その食事会に誘ったのだ。彼女は結婚式に欠席していたため、由佳が夫にも紹介したいと思ったためだった。

由佳は、あの時彼女を誘うべきじゃなかったと、ずっと後悔していた。


沙也加と付き合っていると、一哉自身がきちんと話したのだが、

「貴方は、騙されているの。本当に好きなのは、私でしょう」

と言ってくる始末だった。


それもあって、結婚式には呼んでいなかったのだ。それでも、結婚式を挙げた教会で彼女を見かけたという人もいた。

「確認して、諦めたのじゃないかしら」

誰ともなく、そう話をした。


それでも、心のどこかにずっと引っ掛かっている。






「なかなか、大物の収穫でした。

小さな幸せ、本人はそう仰っしゃいますが。これ程歪んだ現実を成り立たせるのは、相当な幸運がないとありえませんよね。

この方は、他の人間達の心情はどうとらえていらっしゃったのでしょう。自分にだけ都合の良い世界、ですか。

いや、本当に素晴らしい」

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