第27話 国王との謁見(2)
王城に到着して、国王への謁見を申し出た。しばらくは別室で控えていたが、ようやく声がかかる。
ありがたいことに、ヒースとナターリエを別々では呼ばず、一緒に謁見が出来るようだった。いや、挨拶だけしたら、退出を言い渡されるかもしれないな……とヒースは思っていたが、敢えてそれは言葉にはしない。
「失礼いたします。リントナー辺境伯が息子、ヒース・リントナーでございます」
「失礼いたします。ハーバー伯爵が娘、ナターリエ・ハーバーでございます」
と、2人で挨拶をすれば、国王が「遅かったな!?」と即「プチ」お怒りモードだ。
「申し訳ございません。飛竜騎士団が現在いくつかの任務についているため、なかなか単独でナターリエ嬢をお送りすることが出来ず」
「大体、ナターリエよ。リントナー辺境伯領に行くとは、言っていなかったではないか!」
「え? あ、はい。その、何か陛下にご報告が必要でしたか……? そうでしたら、失念しておりました……」
「む、むう……いや。そのな……必ずしもと言うことではないが、うむ……」
それは確かに、と言葉に詰まる国王。王妃が「ナターリエ嬢」と言葉を発した。
「リントナー辺境伯領から古代種が運ばれているようですが、あなたがそれに尽力をしているのですね。ありがとう。それは非常に良いことです」
「はい。そう言っていただけますと、恐縮でございますが、とても嬉しく思います」
「我々は、あなたが魔獣研究所に勤めるとばかり思っていたので、まさかハーバー伯爵家から姿を消すとは思っていなかったのですよ」
だが、それについては勝手な思惑だ……とナターリエは思いつつ、謝っておいた方が良さそうだったので口を開きかけた。が、国王がそこへ言葉を挟む。
「話をハーバー伯爵から聞いたが、スキル鑑定のスキルを封じて、すぐにリントナー領に行ったのだな?」
「はい。翌日でしょうか」
「むう。まさか、そこまで話が早く動いているとは思わなかった……」
と、国王は口をへの字に曲げている。
「それで、あの、何か……」
「ヒースよ」
「はい」
「リントナー辺境伯家には、面倒をかけたな」
それは、第二王子についてのことだとヒースは理解をした。
「いえ、大したことは」
実際に面倒を見たのはリントナー辺境伯邸にいた人々なのだが、そこは国王もわかっているはずのことだ、とヒースは黙る。
「それで、ナターリエは、いつハーバー伯爵領に戻る予定なのだ? ヒース。あとどれほど時間がかかる? そもそも、ナターリエは必要なのか?」
矢継ぎ早の質問にヒースは「これは」と思う。どうやら国王はナターリエをハーバー伯爵領に戻したい、要するにリントナー辺境伯領での「魔獣鑑定士としての仕事」を奪いたい、あるいは、やめさせたいと思っているのだと確信をした。
「そうですね……まだ、未開の地があり、そこにも魔獣が多くいるという情報が入っていますので……あと2,3か月は……」
「何!? そんなにかかるのか!?」
「とはいえ、それは概算ですので……」
「まいったな」
と、国王が王妃を見れば、王妃も溜息をつく。
「何か、わたしにご用件がおありなのでしょうか?」
「ナターリエ。あなたに、改めて第二王子の婚約者になって欲しいのです」
「ええっ!?」
驚きで声が裏返るナターリエ。
「ど、どうして、でしょうか」
「シルガイン王国の公爵令嬢との仲を確認をしたら……先方は、その気がなかったらしく……」
「まあ」
「今は、ディーンも冷静になって、反省をしておる。リントナー領で魔獣に襲われたのが効いたようで、すっかりおとなしくなってな」
そんなことが、とヒースを見るナターリエ。が、ヒースはそれについては何も言わず、じっと国王と王妃の方を見上げている。
「なので、恥を忍んで頭を下げたい。どうか、もう一度、ディーンの婚約者になってくれないだろうか。互いに、婚約破棄の噂が広がって、様々な憶測が貴族たちの間で飛び交っておるのはわかっておる。だが、此度のことはちょっとした喧嘩をしたようなものと思って水に流してくれないだろうか……我儘を承知で言っておる」
「……わたし……」
ナターリエは呆然として、それ以上の言葉が出ない。そこへ、王妃が言葉を続けた。
「すぐには答えが出ないとは思います。ただ、あなたがまだ魔獣研究所に勤めていないことが、逆に幸いでした。もともと、来月には王族になる予定だったのですし、多少それが伸びただけだと思ってもらえないでしょうか。勿論、婚約破棄を言い渡されたあなたの心の傷は、我々もわかっています。なので、こちらとしても大変申し訳なく思うのですが……」
