第32話 再会
翌日、朝からヒースの飛竜で王城に向かった。鞍をつけてくれたのはフロレンツで、ナターリエがそれに「ありがとう」と言えば、彼は「頑張ってください」と一言だけ返した。なるほど、ヒースから王城での顛末を聞いているのか……それに対しては、悪い気はしなかった。彼が、自分のことをそうやって話してフロレンツに相談をしたのだと思えば、少し照れ臭いがなんとなく安心をする。
ヒースから話を聞いたことを、フロレンツは言う必要はないのだ。黙っていればいい。だが、それでも「頑張ってください」と言葉にするなんて、彼も自分のことを考えてくれているのだろう。そのことは素直に嬉しかった。
飛竜に乗って王城に向かう。もしかしたら、ハーバー伯爵家に戻れと言われてしまうかもしれない。もう、リントナー領に戻るなと言われるかもしれない。ナターリエは飛竜から景色を見下ろして
「素敵ですね。いつ見ても、気持ちが良いです!」
と、ヒースに言った。ヒースは小さく笑って「ああ、そうだな」と返す。それから、思いついたように続けた。
「もしかしたら、ナターリエ嬢は飛竜に一人で乗れるかもしれないな」
「えっ、わたしが、ですか?」
「ああ。馬にも乗れるのだし。飛竜の騎乗の訓練は、戦いさえしなければそう大変ではない」
「まあ。そうなのですね! それは……」
嬉しい。乗ってみたい。そう思うものの、ナターリエの声は曇った。
「……まあ、そういう機会はないのかもしれないがな……」
これが、飛竜に乗る最後かもしれない。彼女が言葉を濁したのがそういう意味だろうとヒースは思って、苦々しく言った。だが、ナターリエの返事はそうではなかった。
「いえ。あの……こうやって、ご一緒に乗れなくなってしまうかと……いえ、その、確かに、そういう機会は……」
「!……いや、今の話はなしだ、なし!」
「あっ、でも、そのう、一人でも乗ってみたいかなって……」
「なしだ!」
ヒースは大声で繰り返した。ナターリエは、彼のその言葉に笑った。
王城の待合室で、二人は案外と長い時間を過ごした。自分たちの前にいる謁見者が時間をとっているのだろうか。何にせよ、王への謁見受け付けはしているのだから、今日中に会えないわけはないのだが……。
「リントナー辺境伯令息、ハーバー伯爵令嬢、王がお呼びです」
およそ二時間が経過をしてから呼ばれる。少しばかり緊張感が和らいでいたが、二人は顔を見合わせて頷き合う。
王の謁見の間に入って、各々挨拶をする。すると、どうも国王と王妃の表情が芳しくない。
「先日は失礼いたしました」
「うむ。で、リューカーンは大丈夫だったのか」
「はい。リューカーンの子供を保護し、親竜の元へと返しました。その礼として、こちらの鱗を預かっております」
そう言ってヒースは、リューカーンの鱗を包んでいた柔らかい布を広げた。
「……本物か」
「はい。是非とも、ご確認ください」
「お前たちが先日持っていたものより大きいが」
「国王陛下に献上をする旨を伝えましたら、大きな鱗をいただくことが出来ました」
壁に沿って立っている臣下に国王は命じて、その布ごとヒースから受け取らせる。そして、玉座への段をあがらせ、その鱗を手にした。
「ああ、まさしく、これは宝物庫にあるリューカーンの鱗の盾と同じ色をしている。こんなに厚手ではなかったが、軽く、だが、硬い。きっと本物なのだろうな」
「リューカーンが住んでいる巣には、高度飛行のスキルを持つ飛竜でなければ入れないため、子供の竜を運び出すことももう出来ませんが……」
「うむ。古代種すべてを魔獣研究所に置く必要はない。それに、これも、なんだ? 鱗を仲介して、会話が出来るのか?」
「はい。しかし、それは持ち主だったリューカーン側からの語り掛けからしか」
「であれば、話は別だ。双方簡単に会話が出来るのであれば、色々と調べることも必要だと思うが、リューカーン側からしか出来ないとなると、本体からの力が不可欠だろうしな。それに、こうやって鱗をくれるということは、互いに不可侵であることを守ろうと言うことだろう。あいわかった」
国王のその言葉にナターリエはほっと胸を撫でおろした。リューカーンは言葉にはしなかったが、確かにあの「住処」を出ようと思えば出られるし、やろうと思えば大量の魔獣を眠らせられるし、そして、実に他にもスキルはある。あの体で体当たりをして、岩を崩して。あの住処を出ることだって可能だ。だが、それを彼らはしない。だからこそ、ヒースやナターリエを頼ったのだし。
「リントナー辺境伯が息子、ヒース・リントナーよ。ご苦労だった。引き続き、責務に励むが良い」
「はっ。ありがたきお言葉」
ヒースがそう答えると、そこでリューカーンについての報告が終わったことになる。国王は「ナターリエ」と声をかける。
「は、はいっ」
「お前に、会って欲しい者がいるのだ」
「え、あ、はい。どなたでしょうか……」
その問いに国王が答える前に、隣に座っている王妃が「入りなさい」と声をあげた。謁見の間は、謁見を行う者たちの出入り口以外に、王族の出入口が奥にある。そちらの扉が開いた。
「失礼いたします」
「!」
その扉から現れたのは、金髪に碧眼で綺麗な顔立ちの、だが、少しおどおどとした表情をした青年だった。
「ディーン様」
その声を聞かなくともわかる。彼が第二王子だ。ヒースは唇を引き結んだが、それへ国王からの声がかかった。
「ヒースは下がれ」
「……っ……はい……」
ヒースは仕方なく国王に一礼をした。それから、ちらりとナターリエを見れば、彼女は瞬きもせずに第二王子を見つめている。だが、それに声をかけるわけも行かず、唇を噛み締めて彼は謁見の間を後にした。
「ナターリエ」
「あっ、あの……ディーン殿下。お久しぶりでございます」
「うん。元気そうで……よかった」
たどたどしい言葉。ナターリエも困惑を隠せない。
「その……突然の、婚約破棄、申し訳なかった……」
「い、いいえ、えっと……あの……」
困って、ナターリエは国王と王妃を見る。もう駄目だ。これは、ここで再度婚約をさせられてしまうのだ。その怯えの視線に、王妃は小さく笑う。
「ナターリエ。ディーンからの謝罪を聞いて欲しいのです。奥へ」
「えっ?」
「こちらへ」
ディーンはナターリエに手を差し出した。おずおずとその手に自分の手を乗せると、ディーンは彼女を自分が出てきた扉に誘い、あっさりと謁見の間を後にした。
(ここを通すということは、わたしは王族とみなされている……?)
そう思えば心が沈む。が、それを見透かしたのか、ディーンが説明をした。
「ここは、王族が許可をした者が通れるだけなので、気にしなくていい」
「あっ……」
通路の途中にある扉を開くと、そこはティーラウンジのようだった。既に、菓子や茶が用意をされている。驚くナターリエに入室を進め、ディーンもどかどかと中に入る。
「座ってくれ」
「は、はい」
ナターリエが座ると、ディーンは立ったまま頭を下げた。
「か、勝手なことをして、その、悪かった……ずっと……その……」
「えっ……」
「君に、その、意地悪を……していたので……」
「お、おやめください。殿下。そんな!」
ナターリエは驚いてディーンを止めるため、立ち上がる。頭を下げるディーンの両肩を掴んで、彼女は下から彼の顔を覗いた。
「!」
驚いたようにディーンは顔をあげてナターリエを見る。
「おやめください。もう終わったことではないですか。それに、それを言ったらわたしも……」
「違う。ナターリエは悪くない。僕が……」
「殿下?」
「僕が、ナターリエのことを好きになったのが、その、悪い、いや、悪くはないんだが、いや……」
「え?」
ナターリエは驚いて軽く後ろに下がった。一体何を第二王子は言っているのだろう? 僕が、ナターリエのことを、好きに。
「す、すき……? とは……?」
ディーンは顔をあげて「まあ、座ってくれ」と告げた。
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