繁栄は犠牲の元に

竜という種族は当初同族とだけ番っていた。しかし、ある一体の竜が人間の少女と結ばれた。その竜と人間に生まれた種族が竜人種。この世界初の亜竜である。

この一件で竜の価値観は大きく変わった。

他種族との婚姻。そして産まれる亜竜。それが選択肢のうちの一つとなったのだ。

竜が他種族に興味を持つのと同時に他種族も竜に興味を持った。強大な力が宿る血を一族に迎えさせてもらう代わりに良き共存関係を築く。その繰り返しで亜竜は増え、栄えた。

同族同士で番うことがなくなり、純粋な竜が消えていくのと引き換えに。


「元々竜というのは一度気に入った相手を裏切ることはありません。一度番になってしまえば、その相手が死んだとしても新たに番を作ることはないのです」

そのせいで今や純血の竜はこの世に二体しかいなくなってしまったのだとカミラヒルテは嘆く。しかもその最後の二体というのがまた問題で。

「最後の雄は戦車のカフリークス。先程申し上げました通り、車を愛していらっしゃいます。戦車という異名は人間の戦場から一目惚れした戦車を鹵獲してきて大勢の目の前でその……行為に至ったのでそう呼ばれるようになりました」

戦車のカフリークス。そのカッコイイ名前なのに由来がそこまでぶっ飛んでいるのはどうなのだろう……とイリクサはまたも天を仰いだ。

「最後の雌は純潔のネートラ。この方はそもそも雄とのそういった行為を嫌っている方でして……それ故に純潔と呼ばれています」

強烈な性癖を持つ者と子孫を残す行為自体に積極的では無い者。大変困ったな、それ。

カミラヒルテはしょんぼりと肩を落とした。

「なので我々は何とか活路を見出そうと様々な方法を模索しました。その結果、たどり着いたのがイリクサ様に車に変身してもらって、子を成していただくという方法なのです」

たくさん考えた結果、大切なことが振り落とされている方法だが、必死になった者が極論に辿り着くのはよくあることだ。イリクサ自身は別に竜の子を産むことに抵抗は無い。そも、車で無くてもやることは同じだ。しかし、問題が二つある。

まず、スライムはほとんど遺伝子情報を持たない。なのでスライムと他種族の間に子が出来たのなら、それは親となった他種族のクローンと言って過言ではない。カミラヒルテ達亜竜がその性質を頼ってイリクサに話を持ってきたのは理解するが、クローンということはカフリークスの嗜好も継ぐ可能性があるということだ。時が経てば竜の一族はまた同じ問題で悩むことになるだろう。

「なるほど……そこまでは考えが及んでいませんでした。しかし、全く同一に成長することはないと思います。嗜好は……その、また珍しい物になる可能性は高いですが」

カミラヒルテのいうことはもっともだった。例え遺伝子情報が同じでも、成長の過程までは一致させず、育てれば勝手に違う存在に育つだろう。その上、この問題は別にカフリークスの理想の姿が車で無くても発生する。

そのため、本当に深刻な問題はもう一つの方だ。

流石に車とスライムの違いは怒るんじゃない?その一言に尽きた。

「やっぱりそうですかねぇ……そうなりますかね〜?」

まあ、理想の姿がスライムだったら誰でも怒るかもしれないけど、とイリクサは付け加える。だけど車はちょっと未知数なので何処が地雷なのかが検討も付かない。あんまり荒らしたくないところだ。

「それでもイリクサ様は着いてきて下さるのですね……本当にありがとうございます」

ここまで聞いてしまっては、イリクサも流石に嫌です!無理です!じゃあね!とは出来ない。最初にもっと状況をよく把握しておくべきだった。

まあ、違う視点からの意見も大切だと思うし。

「そうですね。あ、ほらイリクサ様見てください。あれが竜の一族の住まうお城ですよ」

カミラヒルテの示した先には立派な古城があった。


「カミラヒルテ、レベルカンストスライム様に来ていただくことが出来たのか!?」

城に入ってすぐ、イリクサは足が八本ある虫のような竜にわさわさと詰め寄られた。蜘蛛竜アラクネドラゴンだ。

「スパイルズお爺様、いきなり詰めてこないで下さい。お爺様の接近はとても驚くのですよ」

「これはすまぬ……しかし、カミラヒルテよ。これは竜の一族に関わる大変な問題だ。儂はもうこのことで頭がいっぱいでいっぱいで……見ろ!足が二本も上手く動かせぬ!」

「その他が動けば充分です」

カミラヒルテとスパイルズのやり取りを横目にイリクサは城の中を見渡す。そこには玉石混交、様々な種族がいた。しかし、皆一様に竜の気配を纏っている。彼らは全て亜竜なのだ。

「はあ、落ち着いてくださいませ、お爺様。まずはご挨拶でしょう。こちらはレベルカンストスライムのイリクサ様です」

「おお、おお……!本当に来ていただけるとは……ありがとう、ありがとうございます!儂はスパイルズと申すしがない蜘蛛竜の老いぼれです。どうとでもお使いください、イリクサ様!」

崇めんばかりの勢いのスパイルズにイリクサはどうも、イリクサです、と返した。そして、しっかりとちょっと車は自信ないです、とも伝えた。最初の情報共有が大切なのは先程痛感したばかりである。

「……やはり厳しいですか」

ううむ、と唸るスパイルズにやってもいいんですが、一生の傷になる可能性が……とイリクサは答える。

「出来ないわけではないですが、失うものかが多そうだ、と。なるほど仰る通りですな。はぁ……我らも別にカフリークス様とネートラ様の嗜好を否定したくはないのです。無理を強いて悲しませたくはありません」

すっかりと消沈してしまった亜竜達を前に、イリクサはずっと疑問に思っていたことを問いかけた。

そもそも、何故竜の一族の滅亡を防ごうと?

亜竜は竜を祖には持つが別種族だ。肝心の竜達が子孫を残すのに積極的ではないのに、こうも外野が騒ぐのはどうなのだろう……とイリクサはずっと考えていたのだ。

「失いたくないからです」

当たり前のようにスパイルズは言った。他の亜竜もそれに同意する。

「確かに、竜の一族を残したいというのは我々の押し付けかもしれません。でも、ここで何もしないのはどうなのかと皆考えたのです。カフリークス様もネートラ様も今は御自身が最後の竜で構わないと思っているかもしれません。でも本当に失った後に……何もしなかったことを悔いてほしくはないのです」


「我々は竜の加護を受けて生まれた種族です。そして……竜を食い潰して繁栄しました。そんな我々に出来ることは祖たる竜の末裔に後悔をさせないこと。もし、失敗したとしても……何もやらないよりは良いと思うのです」

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