第19話 国王との謁見
「ナターリエ、考え直す気はないのか」
魔獣鑑定士になりたい、と打ち明けると、ヴィルロット国王は苛立ちを隠さずにナターリエに言った。謁見の間で、玉座は10段ほど高い位置にあり、そこに国王は王妃と並んで座っていた。珍しく彼は人払いをしており、臣下も誰もその場にはいない。
ナターリエはスキル鑑定のスキルが発現してからというもの、よく国王との謁見を行なっていた。正直な話、第二王子ディーンの婚約者、としてではなく、スキル鑑定士として、だ。国王も王妃も、彼女をよく思い、要するに気に入っていた。ただ、順番がいささかおかしく、謁見の後に本当に時々「ディーンと会って行くと良い。今日は時間があいつもあるはずだ」と言われて、ナターリエは仕方なくディーンに会っていた。逆に言えば、それとは別に、婚約者としてディーンに会いに王城に行くことが、ナターリエはほとんどなかったのだ。そして、更に言えば、婚約者として招かれることもなかった。
「お前ほどの能力を持ちながら、魔獣鑑定士になりたいとは、まことに馬鹿げていると言わざるを得ない」
「そうでしょうか」
「そうだ」
「でも、魔獣鑑定士の方が人数が少ないですし、我が国には魔獣が多く生息しています。それに、今国内にいる魔獣鑑定士はほぼ皆様高齢ですから、ここでわたしがなっておいた方が良いのかなぁと思います」
「それでは、第二王子ディーンとの婚約はどうする気だ」
「そうですね……わたしとしては婚約破棄をしていただきたい気持ちがあるのですが……」
「駄目だ!」
だったらわたしに聞かなくたって、もう答えが出てるじゃないか……とナターリエは心の中で悪態をついたが、顔には出さない。が、国王は「はあ」とため息をついてから、いくらか自分を律したようだった。
「お前の言い分はわかった。スキル鑑定のスキルは確かに大切だが、魔獣鑑定のスキルも確かにわが国には必要だしな……」
「では」
「だが、これだけは約束をしてくれ。今後、どうしても王命でお前にスキル鑑定を頼む時、その時は、魔獣鑑定のスキルを封じて、スキル鑑定の封印を解くと」
「それは……」
嫌だ、と言おうとしたところ、国王の隣に座っている王妃が口を挟んだ。
「ハーバー伯爵令嬢。言葉は柔らかいですが、これは王命です」
「はい……」
「それが、ハーバー伯爵をも守ることになると、知りなさい」
「わかりました……大変、失礼いたしました」
それを言われれば心が痛む。そして、それを言わなければいけなかった王妃の立場を考えれば、申し訳ないと思わざるを得ない。
「出来ましたら、その、戦とかを、起こさないでいただけますと……」
「それぐらいわかっておる。我らとて、お前をみすみす前線に出そうとは思っておらん。何かあれば、お前の先輩であるダンドゥール男爵に矢面に立ってもらうつもりだしな」
仕方がない、という顔で、国王は玉座の背に自分の背をつけてぐったりとした。ダンドゥール男爵もまた、スキル鑑定のスキルを持った稀有な人物だ。ナターリエは、今まで随分彼に世話になっていたため、彼にも魔獣鑑定士になることを告げていた。とはいえ、申し訳ないとは思っているが。
「だが、我らは王族だ。そして、お前も二ヶ月後にはそうなるのだよ。ならば、こちらの我儘も聞き入れてもらわねばならぬのよ」
「はい。確かに。それは、こちらが間違っておりました。申し訳ございません」
でも、嫌なものは嫌なのです……と言葉を続けそうになるのを、ナターリエは必死に押し留める。
「ところで、第二王子ディーンとは、うまくやっているのか」
「その……勉学に勤しむあまり、そんなにお会い出来ておらず……申し訳ございません」
言い訳がましく言うナターリエ。
「それは良くない。お前たちは政略結婚ではあるが、少しでも互いを知ってもらいたいのだが……」
「はい。申し訳ございません。努力いたします」
努力をする、と口にすれば「努力をしなければいけないのか」と思われてしまうだろう。だが、それしか言いようがないことは事実だ。その様子をどう思ったのかはわからないが、王妃が話を進めた。
