第30話 第二王子の思惑

 さて、別荘で治癒術師を呼んでナターリエの顔や手や腕の治療をしてもらい、ようやく一息ついた。ほぼ、何も食べていなかったので食事をして、それから湯浴みをして、長い一日――本当に長かった――を終えるところだった。いつもならば、とっくに眠りについている頃。体はくたくたに疲れているけれど、湯浴み中に寝てしまったり、着替えながら寝てしまったせいか、今は逆に目が覚めてしまっている。


 ベッドでぼうっと考え事をするナターリエ。


(今日は疲れたわ……でも、本当にリューカーンの子供が無事でよかった……)


 生まれた子供たち全員が育つのかどうかはわからない。だが、エゴだと思われても、今助けられるならば助けたかった。よかった、と思う。


(それにしても……)


 あまりに、色んな事が一日に詰まっていて、国王との謁見のことを一瞬忘れそうになってしまう。そこは忘れそうになるのに、ヒースからのプロポーズは覚えている。勝手なものだ、と思う。


(そもそも、第二王子に嫁いでも、第二王子は次期国王にはならない、というか、なれる器ではないわ。今は王子という立場だから、嫁げばハーバー家は安泰に見えるけれど、もし、第一王子が国王になったら……)


 第二王子はどうなるのかわからない。しかし、スキル鑑定士である自分が妻になっていれば、悪いようにしないだろうと思う。


(結局、第二王子のため、国のための婚姻なんだわ……)


 わかっている。国王はナターリエを気に入ってくれている。王族としての一般教養もきちんと修められないのに、それでもよくしてくれているのだから、ありがたいと思う。だが、それは表向きであって、やはりスキル鑑定のスキルを持つことが大きいのだろうともナターリエは思う。


「うう……スキル鑑定のスキルを……封印ではなく、失くせないかしら……」


 と、言葉にして、ナターリエははっとなった。


(わたし……そうまでして、第二王子との婚姻を回避したいのね……あの、勉強に勉強を重ねていた日々を捨ててでも……と思っているなんて)


 そして。


「うう……うう、本当に……」


 本当に、ヒースにプロポーズをされた。その後、あれがこうなってそうなって、結局バタバタとしていたので、まるで何もなかったように互いに振舞わざるを得なかったが、間違いなくプロポーズをされたのだ。


――ナターリエ嬢。俺と、結婚をしてくれ――


「ああああ」


――初めて、グローレン子爵のパーティーで会った時から、ずっと気になっていた――


「そんな……」


――今では、もう、あなたがいないなんて考えられない。どうか、俺と結婚してくれないだろうか――


「うう……」


 頭をかかえるナターリエ。困った。何が困ったかといえば。


「うう、わたしも……!」


 好きだ。ヒースのことが。こうなってしまえば、認めなければいけないだろうと思う。いつからだろうか。わからない。ただ、言葉にすれば「わたしもあなたがいないなんて考えられない」のだ。


「わたしも、好きです……」


 そう言ったら。どうなってしまうのだろうか、と思う。雷雨に驚いて抱きしめられた腕。飛竜で支えてくれた腕。体。それらは、一つも嫌ではない。それどころか、もっとそのままでいたいと思ってしまうほどで。


(ああ、どうなってしまうんだろう……明日? 明後日? また、国王陛下のところに行かなくては……)


 ぐるぐると考えながら、ナターリエはゆっくりと眠りの淵に落ちて行った。




 翌日、ユッテに起こされたナターリエは、完全なる寝坊をしてしまっていた。


「ああ~、もうすぐお昼じゃない?」


「そうですよ、お嬢様! それで、先程ベラレタ様がいらして、お嬢様が起きるのをお待ちになっておられます!」


「ええっ!? ベラレタ様が!?」


 驚いて飛び起きるナターリエ。今日は出掛けないと勝手に思っていたので、慌ててドレスをユッテに用意をしてもらい、バタバタと着替える。




「遅くなり、申し訳ございません、ベラレタ様……!」


「ああ、いいよいいよ、ヒースにも用事があったし、そんなに待ってない」


 応接室に行けば、ヒースとベラレタが向かい合って座っていた。


「食事をとらなくて大丈夫か。起きたばかりだろう?」


「は、はい、でも大丈夫です」


「そうか。座るといい」


 そういってヒースが自分の横を指さす。確かにヒースかベラレタかと言われれば、ヒース側に座るのは当然だ。だが、なんとなくそれが気恥ずかしく、ナターリエは小声で「失礼いたします」と言って座った。


