賢者の声

古城に住む一同が皆集められた。集められた者は皆、固唾を飲んで成り行きを見守っている。皆の目線の先にはカフリークスの姿があった。妻のネートラはカフリークスを熱っぽい視線で見つめ、その時を待ちわびる。対してカフリークスは真っ直ぐ前だけを見つめていた。

遠くから地響きのような音が近付いてくる。それは10tトラックだった。キラキラとパールのような装飾がゴテゴテ付いたデコトラだった。それでいてそのどんな物でも積載出来るよう作られた車体からは包容力と逞しさが感じられた。イリクサが事前にサーチした通り、カフリークスのド好みである。

もちろん、カフリークスはそのを気に入った。一目惚れした。天国の前愛車ニーナに祈りを捧げ、のしのしとそのトラックに近付いた。

「名は」

問われてイリクサは暫し沈黙する。考えていなかった。えっと、27の次だから……ニイハとか?

「ニイハ!良き名だ!!気に入った!」

カフリークスは咆哮する。興奮と悦びが混ざりあった音色が辺り一体に響き渡る。

そして、ニイハのリアドアが開いた。運転していたカミラヒルテがそれを確認して降りてくる。ここに、全ての舞台は整った。

それでは戦車のカフリークス。どうぞ存分に。

「応ッ!」

イリクサの合図でカフリークスがニイハとの燃え上がるように熱い行為を開始した。

ズドン!と一撃で地面が揺れる。ニイハは流石このためだけの特注。ものともしない。

「嗚呼……カフリークス様……嗚呼、ニイハ……!」

焦がすような視線で瞬きもせずに全てを見ていたネートラも恍惚の声を洩らす。彼女もまた、この宴を心の底から愉しんでいた。

微に入り細を穿つようにこの目合いを描写することも出来るが、それはあまりに鮮烈すぎるのでこの一言だけで表現する。

彼らは大いに楽しみ、励んだ。


カフリークスとネートラは自分のせいで一族を絶やすことはしたくないが、彼らのさががそれを赦さなかった。

亜竜達はカフリークスとネートラが後悔しないように奔走したが、彼らの嗜好を拒否する気持ちは欠片もなかった。

双方とも、どちらの思いも考えも大切にしていた。

ならばイリクサは手を貸そう。

誰も傷つかず、誰も悲しまない方法で!


長い長い行為が終わった。全霊の力を使い切り、ずるりと倒れ込んだカフリークスにネートラが慌てて近付く。彼らの間にあるのも確かな愛だった。

イリクサはニイハに近付いた。その車体をお疲れ様というように撫で、大切な物を採取する。

「イリクサ様、準備整っております」

カミラヒルテが液体の入った試験管を恭しく差し出した。

よし、とイリクサはその試験管の中身と先程採取した物を体内に取り込んだ。

それはカフリークスの精液とネートラの卵子である。

これはイリクサの中に初めからあった考え。 。血が混ざらないスライムの特性とレベルカンストスライムの丈夫さが合わさって初めて出来る合わせ技。

この世でイリクサしか出来ない、極めて安全で成功率が高く、誰も不幸にならない解決法だった。


初めにカミラヒルテからの話を聞いた時、イリクサは自分が車に変身するよりもこちらの方法の方が良いのでは、と考えていた。その場で言い出さなかったのは竜と亜竜の間には考えの相違があるのではないかと思ったからだ。

例え亜竜がいくら望んだとしても、竜が望まない限りはイリクサは協力出来ないと考えていた。しかし、古城に連れてこられて話を聞いて、それらは杞憂なのだと分かった。

亜竜達ははイリクサが心配しなくてもちゃんと大切なことは分かっていた。

ならば竜の意思はと言われれば彼らも自分達で竜の一族が絶えてもいいと思っていないことが分かった。

だからこそイリクサは皆を集め、二体の竜に非礼を詫び、説明と提案をし、説明と提案は受け入れられ、なんなら盛大にやっちまおうとこの場を開いたわけである。こうして、竜と亜竜の長年の悩みは一気に解消した。


その後、イリクサは暫くの間、古城に滞在した。カミラヒルテがしきりに対価の話をしたが、イリクサはもう貰っているとだけ答え続けた。

そして、生まれ育った竜の子が立派になったのを見届けて帰ろうとして……

「イリクサ様!若様が城の尖塔に発情を!」

年代を得て更に尖った性癖を持った竜の子達の問題を解決するため、滞在期間が延びた。

延びて、延びて、いつしかイリクサは古城で寿命を迎えた。

この城に最初に来た時にいた者たちは皆イリクサより先に死んでしまったが、とうとうイリクサにも終わりがやってきたのだ。たくさんの者達がイリクサの最期に立ち会おうとして部屋はギュウギュウ詰めになった。

「ねえ、イリクサ様」

終わりを見つめるイリクサに吸血竜の少女が声をかけた。

「イリクサ様は本当に願いを叶えた対価はいらなかったの?お祖母様は最後までそれを心配していたわ」

全く、貰ったと言っているのに。あの健気な少女はそれでは納得出来なかったらしい。


いいかい、自分が欲しかったのは孤独ではない自分だよ。そんなのは実は君のお祖母様に出会った時に叶っていたんだ。でも、この城にやって来てより多くの物を貰った。居場所を、思い出を、そして諦めない心を。皆から貰った。

思えば自分のレベルがカンストしたのは……ここで諦めて死んだら後悔すると思って生き続けたからだ。死はスライムにとって身近な安寧で、それに身を任せるのは簡単だったけど、それが嫌だったんだ。そんなことも忘れていた。この城の皆が思い出させてくれたんだ。

皆、抗え。諦めるな。孤独に負けるな。常識に負けるな。抗って抗って抗った先に……自分は今から行ってくるね。

ああ、楽しかったなぁ。


それがイリクサの最後の言葉だった。レベルカンストスライムの死をこんなに大勢の者が看取るのは世界で初めてのことだった。皆が悲しむ中、イリクサの死体は不思議なことに石に変わった。調べるとその石は万能薬になり、願い事をすれば願いを叶えてくれた。竜の一族はその石を賢者の石と名付け、死んだ後も孤独など感じないほどに大切に大切に扱った。

一族は石の力を私利私欲のために決して使わなかったが、たまに深い暗闇の中にいる時、そっと石に耳を当てた。

抗え、負けるな、諦めるな。

石からは絶えず賢者の声がしたと言う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

賢者の声を聞け 292ki @292ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