夢の中

おや?

ここどこだ?


確か、新幹線に乗ってて。


ああいや、家には帰ってきたはずだ。


んで疲れてベッドに倒れ込む感じで。


あー、寝たんだ。

って事は、ここは夢の中。


随分しっかりと考えられるな。

明晰夢めいせきむって奴か、始めて見る気がする。


薄暗い。

少しレトロな街頭が、時折ジジッと音を立てながらぼんやり光っている。


空を覆い隠すようにアーケード、その向こうは夜空だが星は見えない。

商店の看板が見える、が店は開いておらずシャッター街だ。


きょろきょろを周りを見て気付いた。


ここは柳ケ瀬商店街だ。

印象的な赤いカーペットは入口から高島屋の前まで続いてた物。


頭上の少しすすけたアーケードは、かの商店街のトレードマークの一つ。

確か昔、それが特徴的なゆるキャラがいたような気がする。


シャッター街なのは、先日訪れた時と同じ。

だが全ての店が閉まっている、もっと遅い時間なのだろうか。


いや、夢の中なのだから営業時間もへったくれも無いだろう。


赤い絨毯を目印に歩き出す。

真っすぐ進めば商店街から出られるはずだ。


出たからどうなるという訳でもないが、ここはなんだか居心地が悪いのだ。

閉じたシャッターの向こうから、誰かに見られているような気がして。


歩幅が段々と大きくなる。

その速さも次第に上がっていく。


パチン、と背後の街灯が音を鳴らした。

それに驚いて俺は、びくっ、と身体を跳ねさせる。


背後を見る。

瞬きつつも街灯は、元通りにカーペットの赤を鮮やかにしていた。


まったく、人騒がせな。

レトロどころか、手入れがされていない、じゃないか。


っとと、ここは夢の中だったな。

さっさと商店街から出るとしようか。


前へ向き直り、俺は一歩踏み出す。


ジジッという音と共に、商店街入口から一つ手前の街灯が点滅する。


まばたきをする、そんな一瞬。


そこに人影が現れた。


俺がいるのは、真っすぐと出入り口まで見通せる場所だ。

人がいれば分かる。


わき道から一瞬で道の真ん中に現れるのは不可能。


つまり、突然そこに現れた、という事になる。


おかしい。

俺とその人物はかなり距離がある。


だが、大きい。

その姿が妙に大きいのだ。


一般的な人間のそれではない。

それこそ2m以上あるような。


などと考えていた瞬間。

その人物の上半身が右に左に揺れ始める。


ゆらり、ゆらり。


街灯がその人影を照らす。


それで分かった。

その人物はベージュのトレンチコートを着ている。


ゆらり、ゆらり。


光が何かに反射する。


それで気付いた。

その人物の手には。


鋭利で刃の長い、鋏が握られている。


それを理解した瞬間、ソレがこちらへ向かって走り出した。


速い。

二、三秒で街灯一つ分を通り過ぎている。


反射的に俺は反対方向へと走り出した。


だが一直線に走ってもすぐ捕まる、意味が無い。

そう考えて、すぐに脇道へと飛び込んだ。


人間二人がギリギリすれ違えるような細い道を駆け抜ける。


ゴミ箱や鉢植えがある。

蹴り飛ばす訳にもいかず、躱し飛び越え一直線。


細道を通り過ぎて角を曲がって少し走った所で、背後から物凄い音がした。

何かを蹴り飛ばし、はじけ割るような。


それがゴミ箱と鉢植えだと気付くよりも先に、再び脇道へ。

幾つもの古い自転車が、道の右側にずらりと揃って停められている。


それが連なっている店舗は、人に娯楽を提供するパチンコ屋だ。

だが何の光も音も発していない。


何故だかそれが妙に違和感を誘い、ぞくりと身体の内を震わせる。

この自転車の持ち主たちは何処へ行ってしまったのだ?