「ナターリエ嬢に、直接礼を言いたくてね。ありがとう。あなたが言ったように、ルッカの町の郊外を襲っていたのはビスティだったのでね。まあ、実際群れの長を捕獲したのはフロレンツなんだけど」


「あ、捕獲なさったのですね」


「ああ。魔獣研究所に持っていくなら生かせるが、そうじゃなければ殺すしかないんだけどさ……」


「そうなりますね……群れの長となれば、どうしようもないですしね……」


「そこらへんは仕方がないことだね。それでさ、今日からルッカの町で祭りが開催されるから、よかったら遊びに来て欲しくて」


「えっ?」


「これ、御礼」


 そう言ってベラレタは何かのチケットのようなものを10枚程度出した。


「祭りの出店で使えるチケットさ。前もって買っているとお得になる仕組みでね。王城の方にいるナターリエ嬢みたいな人には、ちょっと物足りない祭りだと思うが、折角だし、見て行ってくれないか」


 ナターリエがヒースを見れば


「今日、約束通り俺の飛竜を休ませているのでな。行くなら馬になるが、どうだ?」


「行きます!」


「そうか。じゃあ、出掛ける準備をしてくれるか」


「はい。ベラレタ様、ありがとうございます!」


「ははは、いいよいいよ、こっちこそ、ありがとうだから」


 ナターリエは一礼をして、慌てて部屋から出ていく。それをにやにやと見送ってからベラレタは


「良い子じゃないか。第二王子が、気に入るのもわかるってものだ」


 なんてことを言う。その言葉に驚くヒース。


「……第二王子が気に入る?」


「そうさ。第二王子は、彼女のことが好きだったんだ」


「どういうことだ? 話がおかしいんだが」


「どうもこうもないよ。第二王子は、ナターリエ嬢のために婚約破棄をして、隣国に行こうとしていたんだよ。聞いていないのかい?」


「……聞いていない」


 ヒースの表情が固まる。そういえば、第二王子を捕まえてリントナー家にかくまったのはベラレタだった、と思う。それへ、ベラレタは笑って


「あれだよ。本当に子供だったのさ。第二王子は。好きな子には意地悪をしてしまうし、一緒にいるとどうしていいかわからない。だから怒って、突き放してしまう。自分はそういう子供だった、って言っていたよ。わたしから見りゃ、今でもまあ子供だけどさ……」


 と言い放つ。ヒースは目を見開いた。


「どうして、それで婚約破棄を」


「そりゃ、あれだろ……彼女が、自分のことを好きじゃないって、よーくわかったからだろ? 何をどうしていたのかは聞いていないが、なんか、冷たくしていたらしいじゃないか?」


「しかし、それで隣国に行くというのは……」


「国内にいれば、何をどうしてもナターリエを婚約者にしてしまうからだろ?」


「……」


 呆気に取られてベラレタを見るヒース。ベラレタは苦笑いを浮かべて


「だからさ、子供なんだよ。子供が、必死に恋をしたんだよ。第二王子は、そんなに頭がよくない。王族としても第一王子が後を継ぐって思われていて、それを別に良いと思っている。そう後継者問題に肩肘張ってるタイプでもないし、ナターリエ嬢を嫁がせるにはちょうど良い」


 そんな人物だったのか。話がまったく違う、とヒースは思う。ナターリエの話を聞けば、まるで王族としての教養などにうるさい、癇癪持ちの子供というイメージだったのに。


「でも、ある日突然正しく気付いたんだろうさ。ナターリエが自分を好きじゃないって。政略結婚みたいなものだから、当たり前だろう。気付いていない方がおかしい。当人も、そう言っていた」


