第28話 リューカーンからの依頼
『聞こえるか』
「聞こえ、聞こえます……聞こえます。どうなさったんですか?」
呆気にとられる国王と王妃。どうやら、リューカーンの声はナターリエだけではなく、室内にいる人々全員の耳に入っているようだ。
『助けが欲しい』
「えっ」
『卵から孵った我らの子供のうち2体が、どうやら『外』に出てしまったようなのだ』
「外……ああ、あなた方がいらしたエリアから出たということですね?」
『残念だが、わたしの体では、ここから出ることが叶わない。探しに行けないのだ。幼くとも他の魔獣には襲われないようにシールドが張ってあるが、とはいえ、事故は防げない。探し出してもらえないだろうか』
「まあ、それは大変な……ああ、どうしましょう、わたしは今、王城付近にいて……」
『何? リントナー領にはおらんのか』
「は、はい」
『そうか。それは、仕方がないな。リントナーの子孫に声をかける』
「えっ、あの、一緒にいま……」
ぷつりと切れる。
一方通行で始まる会話は、リューカーン側から「切られて」しまえば、もう続けることが出来ない。何度もリューカーンの名前を呼んだが、返事はそれきり帰ってこなかった。
「ヒース様」
『聞こえるか』
「……どうしてナターリエ嬢に先に声をかけたんだ?」
『聞こえるか』
「……聞こえます……」
少しばかりむっとした表情で、ヒースもまたポケットから鱗を出した。2人共、示し合わせたわけではなかったが、どちらもポケットにいれて持ち歩いていたようだ。
『助けが欲しい』
「話はわかりました。今、王城付近にいますが、今からリントナー領に戻って準備をします。二時間後に、もう一度連絡をいただけませんか」
『! わかった』
ヒースとのリューカーンの会話にナターリエは割り込む。
「リューカーン、奥様にも、大丈夫だと、お伝えください」
『お前は、リントナーの子孫と共にいたならそう言え』
一方的にそう言うと、またぷつりと会話は終わった。不遜な態度ではあったが、古代種で300年も生きる竜だと思えばそれも当然かもしれない。
「行って来る」
「ま、待ってください。わたしも……」
「だが、移動をしてきたばかりだ。体力も使う」
「ですが、わたしがお役にたてます。小さな竜の姿は誰も見ていませんから、みつけたら鑑定が必要です……」
それは確かだ。竜種とはいえ、どんな姿なのかもわからないし、違う魔獣を捕まえてしまう可能性もある。
「そうだな……陛下、大変申し訳ございません。100年に一度の繁殖で生まれた古代種の竜を助けるため、退出を申し出てもよろしいでしょうか」
国王は、驚きの表情のまま口を開ける。
「驚いたぞ。リューカーンが、今でも存在したとはな」
「ご存知なのですか」
「勿論だ。宝物庫に、リューカーンの鱗で作った盾がある。もう200年以上も昔に手に入れたものなのだがな。軽いのに丈夫で、非常に物理攻撃に耐性がある。そうか。リューカーンが生きていたのか……古代種だな」
ああ、本当に鱗で盾を作るのか……ヒースは驚いて目を見開いた。王妃が「そうなんですの?」と国王に尋ね、国王は頷く。
「はい。報告が遅れ、申し訳ございません。リントナー領の一角、人が入ることがままならぬ谷間に生息しております」
「良い良い。どうせ、魔獣研究所に運べるようなサイズでもないしな。行くのか」
「はい」
「本来、魔獣の子供など、放置すべきだ。野生動物と変わらぬ。だが、古代種ともなれば、話は別だな」
国王はそう言って、ふう、とため息をついた。
「2人で行って来い。これは、王命だ」
「……!……はっ、かしこまりました!」
一礼をして退出をしようとするヒース。ナターリエは困ったように、国王と王妃に「終わり次第、また、お伺いいたします」と告げ、彼の背を追いかけた。彼らが謁見の間から出た後、国王は大いに溜息をついた。
「すまない。速度をあげる。俺も前傾になるので、こちらに体を預けてもらえるか」
「は、はい……」
魔獣研究所で呑気にヒースの帰りを待っていた騎士も、すぐにリントナー領に戻ると言われて大慌てだった。そして、普段はそこまで速度をあげないが、特急で帰ると言う。往復を飛んだ後、更に探索に出るほど飛竜は体力があるのか、とナターリエは驚く。
彼に言われて、背をヒースの胸につける。どっ、どっ、どっ、と鼓動が高鳴る。
(ああ、ああ、あんなプロポーズを受けた後では、どうにも、意識をしてしまいます……!)
