第一章 違う世界
第1話 服を拝借したらゾンビ
さっきまで目の前にいた仲間達は何処にもいない。間違いなく世界を救うために俺の命が使われたのだろう。しかし、こんな地獄に来てしまったというのに丸裸なんて心許ない。恐らくきちんと葬儀をしてもらってないので、身支度が出来ないままに黄泉の国に来てしまったのだろう。自分が裸だと気が付いた俺は裸足の足元を見る。この石畳には継ぎ目が無い、まるで一枚岩のように滑らかに石が敷き詰めてある。
「しかし、この馬車は恐ろしくいっぱいあるな。こんなに行列を成して、一体どこに行くというのだ?」
俺は道の先を見た。その鉄の馬車はどこまでも先まで置いてあるようだ。仕方なく俺はその道の先まで行ってみることにする。周りの塔も何かの意味があるのかもしれないが、きっとその前に裁きを受けねばならない。ここが地獄であるなら、この並ぶ鉄の馬車の先に神が待っているだろう。
「ということは、この死体達は裁きを受ける前に倒れたのか?」
そっちこっちに死体が転がっていた。神の裁きを受ける事も出来ないとは哀れだ。もしかすると俺が神の元へ自分の足で歩けるのは幸せなのかもしれない。
建物の窓に移る俺は裸で、見た目は死んだ時の俺…より少し若いように見える。
「魔王との戦いの時についた傷があるな…。痛みはないが回復魔法は地獄でも使えるのか?」
俺は自分の体に無詠唱で回復魔法をかけてみる。するとシュワシュワと光を放ちながら傷が消えていった。
魔力は回復しているようだ。しかしどう言う事だ? 地獄だというのに俺は生きている? 傷が治ったという事は、俺は死んで無い可能性があるぞ…
俺はおもいきり自分の胸を平手で打ち付けてみる。
パ―ン!
痛ってぇぇ! 間違いない。俺は生きている…とすると、ここは地獄じゃない? どう言う事だ? 足の裏からも硬い岩の感触が伝わってくるし、恐らく息も吸えているようだな…
生きているとなると、俺が丸裸な事が間抜けに思えて来た。幸いにも周りには死体がいっぱい転がっている。
「申し訳ないが、死体から服を貰う事にするか」
俺は歩きながら、自分の背格好に似た死体を探し始める。どの死体も既に風化しているようで、男や女に限らず子供までいるようだ。
「これ、なんだ?」
どの遺体の頭蓋も何かで撃ち抜かれたような穴が空いていた。気になった俺は、その頭蓋に指を突っ込んでみる。しかし頭蓋の中にはぱっさぱさになった脳髄があるだけで変わった事は無い。
なんだ? 戦でも起きたのか? 矢で撃ち抜かれたにしては、何処にも矢じりが見当たらない。いや…子供まで戦に駆り出されたのか?
そして俺はその場に座り込んだまま考え込んだ。恐らくここは地獄じゃない。俺は世界を救うために魂を捧げ、そして違う世界に飛ばされて来たというのが正しいだろう。だが死体ばかりでどこにも人間がいない。
「どこかに兵士がいるのだろうか?」
頭を撃ちぬいた死体が転がっていると言う事は、兵士が潜んでいる可能性がある。もし兵士がいるのならば俺は命を狙われるかもしれない。こんな丸裸では殺されたときに恥ずかしいぞ。
俺は慌てて自分に合う服を探し始めようとした時だった。起き上がった俺の目の前の塔のガラスの中に、数人の人が立っていた。何故か変な姿勢のまま動かないようだが、見た感じ俺の体の寸法に合いそうなやつが居た。
「あの! 初めてお会いしてこんな不躾なお願いをするのは申し訳ないのですが! 服が無くて困っているのです! もし可能なら服をお貸し頂けまいか!」
だがガラスの中の人間達は変な姿勢のまま身動きをとらない。俺はガラスに近づいてその人間達を良く見てみることにした。
「ちょっ…彫刻ではないか!」
俺はなんと彫刻に向かって叫んでいたのだった。我ながらなんてアホな事をしてしまったのだろう。というよりもこの彫刻はとても精巧に出来ているようで、遠くから見れば人間にしか見えない。俺が周りを見渡すと崩れ落ちたガラス窓を見つけた。どうやらそこからこの塔の中に入れそうだった。
何故に人間が一人もいない? とにかくあの彫像が着ている服を拝借しよう。
彫像に近づいてみると思ったより精巧では無かった。そして彫像に触れてみると、その軽さに驚く。
「これは…木で出来ているのか? 随分と精巧だな。相当な腕前の芸術家が作ったのだろうな」
そしてその彫像の後には不可思議な絵が描かれていた。何が書いてあるのか分からんが、こんなに美しく色どりに描く事が出来るのか?