走り抜けて今度は左へ。


背後で、いくつもの鉄の塊を吹き飛ばす、有り得ない音が鳴る。

バラバラになった何かの残骸が、俺が通った道の先のシャッターへ衝突した。


どがら、がしゃん、という音に構わず、細道を全力で駆け進む。

道を塞ぐように、互い違いにハンガーラックが並ぶ。


繊維の町を代表するような服が掛けられたそれら。

だが今は、ただ邪魔なだけだ。


右、左、右、左。

身体を左右へ振り、その障害物をやり過ごす。


道を曲がった瞬間、背後でハンガーと服が舞い散った。


音が、衝撃が、近付いている。


それに気付いた俺は再び道を曲がった。


だが、俺は失敗した。


道を完全に塞いでいる、黄色と黒の仮囲い壁があったのだ。


それは工事中の証。

だが、道はもう無い。


駆ける速度そのままに、その壁に跳んで無理やり登る。

ががん、と音を立てるそれに構わず、転げ落ちるように反対側へ飛び降りた。


だが、まだ終わりではない。


片方を塞いでいるなら、もう片方にも壁は有るのだ。

再び走る速度を上げて、壁に跳び付きよじ登る。


反対側へ転げる。


事は出来なかった。


左足をがっちりと何かに掴まれたのだ。

無理やり停止した事で、タオルでも干す様に俺の身体が壁に掛かる。


上半分が網目となっている事で、背後にいるモノが目に入ってしまった。


俺の足首を掴んだ左手は、血の気が無い灰色。

バットでも握るかのように、完全に捕獲されている。


その指から伸びる爪は鋭く尖っていた。

掴まれた時にそれで切られたのか、じくじくと足首が痛む。


右手には錆びついたはさみ

光が反射するはずがない、赤褐色の刃だ。


目は見えない。

いや、見えてはいるが無いのだ。


眼窩がんかは、がらんどう。

何にも無いのである。


だが、確実に俺の顔を見ている、それが何故か分かる。

真っ黒な空間に見られている事で、ぞわり、と悪寒が走った。


そして。


その口は耳近くまで、大きく大きく裂けていた。

綺麗な切り口ではない、切れ味の悪い何かで無理やり切り裂いたような。


そこで理解する。


光ったけど、光るわけの無い、錆が目立つち鋏。


錆じゃない。

乾いて赤褐色へと変じた血だ。


研がれていない鈍い刃で、無理やり裂き開いた。

だからこそ、その口は歪で血を吐いているのだ。


足を凄まじい力で引っ張られる。

俺の身体が軽々と宙を舞い、口裂けの化け物を飛び越して地面に転がった。


背中から落ちた事で息が出来ない。

だが、意識を失えば死ぬだけだ。


無理やり体を動かし、どうにか距離を取ろうと匍匐ほふく前進するように藻掻もがく。

しかし、そんな抵抗は意味をなさなかった。


肩を掴まれて、再び凄い力で仰向けに転がされたのだ。

先程よりも近く、目の前に口裂けの顔が現れる。


ボドボド、と化け物の口から、俺の顔に血の塊が落ちてくる。

ぽたぽた、と空の眼窩から、何か分からない黒いしずくが降ってきた。


化け物がその口を開く。

耳まで裂けたそれが、全て開いて俺に息を吹きかけた。


生臭いような、苦いような、酸味があるような。

不快な臭いを全て混ぜた空気が肺に飛び込んできて、俺は思いっきりむせた。


そんな俺の状況など意に介さず、口裂けは右手を振り上げた。

僅かばかりの街灯の光を受けて、鋭利な刃がギラリと光る。


死ぬ。


その瞬間、人間は世界が遅く見えるという。

今まさに、俺はそれを経験していた。


ゆっくり、ゆっくり。


握られた鋏が、顔面に向かって段々近付いてくる。


どうにかしなければ。

だが、どうやって?


その時、何かが手に触れた。

咄嗟に、重量のあるそれを盾にする。


がずっ、という音。

だがそれは、俺の顔面ではない所から鳴っていた。


咄嗟に掴んだ物。


それは、この商店街の地面を構成する一枚のタイルだった。

この場所は、タイル張替えの工事をしていたのだ。


助かった。

だが、それは一瞬の事。


化け物の怪力相手では、タイル一枚など簡単に粉砕される。


俺は全力で口裂けの体を蹴り飛ばした。

火事場の馬鹿力とは良く言ったもので、化け物が二、三歩後ろへ後退する。


その瞬間を逃さず、立ち上がると同時に走り出す。

俺の脚を掴もうと口裂けが手を伸ばすが、今度はギリギリ逃げられた。


走る、走る、走る。


何処へ行けば良い、どこだ、ドコだ!

疾走しながら、俺は脳を限界まで回転させる。


店舗のシャッターを開けて隠れる?

無理だ、諸共もろともに粉砕されるだけだ。


百貨店高島屋の中へ逃げ込む?

意味が無い、出入り口を塞がれたら袋の鼠だ。


商店街から外に出る?

無謀だ、出たら道が開けて逃げ切れない。


いや、待て。


るかるか、の賭けにはなる。

だが、今現在で出来る事はそれしか思いつかない。


それを判断した俺は、赤いカーペットの上を駆け抜ける。

目指すは商店街の外だ。


背後で店舗の壁を破砕する轟音が響く。

ひるんでいる暇などない、逃げるしかないのである。


何の抵抗もなく、商店街の外へと駆け出せた。

車道を突っ切り、ひたすら一直線。


街路樹が、俺の横へ飛んできて砕けた。

口裂けが投げつけたのだ。


一瞬だけ怯んだ事で、背後の足音が近付く。

だが、目的地は目の前だ。


右へと曲がるために、ざりっ、と靴が地面を掴む。


背後の足音が消えた。


否、上だ。

口裂けが飛び掛かってきたのだ。


チッ、と鋏が俺の腕を掠める。


それでバランスを崩し、前のめりに倒れ込んだ。

ざがが、と地面で腕を擦られる。


終わる。

そう思った瞬間。


透明な壁にぶつかったように、口裂けの動きが止まった。


俺は警戒しつつも、自分の判断が正しかったと安堵する。


ここは道沿いにあった、金の鳥居が特徴的な神社だ。

その鳥居とは別の入口に飛び込んだのである。


俺は息を切らしながら、口裂けを睨み続ける。

何度も透明な壁を鋏で破ろうとしていたが、無理と判断して鋏を下ろした。


助かった。


そう思った瞬間、ふっ、と意識が遠のいて消える。

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