「とはいえ、第二王子ともなれば、その、婚約破棄後にも、婚約をしたいというご令嬢がいらっしゃるのでは……」
なんとか言葉を出したが、ナターリエはそれに意味がないことをわかっていた。第二王子の婚約相手が必要なのではなく、彼らは「第二王子を」自分の婚約相手にしたいのだとわかっていたからだ。やはり、スキル鑑定のスキルを持つ者を手放したくない。その思いが伝わり、胸の奥が痛む。
「恐れながら、よろしいでしょうか」
突然、ヒースがそこに割って入った。
「なんだ」
と国王が言い、王妃も視線をヒースに投げかける。だが、ヒースはその2人を無視して、隣に立っているナターリエの両肩を、突然がしっと両手でつかんだ。
「はっ!?」
「ナターリエ嬢。俺と、結婚をしてくれ」
「……え?」
「第二王子との婚約なんて破棄して、いや、それはもう口約束のことを口約束で破棄したのだから、問題はない。俺と、結婚をして欲しい……!」
突然のことで、ナターリエは呆然とする。国王は「何を言っている!?」と声をあげ、王妃は「あら」と一言だけ。
しーんと国王の謁見の間に静寂が広がった。ナターリエは呆然とヒースを見上げ、言葉を失っている。
やがて、ようやく国王が次の言葉を言おうと口を開くのと同時に、ヒースの口からも言葉が発せられた。
「初めて、グローレン子爵のパーティーで会った時から、ずっと気になっていた」
「えっ……」
「それで……その……少しでも、あなたのことを知りたくて、あなたの家に……」
「え、え」
「魔獣鑑定士の試験にあなたが来た時は、嬉しかった。いや、その当時は、まだ、面白い令嬢だ、と思っていただけだったが……今では、もう、あなたがいないなんて考えられない。どうか、俺と結婚してくれないだろうか」
あまりの熱烈なプロポーズに、ナターリエは怖気づく。その、返事がいつまでも出ない時間をもどかしく思い、国王はヒースに語り掛けた。
「ヒース」
「はい」
「魔獣鑑定士になったからといって、スキル鑑定のスキルを封じたからと言って、その能力は失っているわけではない。我らは、彼女が魔獣研究所に勤めるか、あるいは特に仕事などはせずにハーバー伯爵邸で過ごすと思っていたので、魔獣鑑定士のスキルを得ることを許したのだ。まさか、リントナー領に行っているとは、思ってもみなかったぞ」
「!」
「要するに、王城から離れた場所は、よろしくない。そう何か月もリントナー領に彼女を置いておくわけにはいかない。魔獣鑑定スキルを持つ者が、スキル鑑定のスキルを持つことは、ある程度の教育を受けた者は知っている。その上、リントナー領は辺境で、関所を越えれば隣国だ。何が起きるのかわからないだろう」
「……しかし……彼女の能力を、今一番有用に使えるのは、リントナー領です。それに」
ヒースははっきりと国王に伝えた。
「彼女は、第二王子の婚約者として、彼女なりに頑張ってきたはずです。だけど、うまくいかなかったのだと言っていました。この先、ずっと、うまくいかない、うまく出来ない、と思わせてまで、第二王子の隣に立たせたいのですか……スキル鑑定のスキルは、そうまでして繋ぎ留めなければいけないのでしょうか……そのスキル鑑定士として学んだすべての時間を捨ててでも、魔獣鑑定士になりたかったのですよ……」
「うまくいかなかった……?」
その言葉に、眉を寄せる国王。ナターリエは顔色を変えて「どうして……」とヒースを見た。彼女はそんなことを、国王にも王妃にも言いたくなかったのだろう。
「ヒース様、それは」
ナターリエは両眼に涙を溢れさせて、首を横に振った。だが、出てしまった言葉はもう取り返しはつかない。
「ナターリエ嬢、しかし」
『聞こえるか』
「うまくいっていなかったものを、うまくいっていたように見せる必要はないだろう」
『聞こえるか』
「でも、わたし……」
『聞こえるか!?』
「これでも……はいっ、聞こえます……聞こえ……えっ!?」
会話に、どうも「そうではない」ものの声が混じっている。ナターリエは、ぼろぼろ泣いていた涙も引っ込めて、ポケットにハンカチに包んで入れておいたリューカーンの鱗を取り出す。見れば、鱗の輪郭が光っているではないか。
「リュ、リューカーン!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます