第13話 龍麒の力

 その頃央殿では、荷風が社殿の地下の扉を勢いよく開け放っていた。


「李様!」


 祭壇がある地下室は、大広間と同じくらいの広さだが天井が低い。

 いくつかの灯籠が左右に配置されており、仄かな明かりが室内をぼんやりと照らしている。

 李は部屋の中央奥に祭壇の前にいた。祭壇には、バレーボール程の大きさをした薄黄色の水晶玉――結界晶けっかいしょうが二つ安置されている。

 荷風の呼びかけに気づき、李が振り返る。


「荷風。ちょうど今、央殿の守護結界を先に構築させようとしてたんやけど、やっぱりうちだけの力じゃ……」

「どうぞ、お入りください」


 荷風に促され、桃也がおずおずと入室した。

 彼の後ろを天雷がついてくる。


「桃也!」

「……ただいま、姉ちゃん」


 李は弾きだされたかのように、桃也の元に駆け寄って彼の両手を握る。


「良かった無事で……。めっちゃ心配したんやで!」

「ごめん」


 一旦手を離して零れ落ちそうになっていた涙を拭い、李は真剣な目つきで桃也を見据える。


「でも、うちも堪忍な」


 李の謝罪に、桃也は目を見開いた。


「桃也の気持ちを理解しようともせんで、うちは自分の理想や考えばっかりあんたに押し付けてた。総監としてじゃなく、姉としてあんたの悩みにちゃんと寄り添うべきやったのに」

「姉ちゃん……」

「でも、いくらうちに非があるとはいえ、勝手に家出して皆に迷惑かけたことは見過ごせんよ」

「うっ……」


 李は小さく嘆息して、苦笑する。


「それについてはいろいろと言いたいことはあるけど、今はそんな場合やあらへん。あんたにはここを離れてた分、気張ってもらわなあかんからな」

「……分かってる」


 表情を引き締める桃也に、李は頷いて祭壇の方に戻っていく。小さくも頼もしい姉の背を桃也は追う。

 祭壇に戻るや否や、李はおもむろに荷風と天雷の方を振り返る。


「四天王の皆さんは?」

「要梅様と桐玻様は少し前に大鬼門の方へと行かれました。今到着している頃かと」

「私が桃也様をお迎えにあがった時には既に大鬼門から異形が流出し、柳義様と槐斗様がご対応なさっておいででした。私が引き連れていた捜索隊の皆さんも、今は異形の討伐に当たっています」

「そう、ありがとう。あとはこっちで何とかするから、二人はうちらの代わりに現場の指揮や連絡役を頼むわ」

『はっ!』


 荷風と天雷は深く首を垂れてから、颯爽と地下室を後にする。

 彼女たちを見送った後、李は大鬼門の封印結界用の結界晶に両手をかざす。そして、憑依している麒麟から霊力を貰い受け、両手伝いに結界晶へ力を注入する。


「先に守護結界張ろうと思っててんけど、あんたが来たからまずこっちを優先させる」


 桃也も両手をかざし、憑依している黄龍の協力を経て結界晶に霊力を流す。

 注力された霊力は結界晶に溜まっていき、徐々に水位が上がっていくように黄金色の光輝を放つ。

 

「やっぱり、こっちは時間がかかるな」


 眉根を寄せる桃也に「そりゃそうや」と相槌を打つ。


「でも、霊力が早く溜まりやすくなる方法が一つだけある」

「えっ?」

 

 向けられた視線に、李は彼を一瞥して答える。


「なるべく波長を合わせて龍麒うちらの力を一つにすることや」

「それって、どういう……」

「今までうちらは黄龍と麒麟、個々の力として霊力を注いできた。けど、ちょっと前に読んだ文献には、龍麒の力として複合させれば結界晶も光り輝くのが早うなるって書いてた。せやから――」


 李は霊力注入の手を止めて、桃也に向き直る。

 それに倣うように桃也も恐る恐る作業を中断して、李に体を向ける。


「うちが空中に霊力を放出させるから、あんたはその霊力に溶け込むような感じで霊力繋げて」

「はあ⁉ そんなん、今すぐ出来るわけないやん!」

「今すぐにやらんと大鬼門は封印出来ひん。あんたがいつまでも出来ん出来ん言うてぐずってても、異形は止まってくれへんよ」

「っ……!」


 李は桃也の両手を優しく包み込む。そして、柔和な眼差しになって諭した。


「大丈夫。今のあんたなら絶対に出来る。……うちのこと、ぴーぴーうるさくてうっとおしい姉やと思ってるんは分かってるけど、今回ばかりはうちに力を貸してもらえんやろか?」


 一緒に頑張ろう。


 どこか壁があって遠い存在のように思えていた姉が、一緒に頑張ろうと言ってくれた。手を差し伸べてくれた。

 その想いに感化され、桃也は胸が熱くなった。


「姉ちゃんがそういうんなら……」

「ありがとう。それじゃ、やるで!」


 桃也が頷くと、李は彼の手を離して数歩後退した。

 一定の距離を保つと、虚空に手をかざし霊力を放出する。

 黄金の霊力はそのまま虚空に留まって大きな光の玉となっていく。


「桃也!」


 李の合図を受けて、桃也も霊力を溶け込ませるように注ぐ。

 しかし、桃也の霊力は李に比べて微弱かつ不安定で、光の玉がぐらぐらと変形し始めた。


「あかん……!」

「もっと集中して! うちに負けるもんかって思うぐらいの気力で霊力ぶつけて!」


 李に言われた通り、桃也は神経を研ぎ澄ませて両手に力を籠める。


 ――黄龍、おれにもっと力を……!


 桃也の願いに応えるように、両手から放たれる霊力が増幅する。

 李の放つ霊力と同程度になり、光の玉も安定した。


「いい感じや! このまま手を結界晶の方に向けて!」


 李と桃也が両手を結界晶の方に向けると、光の玉もゆっくり結界晶に移動した。そして、融合された龍麒の霊力が少しずつ結界晶に注入されていく。一分も経てば、結界晶の八分目くらいまで霊力が補充された。


「やった!」

「あとはこのまま霊力を注ぎ続けるんや!」


 額やこめかみに浮かんだ汗が、やがて頬を伝う。

 それを意に介さず、李と桃也はより集中力を高めた。


『早く溜まれ……!』

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