賢者の声を聞け

292ki

孤独なスライム

そのスライムはレベルがカンストしていた。それ故に孤独だった。

レベルカンストスライムのレベルがカンストしたのは、女神様より加護チートを賜ったからでも、異世界の何某かの魂を持っているからでもなかった。レベルカンストスライムはただ当たり前に生きていただけだ。当たり前に毎日を積み重ねていただけだ。しかし、それがスライムという種族にはどうにも難しい。

彼らは運が悪ければ力の強い人間の子供の一殴りで死んでしまうし、そうでなくても逃げ切れずに寄ってたかられては敵わない。駆け出し冒険者の練習台にされて今まで何体の同族がその身を散らしてきたことか。

そのスライムも最初が運が良かっただけだった。運良く生き残り、運良く経験値を積むことが出来た。それを越えると死線を潜り抜けてきた経験とスキルがものを言った。幾度となく戦い、何度となく敗走し、稀に掴む勝利を糧にして生き抜いて生き抜いてスライムのレベルはカンストした。

レベルがカンストしたスライムなんて他に知らないので全部がそうだとは言えないが、レベルカンストスライムはレベルがカンストした時に新たなスキルを手に入れた。それは「変身」のスキル。他者の能力全てそのままに自分とは違う存在に変わることが出来るスキルである。

レベルカンストと変身スキルを手に入れたレベルカンストスライムにとって、もう人間の子供なぞ恐るるに足らず。駆け出し冒険者など簡単に蹴散らすことが出来る。何なら何度かSランク冒険者と牙を交えたこともある。レベルカンストスライムより強いスライムはこの世界にはいなかった。


ある時、レベルカンストスライムはレベルがカンストする前には抱いたことのなかった感情を感じるようになった。

前述の通り、スライムという種族はすぐに死んでしまう。レベルカンストスライムが仲良くなったスライムが次の日には儚くなっていることなんて、もう数えるのも馬鹿らしいくらいよくあることだ。レベルがカンストしたので、レベルカンストスライムが簡単に死ぬことは無い。力さえあればスライムという種族は永い時を生きるのにとても向いていた。食事はほとんどいらないし、過酷な環境にも適応出来る。分裂して繁殖出来るので、あっという間に増える。スライムがすぐに死ぬ種族でなければ、この世界は今頃スライムで覆い尽くされていただろう。スライムがあまりにか弱いのは、それを危惧した創造主が対抗策として力を奪ったのかもしれない。

レベルカンストスライムは随分前に繁殖を止めた。番を探すことも止めた。あっという間に死んでいくからだ。


そのスライムは孤独だった。ただ生き抜き、強くなってしまったそのせいで同胞たちと比べて長い長い時を彼らが死んでいくのを見続けながら生きなくてはいけなくなったからだ。

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