「舌を噛むかもしれないし、羽ばたきの音もうるさくなる。なので、ここからは会話が出来なくなる」
「は、はいっ」
「許してくれ」
「も、もちろんです……」
彼の声が近い。ヒースが手綱を握って、飛竜に合図を送ると、羽ばたきの形が変わり、速度があがる。後続の2体もそれに習うように、ナターリエが見たことがないほどの速度を出した。
(うう、風が冷たい……! でも……)
ナターリエは頬を赤くして「話が出来なくてよかったわ……」」と思いつつ、体をヒースに預けた。ヒースはぴったりと自分の胸を彼女の背につけ、腕でその体をしっかりと支える。
(このまま……)
このままの時間が続けば良いのに。そう思ってから「いや、ちょっとそれは言い過ぎたわね……」と一人で反省をする。風は冷たかったが、密着した場所が温かく、腕に抱かれて彼女はそれを「心地よい」と思った。だが。
(ああ、お願い。わたしの鼓動の速さが、彼に伝わりませんように……!)
その心地よさとは別に、彼女はドッドッドと早く高鳴る鼓動を落ち着けようと必死に祈る。そんなこんなで、二時間はあっという間に過ぎて行ったのだった。
リントナー領に戻ると、ナターリエは少しばかりふらつきながら飛竜から降りる。
「ナターリエ嬢。20分だけ休んで、それから着替えて来てくれ」
「わかりました」
「ああ、それと……すまないが、飛竜に乗るのは、引き続き俺と一緒だ。他のやつには任せたくない」
突然何を言い出すのかと思って、ヒースを見上げる。ヒースは、真剣な表情でナターリエを見下ろしていた。
「えっと、あの……」
「譲らない。許せ」
「は、はい……」
そう言うと、ヒースはすぐさま踵を返して騎士団の1人に声をかけ、召集をする。ナターリエは、こうしてはいられない、とすぐに邸宅に入り、ユッテを呼びながら自室に戻った。
「お嬢様、どうなさったんですか」
「あのね、リューカーンの子供が、巣、というのかしら、その、居住区から抜け出てしまったらしくてね。それで、探しに行くの」
「あら、そんなこともお仕事になさっているんです?」
「そうね、古代種で、かつ繁殖が100年に一度ですもの。それぐらいの助けは必要だわ……ユッテ、15分だけ眠るわ。それから、飛竜に乗れる恰好にしてもらえる?」
「かしこまりました」
ベッドではなくソファに倒れ込むナターリエ。飛竜から解放され、要するにヒースの腕からも解放されたため、ようやくじわじわと実感が湧き上がる。
(そうだわ、ヒース様に……プロポーズを……本当なのかしら? 本当に、本当に本当に本当なのかしら!)
だが、第二王子との婚約破棄を取り消して欲しいと国王たちから言われてしまった。王命だとは言われていない。だが、きっとそれはギリギリのことなのだろうと思う。
(でも、今だけ……今だけは……)
喜ばせて欲しい。そう。自分は嬉しかったのだ……そう思いながら、15分の短い仮眠をとるのだった。
飛竜10体で古代種がいるエリアに入り、それぞれで探す。リューカーンからの連絡が入り、子竜の情報を伝えられる。灰色で、手の平ぐらいで、と言われ、思った以上に小さいことにみなは焦る。
「あそこにいるのは違いますか」
一人の騎士に言われ、ヒースの飛竜がかけつける。草むらの中にいる、竜に見えなくもない生き物を指さす騎士。それを、ナターリエが鑑定をする。
「違います。あれは竜ではありません」
サイズが小さいため、飛竜から降りて探索をしなければいけないのでは、と話し合う。彼らがここで魔獣の攻撃を受けないのは、飛竜に乗っているからだ。飛竜から降りてしまえば、獰猛な魔獣が襲ってくる可能性が高い。だが、そうやって探さなければいけないほど、子竜は小さいのだ。
『聞こえるか』
「リューカーン!」
『残念だが、こちらには戻ってきていない』
「リューカーン、相談したいんだが」
『なんだ』
「魔獣たちを眠らせたり、行動不能にしたり、そういうことはそこからは出来ないだろうか。あの、鳴き声に精神を攻撃するものを混ぜたように……」
『出来なくはないが、どこまで届くのかはわからない。また、お前たちの飛竜も眠ってしまうぞ』
「我らは一度、飛竜にのって離れる」
『わかった。だが、効きにくい相手も多い。そういうやつらは10分も倒れていない』
10分は短い。だが、魔獣たちを眠らせてくれるなら、文句は言えないだろうとヒースは決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます