第24話 リントナー家での夕食
ナターリエが気付けば、あっという間に時間が過ぎ去っていたようだ。リントナー家の次女らしき少女と会ってからどれぐらい経過をしただろうか。
「い、いけないわ。こんなに時間が経過して、いえ、どれぐらい……?」
資料室には窓がない。外の様子も見られないので、ナターリエはそっと部屋から出た。
(でも、ヒース様がお戻りにはなっていないので、そんなに経過をしていない……?)
いや、そんなことはないはずだ。自分が目を通した資料の数を考えたら、ゆうに二時間は経過をしているだろう。ついつい、没頭しすぎてしまった。面白過ぎた。確かにヒースが言った通り、同じ魔獣について書かれているが、当然書いている者が違うのだから、内容に多少の差異がある。その差異が、魔獣としての差異なのか、実はスキル発動のせいなのか、という観点で見れば、なかなか面白く、ついつい次を、次を、と読み進めてしまった。
「おっ、ナターリエ嬢」
「あっ、ヒース様。あの、お時間……」
「途中で声をかけたのだが、返事がなかったので」
「えっ!?」
そのヒースの言葉に驚いて、ナターリエは目を丸くした。
「わ、わたし……なんてことでしょうか。ああ、ごめんなさい。夢中になっていて……えええ……申し訳ありません」
「いや。我が家の資料をそんなに読んでくれて、こちらが嬉しいぐらいだ。実は、もう夕方になってしまってな。遅くなったので、このまま泊って行ってはどうかと思って」
「えっ……」
不安げな表情のナターリエに、ヒースは少し眉を下げた。
「嫌か? 嫌なら、まあ、まだ飛竜を出せる時刻なので、すぐに出るけれど……」
「……あの、ご迷惑では?」
「いや? 全然。むしろ、もう、そのう、うちの厨房のやつらも、ナターリエ嬢の分も含めて作り出しているようでな……」
「ええっ」
通路で立ち話をしていると、角から小さな影がぴゅっと飛んできて、ヒースの足にがしっとしがみついた。先程、ナターリエから逃げて行った次女らしき少女だ。
「おいおい、アレイナ」
「お兄ちゃん、お姫様!」
「なんでお姫様だと思ったんだ?」
「だって、綺麗だもん」
ヒースはアレイナと呼ばれた少女を抱き上げる。
「こんな綺麗な人はお姫様しかいない!」
「お前、他の貴族令嬢のことも知らないでよく言うな……ああ、いや、綺麗なのは、その……その、綺麗なのはあっている。うん」
困ったようなヒースの様子がおかしくて、ナターリエは笑った。すると、アレイナは「お姫様、笑った!」と目を丸くする。
「ふふ、ふ、アレイナ様。わたしはお姫様ではございません」
「えっ、じゃあ、王妃様……?」
「王妃様でもございません。ナターリエと申します」
「じゃあ、どうしてそんなに可愛いの?」
「まあ。アレイナ様も可愛らしいですよ」
「そう! アレイナ、可愛いの!」
ヒースはその会話を聞いて「駄目だ、これは」と唸って、声をあげた。
「おーーーーい! シーナ! アレイナを連れて行ってくれ!」
彼のその声で、女中が慌ててバタバタと走ってきて「申し訳ございません!」と頭を下げ、アレイナを連れて行く。バイバイ、と手を振るアレイナに、ナターリエも軽く手を振り返した。
「ふふふ、可愛らしい妹君ではありませんか」
「まったく……ドレスを着た令嬢を見れば、お姫様だと言うが、自分もドレスを着ているのにな……」
「そうですね」
「……その……」
「はい?」
「いや、えっと、客室に案内をする。来てくれ」
「はい」
ヒースが何かを言いかけてやめたことには気づいたが、あえてそれを追求せず、ナターリエは彼に促されたまま客室に向かったのだった。
客室に通され、一晩世話になる女中と挨拶をした後、次は夕食の席にと案内される。ヒースは「嫌だったら、俺と2人でもいいんだぞ」と言っていたが、折角のことなので、ナターリエはリントナー家の人々との食事を選んだ。
「遅れてすまん」
ヒースがそう言いながらナターリエを連れて食事の間に入ると、一族はみな既に椅子に座っていた。アレイナが「お姫様!」と叫んで手を振るので、ナターリエは笑顔で振り返す。