「それでは、お茶会の場でも設けましょう。もうそろそろ婚礼の話もしなければいけませんしね。ディーンとわたくし、それからナターリエの3人で。それならどうですか」
いくらか国王が不平を漏らしそうな表情を見せたが、王妃は有無を言わさない。ナターリエは「王妃様がいらっしゃる前ならば、第二王子はそう自分に冷たくしないだろう」と思い、承諾をした。婚約破棄をするには、逆に王妃の前で自分に冷たくしてくれた方が良いのだが……とも思ったが、婚約破棄を国王は許さなそうだし。
「はい。かしこまりました」
「日を改めて、招待状を送りましょう」
そう王妃は言った。だが、ナターリエのもとに次に舞い込んだのは招待状ではなく……。
「なんて話をしていたのに、婚約破棄をあちらから伝えられまして」
「そうか」
「こちらとしては、まあ、それはそれでラッキー、ぐらいの気持ちだったのですが……でも……」
「うん」
「婚約破棄は、それなりに、なんといいますか、こう、相手をそう思っていなくても、若干ショックはありますね……」
そう言ってナターリエは「はあ」とため息をついた。
「ショックだったのか?」
「そうですね……いえ、多分、わたしも第二王子のことをよく知らなくてですね……ですから、良いんです。良いはずなんですけど……」
そう言いながら、ナターリエは目を閉じた。どうやら眠くなってきたようだ。ヒースが「横になるといい」と言って、眠る場所を空けた。ナターリエは、ふにゃふにゃと何かを言いながら横になる。
「魔獣鑑定士になるには、スキル鑑定のスキルを封じなければいけないのはどうしてだ?」
「ああ、それは、スキル鑑定士はもともと秘匿にすべきものですが、魔獣鑑定士はそうではありません。逆転が起きているので……なので、仕方なく。とはいえ、実際、魔獣鑑定をする時にスキル鑑定のスキルがあると邪魔にはなるんですよね……」
「なるほど」
「うう~ん……わたしなりに、ちゃんと第二王子の妻になろうとは思っていて……それでも、わたし、本当にうまくいかなくて……そう……下手くそなのです……」
最後にそれを呟いて、ナターリエは眠りについた。
(第二王子のことをよく知らなくて……良いはずだが、ちゃんと第二王子の妻になろうとは思っていた……か)
すうすうと寝息をたてるナターリエを見ながら、ヒースは物思いにふける。かすかに入る月明かりに、ナターリエの髪は照らされる。さらさらで、美しい髪だ、と思う。
(少しおっとりしているが、魔獣のことになると饒舌になる変わった伯爵令嬢)
だが、彼女の目線は優しい。魔獣のほとんどは意思疎通が出来ないし、野生動物とそう変わりがない。狂暴なものには襲われる。愛でられると言えば愛でられる……かもしれない、という程度しかヒースには思えないが、ナターリエは狂暴なものでも愛でてしまうのだろうと思う。
人を傷つける魔獣を許しはしないだろうが、その存在をないがしろにしない。そんな気がする。彼女のような存在は、魔獣鑑定スキルは置いておいても、稀有なものだと彼は感じていた。
(本当はこのまま……ここにいて欲しいんだがな……)
リントナー辺境伯領は、まだまだ未知の場所が多い。ヒースは未開の森を探索して、どんどん知らない魔獣と出会っている。その時に、彼女がいてくれれば心強い。
だが。それだけだろうか、とふと自分に問う。そんな問い掛けを自分にしなければいけないなんて稀なことで、ヒースはそれに驚いた。そして、案外とあっさりと自分の心の中に生まれている、彼女に対する好意を認める。
(だって、仕方がない)
出会った時から、魅力的だと思っていたのだ。グローレン子爵の竜を共に見た時も。それから、あれこれと言い訳をして、追いかけるようにハーバー家で話をしても。それから、魔獣研究所で再会をしても、何をしても。
彼女を、ずっと――。
目を閉じるヒース。遠くで、ホウ、ホウ、と夜の鳥の鳴き声が聞こえた。
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