第5話 ゾンビに噛まれた男

 彼らもとりあえず状況は分かっていると思うが、なぜこうなったかの説明をしなければならない。元々味方だった奴がゾンビになって、俺がトドメを刺したのだから報告は礼儀として必要だ。恐らく構成的には冒険者パーティーなのだろうから、説明はいらないだろうが念のためだ。


「あー、なんだ、その、こいつはもうゾンビになっていた。野放しにするとまた仲間を増やす可能性があるからな、仕方なくナイフでとどめを刺したんだ」


「$=%=&’#」

「?”=&$&」


 男二人が顔を見合わせて何かを言っている。すると後ろの女たちも何かを話しはじめた。俺そっちのけで話をしはじめ、そのうち一人の女が前に出て来て俺の正面に立つ。いくら俺が一人だからって無防備過ぎないか? と思いつつ女の顔を見る。年は若く黒髪黒目の少女のようだった。少女は少し緊張した顔つきで俺に語り掛けてきた。


「d$)%j+@)」


 何かやたらと身振り手振りが大きくなり、さっきとは違う言葉を話し始めた。どうやら俺に言葉が通じない事に気が付いて言語を変えたらしい。だがそれでも何を言っているのか分からない。言葉が分からないのだから、身振り手振りで答えるしかない。


 オーバーな身振り手振りで、相手が何を言っているのか理解できていない事を伝えてみる。すると女はまた何かを話し出す。


「U%&=??」


 また違う言語を話した。疑問形なので何かを訊ねているようだ。もしかしたらと思うが、この世界の多国語を話してみて俺が理解できるのかを探っている気がする。そういっても全く分からないので、俺は顔を左右に振って分からないと伝える。すると女は自分の胸に手を当てて、俺の目をじっと見て言った。


「$$%#、ミオ」


 今のはだいたい分かった。自分の名前を言っているようで、どうやらミオという名前らしい。その前に話した言葉も名前なのだろうか? なんだかわからないが、俺の名前も教えておくことにする。


「俺の名は、ケインターク・ルヒカルだ」


「@/#&、ヒカル?」


 うーむ。発音はおおむねあっているが、前に小さいルが入るんだがな。だがおおむね伝わっているのだから、それでいい事にしよう。


 俺は女の前に手を上げてそれでいい事を伝えた。


「ヒカル! $%‘R&$%」


 なんと言っているが分からないが、後ろの奴らに俺の名前を知らせたらしい。後ろの奴らも緊張気味に、ヒカルヒカル言ってるのがわかる。


 そして女は床に倒れているゾンビを指差し、身振り手振りで何かを言いたそうにしている。何となくだが、何故コイツが倒れているのかを聞いているらしい。そこで俺は自分が抱えている鞄の中身を見せた。そこには神の塔と思しき場所で入手した、包丁やナイフやフォークが入っている。


 すると女が何かをまな板で切るような仕草をする。恐らく、これが包丁なのかどうかを聞いているのだろう。たぶん間違いないので俺は頷いた。何かの手がかりになるかと思い、俺は背負子の中身も見せる事にした。彼らは背負子に入ってる胡椒や塩を見て、顔を見合わせて頷きあっている。


 いったい何が分かったというのだ?


 ミオがおいでおいでをして俺を呼ぶので、俺は素直に彼女について行く事にした。ここはまるで書庫のようになっているが、棚に並ぶ物は透明な袋に入っている食品にも見える。ミオはある場所に来て、その棚を指さすとそこには大量の瓶や袋があった。


 なんだ? これが一体なんだというのだ?


 するとミオはそのうちの一つの袋を手に取って、ビリッと破いて俺に渡してきた。それを手に取って袋の中身を出してみると、恐らく香辛料かハーブのような物が出てくる。香辛料については全く詳しくないが、ミオは何故か俺に香辛料を見せるのだった。俺が他の袋も取って破いてみると、次に出てきたのは胡椒だった。なんと金よりも高い胡椒がこんなところに…、と言うよりも物凄く大量にある。


 …なるほど。俺の背負子に胡椒や塩が入っていたからな、俺がそれらを収集していると思ったのか? だけど何故、自分で全て取らずに俺に伝えて来たのか?


 俺は身振り手振りでこれをもらっていいか聞いてみる。するとミオが頷いた。俺は背負子を降ろして遠慮なく、そこにあるだけの胡椒を放り込む。そして俺がミオを見ると彼女はにっこりと微笑んでいた。


 …ミオは幼いが一体何歳くらいなのだろう? おそらくゾンビ化した仲間にトドメを刺したお礼をくれたんだな。ゾンビにとどめを刺したくらいで、こんな貴重な物を俺にくれるとはな。と言うより…雰囲気からは分からなかったが、この場所はどうやら宝物庫のような場所らしい。なぜ自由にこれを俺が回収して良いのだ?