 ベラレタの言葉は正しい。気付いていない方がおかしい。ナターリエの話では、第二王子自ら「スキル鑑定士のせいで」と口に出していたらしいし。だが、それすら第二王子の「好きな子には意地悪をしてしまう」の一環だったのだろうか、とヒースは眉間にしわを寄せた。


「そして気付いたら、自分はどんだけ酷いことをナターリエ嬢にしていたのかってこともわかった……で、寝て、起きたら、婚約破棄だって言い出した。ここに来るのも、追手がもっと早く動いて連れ戻すと少しは思っていた。そういう顛末さ。どういう酷いことをしていたのかは、聞いてない。殴る蹴るとかはしていないだろうけど……何か、酷いことをしていたのかい?」


「そうだな……ああ、なるほど。なるほど。そうか……」


 腑に落ちた、とヒースは思う。どうして、国王が再びナターリエに婚約をさせようとしていたのかが、どうにもあの会話だけではよくわからなかったからだ。スキル鑑定のスキルを大切にしていることはわかったが、だったら何故魔獣鑑定士になっても良いと国王は言ったのだろうか。それを許可した後に、スキル鑑定のスキルの話を出して彼女を縛るのはおかしいだろうとも。


 それに、王城を離れているのがよろしくないという話。あれも、少しばかり気になった。確かに王族と結婚をして王城に入れば彼女は守られる。しかし、ハーバー家に居れば良いと言うのはどうか。


 リントナー領と接しているシルガイン王国とは和平を結んでいるし、むしろ国境で言えば相当きっちり管理を出来ている方だ。ルッカの町の関所もそうだが、森を越えたところに非常に長い塀も設置してあるし、そちらにもリントナーの騎士たちが詰めている。


 国境と呼ばれる場所の多くは塀もなく森が面しているが、それを抜ければ山が横に伸びている。その山間の道を通ってシルガイン王国とは行き来をしているのだ。要するに、その山間の道と繋がるルッカの町の関所以外は、隣国からの侵入がほぼ出来ない。そういう立地であるリントナー領に比べて、王城は逆に多方面から他国の人々が流入していく。どちらがナターリエにとって良いかと言われれば、そこは正直なところなんとも言えない、が正解な気がする。


「そりゃあ……なるほどなぁ……」


 今更ではあるが、本当はナターリエを好きだったのだと第二王子が言えれば良いのだろう。だが、それを言えない。そういう人物なのだ。だから、国王と王妃は、遠回しに遠回しに婚約を元に戻そうとして、だが、王命とまではいかずに話を持っていこうとした。しかし……。


「姉上」


「うん?」


「そんな第二王子から、ナターリエ嬢を奪っても良いと思うか?」


「へぇ? ……これはまあ、わたしの勝手な思いなんだけどさ」


「ああ」


「きっと、第二王子はこれから変わるよ。だって、気付いたんだもん。気付いて、自分で考えて、まあ、ちっと間抜けな話ではあったけど、それでも自分で動いたしね。それは大きな変化だろう。婚約破棄しちまったとか、ここまで逃げて来たっていう噂は飛び交っているが、それも数年すれば問題なくなるだろうしさ。そしたら、普通に良い婚約者と結婚できるだろう」


 だから、ナターリエを奪ってもいい。それが、ベラレタの答えだ。


「……よし」


 気合を入れて立ち上がるヒース。ベラレタはそれを見てげらげらと笑う。


「なんだい、なんだい、今日あたり、プロポーズでもするのかい?」


「もう、した」


「……は? ちょっと待ちな。今、何て言ったんだい?」


 そうベラレタが言うのと同時に、トントン、とノックの音が響く。


「準備してまいりました」


「ああ、じゃあ、行こうか」


 ヒースはベラレタから受け取ったチケットをポケットにねじ込んで「じゃ!」とあっさりと部屋を出る。その陰から、ナターリエが微笑んで頭を下げる。ベラレタは笑って2人に手を振った。


「いい子じゃないか。それにしても、へえ~、もうプロポーズしたのか……わたしより先に結婚しても別にいいと思ってくれてるなら、そりゃありがたいけどね」


 そう呟いてベラレタはベルを鳴らし、やってきた女中にもう一杯茶を所望した。

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