そして俺は、その彫像の奥にも部屋がある事に気が付いた。その彫像の後ろの壁を探ってみると、隠し扉を見つけたのだった。その扉を開けると塔の中に続いている事が分かる。俺はそこから一歩踏む出してみる。
「なんだ…」
先ほど彫像が着ていたような美しい色どりの服が、ずらりと並んでいたのだった。
「な…」
王室御用達の呉服屋か何かか…。見た事のない服だが沢山あるな。
「すみませーん! 誰かいませんか!」
俺が声をかけてみるが、全く返事が返ってくる気配が無かった。
「裸なので困ってるんです! 出来ればここにある服を貸してほしいのですが!」
やはり返事が無いので、俺はそのあたりに掛けてあった服を見始める。戦闘には向かないかもしれないが、何やら執事のような服も置いてあるようだ。シャツもあるし、どうやら靴も置いてある。ここは間違いなく呉服屋のようだ。
主人が戻るかもしれないが、とにかくその時に金の相談をするとしよう。とにかく服を探さなくては。
そして俺が選んだのは、文字のような柄の入ったシャツとズボン。そしてこれしかなかったのだが、デカい襟のついた上着だった。足元は紐で編みこまれているブーツがあったのでそれを選ぶ。なめし皮で作られた頑丈そうな鞄があったのでそれも借りる事にした。良く探せば、何かの動物の皮をそのまま使ったようなベルトもあったのでそれを腰に巻く。
「これで殺されても恥ずかしくないぞ」
とりあえずこの店の位置は覚えておいて、後で金を手に入れたら返しに来るとしよう。
あとは、そこに置いてあった鞄と同じ柄の背負子を見つけたのでそれも借りていく事にする。食糧や薬草を詰め込むのに丁度良さそうだ。ぐるりと見渡すと貴金属のようなものもあるので、武器として使える物があるかどうかを物色する。
「武器は無いようだな。ひとまず武器を探しに行こう」
そして俺はその呉服屋を出て、再び石畳を歩き始めるのだった。ブーツを履いているため、先ほどより走りやすそうだ。そして俺はある事に気が付く。
この鉄の馬車はあちこちに向かっているのか…。と言う事はどこかに列をなして向かっていたわけではないと言う事だな。とにかく周辺がどうなっているのかを調べる必要があるな。さっきの場所に戻って、あの高い塔に登ってみるとしようか。上からならここがどういった場所なのか分かるかもしれない。
そう思った俺が来た道を戻ろうとした時だった。道の先に動く人影を見つけたのだった。
「おい! そこの人! 申し訳ないが、ここが何処かを教えてくれるか!」
俺が声をかけると、その男はこちらを振り向いた。だがその表情はうつろで、顔は間違いなく死人の顔だった。
「ゾンビだと…」
声をかけて事で俺に気がついたゾンビは、ゆっくりと俺に向かって歩きだしてくるのだった。
「なんでこんなところにゾンビがいるのかしらんが、魔石が取れるかもしれんな」
俺は一目散にそのゾンビに向かって全力疾走し、高く飛びあがって頭を蹴り飛ばした。するとゾンビの頭が外れて、遠くに飛んでいってしまう。
まあゾンビなど準備運動にもならないが…
そして俺はゾンビの腹を両手で掻っ捌いて、中に魔石があるかを調べる。だが…、魔石はどこにも見当たらず、カサカサに乾いた皮膚の中にどろどろの腐った内臓があるだけだった。
「こいつは魔石が無いのに動いてたって事か?」
俺はそのゾンビを捨てて、そのゾンビが出て来た先の十字路まで歩いて行く。そしてその角を曲がると、数体のゾンビが行くあてもなく歩いていた。
「レベルアップの足しにもなりやしねえ…」
俺が面倒くさそうにそう呟くと、ゾンビ達はその声を聞きつけて手を上げて迫って来た。
「はは。まさか、あの世みたいなところに来てまでモンスター退治とはね。魔石のないゾンビなんて何の価値も無いし、とりあえず消すか」
俺は無造作に数体のゾンビの方に歩みを進め、最初のゾンビが俺に手を伸ばそうとした瞬間に数体のゾンビの頭を飛ばした。
頭が弱点ってのは前の世界と同じだな。だけどゾンビがいるって事は、ここは低級ダンジョンの一階層なのか? もしくは死の谷が近くにあるとか? まあいずれにしろもっと強いモンスターがいるかもしれんし、油断は出来ないと言う事だ。ゾンビ位なら素手で倒せても、魔王ダンジョンの五十階層クラスの奴らが出てきたらキツイ。せめて剣の一本も無いと俺でも苦戦するだろうしな。
俺は首のなくなったゾンビ達をまたいで、高い塔のある場所へと急ぐのだった。
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