第29話 捜索
「では、今から一度ここから離れる。5分後ぐらいに、鳴いてくれるか」
『わかった。鳴いたら、連絡をしよう』
それで連絡がまた途絶える。ヒースは「一度戻る!」と騎士団に合図を送り、飛竜を旋回させた。一斉に速度をあげて、古代種がいるエリアから離れ、森の魔獣たちがいる場所から遠ざかる。
すると、5分過ぎた頃、背後に鳴き声に似た何かがかすかに聞こえる。よかった。リューカーンの鳴き声の範囲からなんとか飛竜たちは離れたようで、全員巻き込まれずに一時的に離脱が出来たようだ。
『聞こえるか。終わったぞ。わたしの声が聞こえる範囲のほとんどの魔獣は一時的に動けなくなっているだろう』
「わかった。感謝する……戻るぞ!」
ヒースの号令で、飛竜たちは再び一斉に古代種のエリアに向かう。魔獣たちが寝ている間にどうにか探さなければいけないため、速度をあげて突っ込んでいく。
「そんなに遠くにはいっていないはずだ」
リューカーンの言葉を信じれば、魔獣が手を出さないシールドとやらを子竜に張っていたという。本当かどうかはわからないが、信じるしかない。そして、体の大きさから言うと、谷の奥まった場所、リューカーンたちがいる場所とをつなぐ、細くて子供しか通れなさそうな通路を抜けて出て来たのだろうから、と奥へと進む。
「本当に魔獣たちが眠っている……!」
飛竜がはばたく音だけが響く。こんなにシン、と静まり返るなんて、とみな驚いていた。魔獣ではない野生の鳥や虫が時々鳴いているが、普段はもっと様々な魔獣がいて、様々な音を立てているのだとようやくわかる。
「すごい……魔獣というものは、魔獣と、普通の野生動物と、はっきり区分けが出来ているということなのね……」
ナターリエが呟く。そう思えば確かにそうだ。なるほど、魔獣というものは、魔法が使える、使えないは関係なく魔力というものを持つ、と聞いたことがあるが、それが関係しているのではないかと思うヒース。
飛竜が降下できる場所をみなそれぞれ探して着地し、飛竜から降りて素早く探索を始める。もう、5分経過をした。残りの時間は5分しかない。
「ナターリエ様! これはどうでしょうか!」
一人の騎士が声をあげる。そちらにナターリエは駆け寄った。見れば、本当に手の平サイズの小さな灰色の竜だ。随分衰弱しているようだったが、動いている。
「あっ、起きていますね!? 失礼します」
灰色の子竜。他の魔獣は目覚めているというのに、その竜は起きているようだった。それだけで期待が持てる。ナターリエはそれを指して魔獣鑑定のスキルを使う。
「この子です! もう一頭、どこかにいませんか……? みなさん! リューカーンの子供は、眠っていません。もう一頭、どこかに……!」
眠っていないならば、話が早い。人々は、耳を凝らしながら辺りを伺った。もしかしたら「普通に」眠っている可能性もあるが、もし、起きているならば動いて音を立てているかもしれないからだ。
そうこうしているうちに、時間が経過する。ヒースは再びみなに飛竜に乗るように合図を送る。念のために持ってきた檻に子竜を一体入れ、飛竜をはばたかせようとした時
「あっ、あそこ、あそこにいます……!」
声をあげる騎士。見れば、大きな魔獣が眠っている下敷きになっているようだ。挟まっているのは尻尾だけらしく、暴れている。
「飛竜3体で周囲を囲め! 他の者は飛んで、更にそれを囲むようにして辺りを伺え!」
大きな魔獣を囲むように飛竜を地面に配置をする。が、下りている飛竜ならば、魔獣も襲うこともある。時間がない。他の騎士達は飛竜に乗って、低空飛行で周辺を探る。もうすぐ、リューカーンが言う「効きが悪い」魔獣が目覚めるためだ。
ヒースと他2人の騎士は、大きな魔獣を必死になって動かそうとする。なかなか竜の尻尾を踏んでいる場所に隙間が出来ない。と、周辺を伺っていた騎士が声をあげた。
「ヒース様! 魔獣が何体か起きだしました! こちらに気づいて、向かってきています! 肉食のものです!」
「もうその大きい魔獣が起きるまで待ったらどうですか!」
「駄目だ。それまで待っても、捕獲は降りなければいけない!」
人々の声が交差する中、なんとか魔獣の体を持ち上げて子竜を脱出させることに成功をした。
「あっ、抜けた!」
子竜は動いてそこから抜け出した。先程捕獲をした子竜と違って元気なのか、そこからかなり敏捷に逃げていく。まさか、そこまで元気だとは思わず、飛竜から降りている3人は子竜を捕まえられない。
「あっ、あっ、待って、駄目、駄目よ!」
ナターリエは慌ててそれを追い、なんとか捕まえた……と思えば、それは、重たい魔獣を囲っていた飛竜よりも外に飛び出てしまっている。
「あ……!」
目の前に、目覚めた魔獣がいる。子竜を胸に抱いて、ナターリエは後退った。
「ナターリエ!」
後ろからヒースが走ってきて、ナターリエの体をぐいと引き寄せる。飛んでいる飛竜に乗っている騎士団が、魔獣の前に手槍――柄が細く短い槍――を投げて足止めをし、ナターリエを襲わせない。
「早く乗れ!」
「は、はいっ……はいっ!」
どすっ、どすっ、と投げ槍が地面に刺さる音が聞こえる。何発も撃たなければいけないほど、魔獣がそこに迫っているのだとナターリエにもヒースにも緊張が走る。
「うわっ!?」
既に2体は上空にあがっている。ヒースとナターリエが飛竜にようやく乗って飛ぼうとすると、ドン!とその脇腹に魔獣が突進してきた。それへ、普段温厚な飛竜がカッとなったようで「グワアアアアオオオオオオ!」と咆哮をあげた。
「わあああああ!」
ばさりと羽ばたくと、足でその魔獣を蹴る飛竜。空を飛ぶ、というよりは、飛んで戦う、という雰囲気で魔獣を見ている。
「ちょっ……ちょっと……!」
ナターリエは子竜を抱えて、必死に鞍についている取っ手を掴む。飛竜が荒れ始めてヒースも手こずっている様子だ。
「おい、ちょっと……もうそいつはいいから、飛んでくれ……!」
「グワアアアアアアオオオオオオ!」
「わかった、わかった、今日は、沢山飛びすぎたのはわかってる! 明日休みにするから、頼む!」
「ええっ!? そういうことですか!?」
「わからん。わからんが……」
次の瞬間、飛竜はふわりと飛び上がる。ようやく上空へと向かい、安定をした飛行に入った。
「ええ~? ヒース様がおっしゃったこと、わかっているのかしら……?」
「いや、たまたまじゃないか……おい、本当にわかってるのか?」
もう飛竜は何もなかったように飛ぶだけだ。
「あっあっあっ、痛い、痛い、やめて、やめてやめて……! いいいいい痛い!」
「ナターリエ嬢!?」
「あああああ、痛いいいいい、駄目です、駄目、爪は駄目ですう、歯も駄目です、あっ、いたたたたた!」
ナターリエが抱いている子竜が暴れている。慌ててヒースは「全員撤退! のちに、リューカーンの谷間に向かう!」と叫び、まずは古代種のエリアから脱出をした。
「ナターリエ嬢、大丈夫か」
「うう……」
子竜はバタバタと暴れていたので、仕方なくもう一体と共に檻に入れた。ナターリエは指や腕、胸元などを引っかかれ、噛まれ、髪を食べられ、ボロボロになっている。
「げ、元気で、何よりです……」
「それだけ言えるなら、まあ……」
可哀相に、とヒースはナターリエの髪を撫でた。ナターリエは、ヒースの前で静かにそれを受け入れながら、頬を赤くしてじっとしているのだった。
リューカーンの谷間には、ヒースとナターリエ、それからゲオルグの竜に乗ったコルトが向かった。下降していくと、リューカーンとその妻――もちろん妻もリューカーンなのだが――は2頭とも目覚めており、上を見上げている。そして、妻の傍には、他の子どもたちが眠っているようだった。
『苦労をかけた』
「まったくだ」
ヒースは苦々しく笑って、檻から子竜を出す
「一頭、衰弱している」
『ああ、大丈夫だ。もともと弱い個体だが、眠れば回復するだろう』
番のリューカーンが首を伸ばして、弱弱しく歩き出した一頭の首を咥えて持っていく。もう一頭は元気よく動き出したが、それをリューカーンが首根っこを咥えて自分の体の脇に落とした。
『もう当分ここから出れないように、結界を張った』
「結界? まあ、そんなことも出来るんですか」
『本当はやりたくないのだ。それをすれば、長く眠ってしまうのでな……』
「そうなのですね。何にせよ、見つかって良かったです。元気に育ちますように」
ナターリエがそう言って笑うと、リューカーンは『ああ』とだけ答えた。
『ありがとう』
「!」
もう一頭の番からの念話だ。ヒースが「どういたしまして」と応えたが、会話はそれだけだった。
『何か、お前たちに礼をしなければいけないのだが、わたしには鱗しかないのでな……』
ヒースは「いや、別にそれは……」と断ろうとしたが、ナターリエははっきりと
「では、鱗をください」
と要求をした。
『それで良いのか?』
「はい。国王陛下にお渡しします。リューカーンが本当に生きているという証拠が、わたしとヒース様しか持っていないのはちょっと問題があるかなぁと思いまして……」
『よくわからんが、やろう。ならば、少し立派なものにした方が良いのか?』
「えっ、本当ですか」
そう言うと、リューカーンはナターリエたちに渡したものとは比較にならない、大きな場所から鱗を抜いた。『ぐう……』と声が出ていたので、どうやら少し痛みを伴ったようだ。
『一枚だけな』
と、少しケチくさいことを言うので、ヒースは笑いそうになったが必死にそれを堪える。
「ありがとうございます! すごい。大きくて立派です!」
『傷をつけたようで、申し訳なかったのでな』
「あ……」
ナターリエは、慌ててヒースに「わたし、そんなに見るからに傷ついています?」と尋ねた。ヒースは苦々しく「ああ、早く帰って手当てをしよう。治癒術師がいるので、綺麗になるだろう」と言う。
「ああ、もう夜になる。急がないと。それじゃあな。また何かあったら、声をかけるといい」
『ないようにはする』
「そうだな。それが一番だ」
「それでは、失礼いたしますね」
そう言ってリューカーンに見送られ、彼らは帰っていった。
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