戦車と純潔

イリクサは彼らの計画に完全に協力することにした。しかし、それには肝心の二体の竜の心が大切だった。

カミラヒルテに教えてもらった場所にイリクサはやって来た。ここにはカフリークスがかつて戦場から鹵獲してきた戦車が眠る墓がある。流石の戦車も竜相手では磨耗速度が桁違いだったようだ。戦車のカフリークスは大抵ここにいるとのことだった。

D27、ここに眠ると刻まれた墓の前にその雄竜はいた。

夜の闇を思わせる深い黒色の鱗で覆われた巨体な体躯の竜だった。彼は花畑をそのまま取ってきたのかと思うような量の花を墓に添えると、近くで子供のように丸くなった。

「ニーナ……」

一瞬誰かと思ったが、どうやらそれは件の戦車の名前の様だった。カフリークスはその戦車を愛していたが、戦車側からの合意が得れなかったので番にはならなかったと言う。その代わりのように、カフリークスはこの墓に毎日花を捧げにくるそうだ。

われはどうしたら良いのだろう……ん?」

イリクサは当然のようにのそのそとカフリークスの前に出て行った。盗み聞きなど竜の前では出来るわけもない。すぐに気付かれる。ならば、警戒される前にこちらから姿を現した方がよい。なんてったってイリクサはスライムなのだ。

「……なんだ、スライムか」

スライムに対する反応などこんなもんである。カミラヒルテやスパイルズが特殊なのだ。

「ちょうど良い。スライムよ。聞いてくれ。我はカフリークス。この城の主にして最後の竜の一体である。そして、車をこよなく愛する竜でもある」

知っている情報をスラスラと話し出したカフリークスに無知なスライムを装いながら、イリクサはその言葉の一言も聞き漏らさないように話を聞いた。

「我は最後の竜。血を分けた皆が我と我が妻ネートラに子を成してほしいのは分かっている。しかし……ネートラは車ではないのだ!」

当たり前のことに嘆くカフリークスはわっとその場に泣き伏せた。

「車ならなんでもいいわけではない……出来る限り大きな、包容力ある逞しいが我が好みである。ネートラは美しき竜とは思えど、我の好みではないのだ……」

包容力ある逞しい子が好みとイリクサは心の中のメモに書いた。

「我とて我の嗜好で一族を絶やしたくないと思っておる。ふがいない我の代わりに皆が頭を悩ませてくれるのはとても有難い。しかし、我はそれに応えられぬのだ……情けない話だ」

カフリークスは寂しげな遠い目でD27の墓を見つめた。

「我がまともであればなぁ。我が普通でありさえすれば、皆をこんなに困らせないで済んだのだ」


イリクサは次にネートラの住まう尖塔の頂上にやって来た。カフリークスは血を残すことに意欲的だ。それが出来ぬことを困っているだけ。では彼のつがいではなく、妻ではある最後の雌竜、純潔のネートラは何を思うのか。

「嗚呼……わたくしがまともであればよかったのです」

神々しい程白き鱗を持った竜はその目に悲しみを宿しながら懺悔していた。

「天よ……私は夫を愛しています……それと同時に私は……誰かに夫を寝盗られるのに興奮するのです!」

イリクサは即座に身を引き返した。なんとか踏みとどまった。レベルがカンストしていなければ危なかった。

「車……!車ッ……!最高……!最高ですわ……!!」

もう純潔の竜はそこには居らず。そこにいるのは夫を車に寝盗られることに悦びを感じる背徳の竜だ。

「でも、私のせいで……一族が滅びるのは赦せません。嗚呼、都合のいいこととは思っております。私が天井のシミに徹しながら、夫が好きな相手に懸想しながら、それでいて子孫を残す方法、何かありませんこと〜!?」

ありませんと誰もが匙を投げる願いだが、ここにいるスライムだけ違った。

あるよ、やってやるよ。

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