「ありがとう」


 俺が言うと、ミオは頭を下げて言う。


「&$==#*‘@」


 恐らくは気にしないで、とか、どういたしましてと言っている気がする。とりあえず背負子を背負って、俺とミオは仲間達の所に戻った。彼らはその宝物庫の広間のような所に集まっており、各人が持っている籠には大量に物資が入っていた。


「$%=*‘@‘&”」


 男が俺に向かって何かを言っているが、やはり良く分からなかった。とにかくこの世界にも人が居て、パーティーを組んで動く奴らがいるという事は分かった。きっとここは開かずの財宝庫で、あの大型の鉄の馬車で突破して攻略したに違いない。彼らが先に攻略した場所に俺が勝手に入って来たのだ。それを怒りもせずに、ゾンビ化した奴を仕留めただけで分け前をくれるとはとてもいい奴らだ。


 だが、こいつらが先に攻略したのだから、俺は間違いなく邪魔者だ。棚ぼたのように頂く物も頂いたので、俺はここから去る事にする。それを彼らに伝える。


「お前達が攻略した宝物庫に勝手に入って悪かった。俺は立ち去る事にしよう」


 俺が手を差し出すと、一瞬男たちが焦ったように後ろに下がる。この世界にはこういう文化は無いのか…と思った時、ミオが俺の手を握って握手してくれた。


「*+‘@‘$&’%=?」


 まあ、通じないよな。ならば身振り手振りで伝える事にしよう。


 ありがとう、お前達の手柄を横取りして悪かった、俺はこのまま立ち去る事にする。後は自分らで山分けなりなんなりすると良い。


 そして俺が振り向いて入口の方に向かって歩き出す。だが彼らも一緒に、俺の後を歩いて来る気配がした。手に籠をぶら下げて、俺と一緒に外に出るとでもいうのだろうか? まだまだ大量にお宝がありそうだが、もしかしたら手にしている分で十分なのか?


 俺は振り返り、身振り手振りで伝える。


 この宝物庫をこのままにしていくのか? 


 するとミオが身振り手振りで返してくる。


 良く分からないが、きっとここを放棄するはずがない。これから馬車を取りに行って物資を運び出すのだろう。確かに手持ちで持って行くのはこのくらいが限界だしな。


 俺は納得して頷き入り口の隙間から外に出るが、そこから一緒に四人の男女もついて出て来た。まあ入り口はここしかないのだろうから、俺について来ている訳ではないだろう。そして俺がその建物から外に出て、燃える鉄の馬車の側を通り過ぎてどちらに行こうか迷っていた時だった。


「キャー!」


 後ろから叫び声が聞こえた。


 叫び声は国が違えども同じと言う事か…。そして俺がその叫び声がした方に走り寄ると、ミオと一緒に居た若い男がゾンビにつかまれていた。


 まあ冒険者パーティーならこのくらいは大丈夫だろう。と思って見ていた。だが次の瞬間、俺の目の前で信じられない事が起きる。その若い男が抵抗していたのだが、ゾンビごときの力で抑えられてしまったのだ。


「うそだろ!」


 しかも俺が行動に移すより早く、もう数体のゾンビに群がれてしまう。事もあろうにゾンビは男の腕に噛みついていた。


「ぐあああ!」


「馬鹿野郎!」


 俺はすぐさま鞄からナイフとフォークを取り出して、三体のゾンビめがけて投げる。すると三体のゾンビの眉間に寸分の狂いもなく、深々と突き刺さって倒れたのだった。男がやられた事から考えて強い個体が出たのかと思って焦ったが、やはり何の変哲もない普通のゾンビだった。


「ううう、ううううう」


 若い男はうずくまって、自分が噛まれてしまった腕の傷を見ている。


「誰か! 浄化魔法を使えないのか? 噛まれてすぐなら問題ないだろ!」


 俺が残りの三人に叫ぶも、三人は青い顔をして固まっているだけで何も返事をしない。俺は瞬間的に鞄から包丁を取り出して、男の二の腕を狙って斬った。腕は見事に切り取られ噛まれた部分が地面に落ちる。俺が辛うじて使える簡易な治癒魔法で、止血をして傷口を塞いだ。


「えっ?」

「なに?」

「何だ!」


 残りの三人が俺の簡易治癒魔法を見て驚いている。何に驚いているのか知らんが、俺は蘇生魔法を使えないので斬った場所は元に戻らない。恐らく時間的にはゾンビに変わる事は無いだろう。だが斬った腕は戻らず、失った血液も時間をかけて戻すしかない。


「これでゾンビにはならんが、おまえ! 何故抵抗しなかった!?」


 と俺が聞いても、何を言っているのか分からないだろう。若い男はポカンとした顔で、落ちた自分の腕を見つめたまま固まるのだった。

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