竜の混血

「あなた様がレベルがカンストしたこの世界唯一のスライム様ですか?」

同胞に紛れて薬草を食んでいた時、レベルカンストスライムは長い娯楽小説のタイトルの様に話しかけられた。

声の主は竜人の雌だった。美しき女性の姿をした肉体に真っ黒な翼と剣の様に鋭い角を持っている。それでいてその体からは血の香りがした。

吸血竜きゅうけつりゅうか、とレベルカンストスライムは即座に彼女の正体を看破した。

吸血竜。竜が吸血鬼と交わったが末に産まれる竜の亜種だった。

レベルカンストスライムは自身の体の内部に気泡を発生させた。溢れ出る泡は形を変え、文字の形を取った。

なにか御用?

その文字を見て吸血竜の娘は感服した。レベルカンストスライムが作り出した文字は竜の文字と吸血鬼の文法が混ざった吸血竜独自のもの。目の前のスライムは一目見ただけで自分の正体に気付き、言語を相手に合わせることでそれを示してみせたのだ。間違いなく、彼女の前にいるのは世界で唯一のレベルカンストスライムに違いなかった。

「いきなりの御無礼をお許しください、尊き御方。私はあなた様のご慧眼の通り、吸血竜の一族の末、カミラヒルテと申します」

カミラヒルテはそう言うとレベルカンストスライムの前に頭を垂れて跪いた。慌てたのはレベルカンストスライムだった。

いくらレベルがカンストしていようとスライムはスライムなので他種族がレベルカンストスライムを敬うことはない。レベルカンストスライムもそれは当たり前のことだと思っていた。自分はただ長く生きているだけなのだから。先程の吸血竜の文字だって長い時の中で自然に身についただけのものだ。感心されるようなものではない。そもそも尊き御方だなんて!そんな大層なものではないよ、とレベルカンストスライムは慌てて泡文字でカミラヒルテに伝えた。

「では何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

なんとでも、とレベルカンストスライムが答えるとカミラヒルテは驚いた。

「よろしいのですか?そのような名誉を賜って」

レベルカンストスライムはその言い様に疑問を感じたが、うん、と返事をした。

すると、カミラヒルテは真剣に悩み始め、暫く後、このように言った。

「この世にはエリクサーという万能薬があると聞きます。その万能薬の別名からとって……あなた様のお名前はイリクサ様というのはいかがでしょうか」

レベルカンストスライムはぽかんとした。スライムに表情はないがとてもとても驚いていた。レベルカンストスライムはたんにスライムと呼んでもらえればそれでよくて、名前を付けてもらえるなんて思ってもいなかった。

「お気に召しませんでしたか?」

反応が無いのでオロオロと弱り始めたカミラヒルテに気に入った、ありがとうと伝え、レベルカンストスライムはイリクサという名前を受け入れた。これでレベルカンストスライムなんていう目の滑る名称で呼ばれることはない。

「良かったぁ……名前を付けるなんて初めてで緊張しました」

胸を撫で下ろすカミラヒルテを見て、名前をもらって内心大喜びのイリクサは彼女の健気さに感動した。何用で自分に声をかけてきたのかはしらないが、出来る限り力になりたいと思うほどに。

「ああ、そうでした!イリクサ様、大変不躾ではありますが、お願いしたいことがあるのです」

よしきた、とイリクサは傾聴の姿勢に入る。

「我々の祖、竜の一族を救ってください」


カミラヒルテは語る。滅びゆく竜の物語を。

「もうこの世界に純粋な竜は二体しか存在しません。竜の滅亡を防ぐためにも、この二体にはつがいになって血を残して欲しいのですが、問題がありまして」

問題?イリクサは首を傾げた。

「はい。おふたりともその……お相手にご興味がなく……特にその内おひとりは番の理想が高くてですね、お子を望める状態ではありません。なのでイリクサ様、レベルがカンストしたスライムが使えるようになるというスキル「変身」を使って、イリクサ様にはその方の理想の姿となっていただき、子を成してほしいのです。スライムと他種族の子は純粋な他種族になると聞きます。「変身」と混ざらない血……これこそが我々の最後の望みなのです」

なるほどな、とイリクサは納得した。スライムに竜の一族を救う何の手伝いが出来ようかと思ったが、そのような事情ならばイリクサしか適任者はいないだろう。

「無理を言っているのは分かっています。しかし、この願いを聞き届けていただけるのなら、対価として我々はありとあらゆる手段を使ってイリクサ様の望みを必ず叶えてみせます」


イリクサはその条件でカミラヒルテの頼みを受けることにした。もし、イリクサの望みを彼らが叶えられなくても別に良い。名前を貰った時点で報酬と言って良かったからだ。

しかし、イリクサの本当の望みを叶えられる可能性があるのなら。時間は有り余るほどある。乗ってみてもいいとイリクサは考えた。

イリクサの快諾に大喜びではしゃぐカミラヒルテにそう言えば……と大切なことを確認する。

その理想の姿ってどんなの?

イリクサの疑問に一転、カミラヒルテは氷のように固まった。数秒の沈黙の後、カミラヒルテは答えた。

今なんと?聞き間違えも有り得たのでイリクサはもう一度聞いた。

「車、人間が使う移動手段の乗り物……それが最後の雄竜、戦車のカフリークス様が理想とされる番です」

イリクサは流石にひっくり返った。

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