第2話

…………………………



「チェック・メイトだ」

 無数の爆弾に囲まれたリリーを見下しながら、冷酷に告げる。

 あれから一時間近くに渡って行われた激しい激闘を制したのは、ユーカだった。


「これで、アタシの100勝目。アタシたちの世界線の勝ちが決定して……ようやく、このくだらねー戦いも終わりってわけだ」

 まるで、映画やドラマで拳銃を突きつけるように、爆弾の起爆スイッチを持った手をリリーの眼の前に突き出しているユーカ。その指を動かすだけでいつでもリリーを殺せるという意味では、今の彼女にとってそれは、同じようなものなのだろう。


 そんな彼女に対して、プライドの高いリリーは取り乱したりはしない。

 まるで、オペラの静かな独唱アリアでも歌いだすかのように、悠然とした堂々たる態度で応えていた。


「前に少し聞いたような気がするのだけど……たしかあなたって、自分の世界線では重大な犯罪者だったのよね?」

「……ああ。一応、そういうことになってるな」

「どうせこれで最後なら、教えてもらえないかしら? どんな悪いことをしたの? 貴女のような、可愛らしい女の子が」

「はんっ、何言ってんだよっ。延々と別人に転生を繰り返すこの殺し合いに参加している時点で、今の現世の見た目や歳なんて、何の意味もねーだろっ」

「ふふ……。それはまあ、そうかもね」

 そう言って微笑むリリーの表情は、まるでユーカを誘惑しているようだ。

 校舎の窓から差し込む淡い月光が、リリーの顔にぼんやりとした陰影を作る。それが、彼女の存在を非現実的で妖しい雰囲気に変える。今にも壊れてしまいそうな危うさと、触れるもの全て壊してしまいそうな危なっかしさの両立。

 学園のアイドルと言われるほどの整った美貌の彼女からそんな妖艶ようえんな表情を向けられれば、どんな殺し屋でも平気ではいられない。

 ユーカもつい、そんな彼女の視線から逃れるために顔をうつむかせる。そして、そんな自分の態度を誤魔化すためか、少し饒舌になっていた。


「アタシは思想犯……つーかまあ、いわゆるテロリストだな。アタシの世界はクソだ。人間は家畜と何も変わんねー。一部の権力者に支配されて、自由なんて一秒もねーし。生きてるのか死んでるのかわかんねーような状態で、ひたすら働かされる。アタシは、そんな世界をぶっ壊したくて暴れまわって……警察にとっ捕まって……。気がつけば、その罰として、こんなバカみてーな殺し合いに参加させられてるってわけさ」

「そんな世界、守る必要ある? どうせ世界を壊したいのなら、今ここで私に勝ちを譲ってくれてもいいんじゃない? そうすれば、あなたのクソな世界を、文字通り跡形もなく消し去ることが出来るわよ?」

「……自分の生まれた場所、生まれた世界だ。そこには、あたしのクソみたいな親とか、大嫌いな兄弟だっている。……クソにはクソなりに、愛着ってもんがあるんだよ」

「やっぱり貴女……可愛らしい女の子ね」


 リリーはまた、妖しく微笑む。

 そのときちょうど夜空の月にかかっていた雲が晴れたようで、窓から差し込む光が一層強くなり、スポットライトのように室内に射し込んできた。

 リリーの真っ白な肌、光沢のある美しい黒髪が、鮮やかに強調される。


「私の世界では、私が今やっている仕事は、みんなの憧れだったわ」

 水面に波紋が広がるように、リリーの言葉が静かな夜の校舎に響き渡っていく。

「文字通りの世界の代表者として……世界中の人間の期待を一心に背負って戦うアスリート……。当然、競争率もかなり高くてね。何度も予選を繰り返して、数万とか数百万ともいわれていたライバルたちを蹴落として、ようやく私がこの役目を手に入れたの」