すると、手前の椅子に座っていた10代半ばと思われる金髪の少年が、さっと立ち上がってナターリエに一礼をした。
「ハーバー伯爵令嬢。初めまして。リントナー辺境伯、次男のブルーノと申します」
「ナターリエ・ハーバーと申します」
そういえば、とナターリエは思う。ブルーノとアレイナは母親譲りの髪色をしているが、ベラレタ――彼女はルッカの町に住んでいるのでこの場にはいないが――とヒースは父親譲りだ、と。
「ナターリエ嬢、こちらに」
「あ、はい。失礼いたします」
ヒースに勧められて椅子に座る。と、給仕が一斉に食事を運び込んだ。どれだけ人柄が大らかであっても、たとえルーツがもともと平民であっても、辺境伯だ。食事のマナーは守られているように思う。
飲み物を給仕がグラスに注ぐ。ナターリエは果実酒を所望した。それを見たヒースの母親が嬉しそうに「その果実酒は、ルッカの町でも人気のものなのよ」と言う。
全員に行きわたって食事を始める。アレイナの両脇には女中がついており、彼女がうまく食べられるように補佐をする。
「資料はお役に立ったかな。ハーバー伯爵令嬢」
と、リントナー辺境伯が声をかけてくる。
「はい、とても。大変興味深く拝見しました。おかげさまで時間を忘れて読みふけってしまって……泊めていただき、感謝しております」
「いやいや。どうせ、もう雨が降り始めていてな。今晩はゆっくりしていくと良い」
「ありがとうございます。雨、降っているのですか」
気付かなかった、と思う。食事の間にも窓がないため、外の様子が見られない。ナターリエにヒースは頷いた。
「夕方から急に天候が変化してな。下手に飛竜で帰っていたら、途中で雨に降られるところだった」
「ああ、そうですね。ありがたく、一晩お世話になります」
そう言ってナターリエは頭を下げた。
「そうそう。先に言っておくが」
「はい」
「第二王子との婚約破棄について、特に我々から何か思うところや何やらはないのでな。気にせず、今晩を過ごして欲しい」
「!」
ナターリエは驚いて、ちらりとヒースの方を見る。が、ヒースは何も言わず、黙々と食事を口に運ぶだけだ。
「ありがとうございます。お心遣い感謝いたします」
「うむ」
そうヒースの父親であるリントナー辺境伯が頷くとほぼ同時に、辺境伯夫人がアレイナに声をかける。
「アレイナ。それはナイフで切ってから口に運びなさい。口に入る大きさにね」
「はぁ~い」
「そういえば、ナターリエ嬢は魔獣鑑定士なんですって? ということは、その前はスキル鑑定士だったのですね?」
「はい、そうです」
「まあ、まあ、凄いわ~! 今は、魔獣鑑定士になったんですものね。じゃあ、魔獣について、勉強をなさったの?」
一瞬「あれ?」と思う。スキル鑑定について聞かれたり、第二王子との婚約について、話が広がりそうだと思っていたのに、と。だが、それも「何か思うところやらはない」の一環なのだろうと思い、ナターリエは「小さい頃から魔獣が好きで」と返した。
「まあ、そうなのね。わたしも実は魔獣が好きで……今、魔獣をモチーフにしたドレスを作っているところなのよ!」
「えっ!? そうなんですか?」
「ええ、ええ。完成をしたら、是非ともそれを見てもらいたいわ。ねぇ、あなた」
「うん? ああ、そうだな。というか、女性のドレスのことは、我々にはわからんのでな……」
そうリントナー辺境伯が言えば、ヒースも頷く。
「出来上がったらまた見に来ようか」
「わかりました。リントナー辺境伯夫人、楽しみにしております」
「まあっ! こちらこそ。うふふ、嬉しいわ!」
それから、リントナー辺境伯は、ナターリエの父親であるハーバー伯爵の話をしたり、魔獣研究所の話をしたりと、それなりに話は盛り上がった。途中でアレイナがうとうとと眠りだしたので退出をしたが、ナターリエはデザートまでをぺろりと平らげて、ゆっくりとリントナー家で舌鼓を打ったのだった。
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