第2話 天空の酒場
この世界にはとにかく何処にも人がいない。ただ転がっている人の死体と、先ほど出会ったゾンビしかいないのだ。もしかすると人が住む場所じゃないのだろうか? となれば恐らくあの高い塔は古の遺跡なのかもしれない。高い塔はあちこちにあるようで、俺はその塔を見回る事に決めた。ひとまず一番大きそうな塔を選んで、少し開いたガラスの扉を横に引く。
「ガラスの扉なんてな、よっぽど腕のある職人が作りだしたのだろうな。もしかしたら神が作りたもうた遺跡なのかもしれんし、この上に登れば何かが分かるかもしれない」
ガラスの扉をあけて入ると、その中にもさらにガラスの扉があった。しかしその中の扉は固く閉ざされており、押しても引いても開きそうもない。スキルを発動させて破壊すれば入れるだろうが、人の所有物かもしれないので俺はそこから入るのを断念する。
いったん外に出て、ぐるりと周りを回っていく。そして俺はこの建物の巨大さに改めて気が付くのだった。
「まるで王城だな…」
そんな事を思いながら反対側に周った時だった。あの四つの車輪がついた鉄の箱が、ガラスを突き破って入り込んである場所があった。この鉄の箱はやはり馬車なのだろうが、馬が引いているのならその馬はどこに行ったのか? 俺はその馬車の脇をすり抜けて、塔の中に入り込んだ。そして改めてこの塔の大きさを思い知った。まず天上がかなり高い、しかも天井付近までガラス張りになっている。どんな技術で作り出したのだろうか? こうなってくると本当に神が作りたもうた建造物なのだろう。
「まずは上に繋がる道はあるのか…」
かなり広く、いろいろな所に扉があり開かない場所もあった。あちこち探し回った結果、ようやく上層階に続く階段を見つけたのだった。階段にはガラスがはめ込んであり、どの階層も同じ作りになっている。一体どれだけ登れば最上階にたどり着くのだろうか?
そして俺は細心の注意を払っていた。こういった高い塔には、高位のモンスターが生息している可能性がある。足早に上っているが、探知スキルで周囲にモンスターが居ないかを探っていた。
しかし…、最上階にたどり着くまで一度もモンスターに出会う事は無かったのだ。
「魔獣が居ない? ここは一体なんだ?」
これ以上階段が無いようなので、そのままその階層の部屋へと入り込むことにする。そして俺が部屋に入り込むと、そこはかなり広い空間になっていた。足元には質の良い絨毯が敷かれており、その周りは全て大きなガラスで囲われている。俺はそのままそのガラスに歩み寄り外を見てみる。
「これは…」
なんとガラスの外は見渡す限り地平の果てまで、建造物で埋め尽くされていた。しかもこの塔と同じくらいの高さの塔があちこちに見える。いったいどんな世界なのだろう? これほどの建造物があるにも関わらず、何故に人が一人もいないのだろうか?
しばらく周りを見渡すも、あちこちで煙が上がっている以外は特に気になる物はなかった。一旦俺は塔の内部を見渡す。人は居ないようだが、中央に何か黒いテーブルのようなものが置いてある。
「やはり人が住んでいるのだろうか…」
その黒いテーブルに近づくと、それは何か変な形状をしていた。白と黒のまるで魔獣の歯のように並んだ口をさらけ出している。
「これは…テーブル?」
魔物感知のスキルにも反応しない為、間違いなく只の家具のようだが…
俺はその白と黒の歯に触れてみた。
ポローン!
俺はスッと手を引いた。なんといきなり綺麗な音がしたからだ…
「これは…楽器か」
ポローン!トーン!と美しい音が響く。その音に俺は夢中になっていたが、隣りの部屋の奥に何かを感知した。
「人間?」
ひたすらその楽器を奏でていると、ある部屋の奥の方から何かが出て来た。
「ああ…なるほど」
俺はため息をついた。音につられて出てきたのは、どうやらまたゾンビのようだった。どう言う事だろう? こんな高い塔の上層階だというのにゾンビがいるのか?
するとゾンビは一体ではなく、どうやら三体以上いるようだ。素手で蹴散らしてもいいが、丁度その楽器の前に鉄で出来た棒のような物があった。鉄の棒と鉄の棒の間に布のひもが繋がっており、俺はその一本の棒を拾い上げる。するとその布のひもは簡単に外れた。
「武器…ではないか…」
それを持って無造作にゾンビに近づいて行くと、ゾンビの方からも手を上げてこちらに迫って来た。このあたりは前の世界と全く変わりがないようだ。
ポンッポンッポンッ! と数体のゾンビの頭を鉄の棒で飛ばしていく。そしてゾンビが出て来た扉に歩いて行く。既に気配感知で辺りを探るが、ゾンビの類はもういないようだった。扉を開くと…
「これは…」
その隣の部屋には、ソファがたくさん置かれていた。そのソファに座って見ると、かなりふかふかで座り心地が良い。俺がその周りを見渡すと、ギルドのカウンターのような場所の先に瓶が置いてあるのが見えた。どう見ても酒場のように見えるが…
「あれは何だ…」
そしてそのカウンターを飛び越えて、瓶を手に取ってみると中に液体が入っていた。
「入ってる…」
しかしその瓶の蓋の部分は何かでくるまれていた。俺がそれをひん剥いてみるとコルクの栓がそこに詰まっている。コルクが根元まで入っているので、指が入る隙間は無さそうだ。そのまま人差し指でコルクを中に押し込んでみる。
ポンッ! とコルクが中に入った。俺はその瓶の口に鼻をつけて匂いを嗅いでみた。
「これは…酒か?」
しかし、こんな神の塔の最上階にある酒である。もしかしたら毒が混入されているかもしれないし、寿命を吸い上げる何かがあるかもしれない。すぐさま毒探知や魔法探知で調べてみる。だが…
「…何もない? これは只の酒?」
俺はそれをカウンターに置いてじっと変化を見る。もしかしたら遅効性の何かが仕込まれているかもしれない。しかしそれからしばらく待っても、その瓶が変化する事は無かった。
「嘘だろ…、本当に酒なのか?」
だが周りを見ても同じような瓶が並んでおり、そしてグラスまで置いてある。間違いない…これは恐らく酒場だ。こんなところに酒場があるなんて思いもしなかった。そして俺はグラスにその液体を注ぎ、ちびりと舐めてみることにした。
「これは!」
驚いた事に、間違いなく最上級の酒だった。こんなに上手い酒が置いてあるだと? いったいここはどういう場所なんだ? なんでそんなところにゾンビみたいな下級モンスターがいる?
疑問だらけだが、どうせ一度死んだ身である。毒薬かも知れないが、こんなにうまい酒を前に我慢が出来るわけがない。
俺はその瓶に口をつけて、一気に口に含むのだった。
「美味い!」
王宮で出された酒の何倍も美味い。俺がその瓶をあけるまでほとんど時間はかからなかった。
もしかしたらここは神々の酒場かもしれないな…。ならばここに居ればいずれ神に会えるかもしれない、そんな期待を抱いて俺はそこで待つことにした。俺がこんな世界に来たのには何か理由があるかもしれない。
しかし夜になってもそこに神が降臨する事は無かった。俺は見知らぬ場所ではあるが、そのままここで休むことにした。ここにはおあつらえ向きのソファもあるし、何かいたとしてもゾンビ位しか敵がいなかった。もしかしたら本当に天国に近い場所なのかもしれない。
バックと背負子を放り投げて、一応警戒しながら俺はソファーに寝転がるのだった。
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