「……へっ!」

 下らない冗談に辟易するように。ユーカは、オーバーな動作で廊下にツバを吐き捨てた。

「どうりで、最初っからアンタのことがいけ好かなかったわけだっ。世界線が違うと、こうも違うもんかねっ」

「ええ、元は同じ世界線から分岐しているはずなのに……面白いわよね。……でも、今思うと本質は貴女の世界線とそれほど変わらないのかもしれない。一部の特権階級に支配されて、下の立場の人間はそれにただ従って……それを『おかしい』と思えるだけ、貴女の世界のほうがマシかもしれないわ」

「……もしかして、同情してくれてんのかよ?」

「いいえ、心の底からの気持ちよ。……だって、そうでしょう? こんな、他の世界一つをまるごと消し去って、そこに暮らす人たち全員を殺してしまうような仕事を好き好んで、競い合って目指すなんて……やっぱりおかしいもの」

「……ま、そうかもしれねーな」


 そこで、遠くからかすかに誰かの話し声が聞こえてきた。

 きっと、さっきまでの戦いで好き勝手に暴れ回ったことで、警備員か誰かが異変に気付いたのだろう。

 少し時間を使い過ぎてしまったようだ。ユーカは会話をあっさりと切り上げる。


「でも、どちらかの世界を選ばなくちゃいけねーのが、この戦いのルールだ。アンタにも、アンタの世界線にも恨みはねーが……アタシの世界線のために死んでくれ」

 爆弾の起爆スイッチを持つ手に、力を込めるユーカ。

「あなたと戦ってきた二百回近くの時間……悪くなかったわ」

 それに対して、リリーはやはり動じない。月光が映り込む瞳で、真っ直ぐにユーカを見つめている。

 ユーカももう、それに惑わされることはない。

「ああ。アタシも、自分の対戦相手がアンタで良かったよ」

「こんな立場で出会ってなかったら……私たち、友だちになれてたんじゃない?」

「さあ……どうだろうな」

「……うふふ」

 見つめ合う二人。

 その視線は、どんな言葉よりも遥かに複雑で、繊細な感情を伝えあっている。お互いがお互いの瞳の向こうに、これまで幾度も重ねてきた二人の対決のシーンを見ているようだ。


 二百回近くの間、様々な時空の中を転生して、様々な姿と立場で、相手と殺し合いをしてきた。どんな時間や場所に生まれても、まるで待ち合わせランデヴーをしたかのように相手と巡り合ってきた。

 それは、本来の意味とは大きくかけ離れていても……やはり「運命の相手」と言えるのではないだろうか。



 やがて……永遠に続くと思われた沈黙を破って、リリーの唇が静かに動いた。

「私、やっぱりあなたのこと、嫌いになれないわ…………というより、かなり好きになってるかも……」

「な、何を……っ⁉」


 そこでユーカはようやく気づいた。

 二人の話し声、近づいてくる警備員の足音。それらと一緒に、かすかに聞こえてくる音。

 ほとんど気のせいとしか思えないほどのごくごく小さな空気の動き……これは……可燃性のガス⁉


「本当に……あなたのそういう甘いところ、大好きだわ!」

 次の瞬間、リリーの手が、突き出していた起爆スイッチを持つユーカの手を包み込んでいた。

「し、しまっ……!」

 ユーカの手の上から、起爆スイッチを入れるリリー。



 会話によって時間稼ぎ出来たことによって、二人の周囲にはリリーが用意した無色無臭の可燃ガスが充満していた。

 自分に影響がないように完璧に火薬をコントロールしていたはずのユーカの爆弾も、それに引火したことによって、もはや制御不能な殺傷能力を持ってしまった。


 至近距離からそれに直撃した二人が生きている可能性は……ゼロだ。


 だが、二人のうちのどちらかがたとえ一秒でも相手よりも長く生き残っていれば、その人物が勝者となる。それが、この殺し合いのルールだ。

 だからこそ、リリーは一発逆転の可能性にかけて自爆を選んだのだ。



 そして……凄まじい爆風と火力の中、最後まで生き残っていたのは……。

 平行世界同士の長い長い戦いの、勝者となったのは……。

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