第18話 谷の夜
谷間には、月灯りがわずかに差し込む。その辺りにヒースとナターリエは毛布にくるまって座る。リューカーンはナターリエに触れさせた後、何も言わずにぬるりと元の場所に体を退いて、こちらに尻を向けて眠っているようだった。
「食事はどうしているんでしょうね」
「そうだな。その辺りも知りたいが……知ったところで、という感じかな」
そう言ってヒースは苦笑いを見せた。非常食の乾パンをナターリエと分けて「こんな食事で申し訳ない」と彼は謝った。
その平地にはかすかに緑があったが、ほとんどは岩肌にほのかに細かな土砂がかかっている。土砂を避けて、横になれそうな場所を作って、2人はそこに座っている。
「まあ、まあ、そんな。お食事があるだけ、ありがたいですもの」
その笑顔に、ヒースは救われた気持ちになった。
「つき合わせてしまって申し訳ない」
「いいえ。大丈夫ですわ」
「伯爵令嬢ともあろう女性に、こんな形で野営を強いるとは……」
だが、ナターリエは首を横に振る。
「いいえ。おかげで、この目でリューカーンを見られたんですもの。こんなに嬉しいことはありません」
「そうか」
「わたし、ヒース様にリントナー領に連れてきていただけて……本当に、本当に嬉しいんです。たくさん魔獣を見られたし、それに、今まで……今まで、自分がいた場所とは違って……人の、噂のようなものも……ああ、いえ……」
最後は、ごにょごにょと誤魔化すナターリエ。
「えっと、リューカーンについては、どうなさるおつもりですか?」
「出来ることならば、知らないことにしたいのだが……」
そう言って、ヒースは眉根をひそめた。
「ずっと発見されなかったのだし、ここに入るのも高度飛行のスキルがある飛竜でなければ入って来られないしな。そもそも、上から見下ろしても岩が突き出ていて、一見何もない空間に見える。このまま……国王陛下にも、報告はしない方が良いのかなと思ってしまうな……」
ナターリエは、もぐもぐと乾パンを食べ、水筒の水を飲みながら「それが良いと思います」と相槌を打った。
「国王陛下は、リューカーンを捕まえろとはおっしゃらないと思いますが、それでも話が伝われば、リューカーンの鱗を欲しがる商人などが群がるかもしれませんしね。高度飛行のスキルがある魔獣はほとんどいないですし、まあ大丈夫だとは思いますけれど……」
「リューカーンの鱗……?」
「はい。リューカーンの鱗で作る盾や鎧帷子は、きっと高く売れますよ。でも、そんなことはさせたくないですし、静かにここで過ごしてもらいたいですから……」
そう言って、ナターリエは遠くで丸くなって眠っているように見えるリューカーンを見た。
「あなたは、魔獣の話になると、生き生きとするな」
「あっ、そうでしょうか。えっ、それは、それ以外は……」
「いや、あっ、そういうことではなくてな……いや……はは」
それ以外は若干おっとりとしているので……とは言わずに、ヒースは困ったように笑った。それから、口を引き結んで、一拍置いてから切り出す。
「……第二王子が隣国に行かれる手前で、関所で止めたのは、俺の姉だった」
「……!」
突然の言葉で、ナターリエは驚きの表情を見せる。そうか。隣国にとは聞いていたが、ヴィルロット王国の隣国は3つの国がある。そのうちのどれに行こうとしていたのかは、聞いていなかったと思った。
「そうだったのですね」
「俺が、魔獣研究所に魔獣を運んだ後の話だがな」
「あら……それは、わたしが言うのもおかしな話ですが、お手数をおかけいたしました」
「いや、そいつは確かにおかしな話だ」
苦笑い。それへ、ナターリエも苦笑いで返す。
「それで、俺たちがこちらに戻って来るまで、リントナー家で軟禁というか、そのう」
「えっ」
「なんだ、身柄をお預かりしていてな。馬車で王城に戻すには時間がかかるし、飛竜の使用は俺の許可が必要なので、俺が戻ってきて翌日王城にとお送りした」
「……あ! 飛竜が、3体いなかったのって」
「そうだ。王子を、お送りして」
そして、こちらに来た翌日にヒースが仕事で一日空けていたのは、リントナー家に行って第二王子を王城に送る話をしていたのだとヒースは言った。
「そうだったのですね。まあ」
「第二王子は、あなたのことをそんなにはよく知らないようだった」
そのヒースの言葉で、ナターリエの唇は引き結ばれた。確かにそうなのだろう。知るも知らないもなく、拒絶をされた記憶しかない。ただ、きっと第二王子もそれなりに考えがあっただろうし、歩み寄ろうとしなかった自分の責任もないわけではないとも。
「婚約者になると言って顔合わせをした日に、王子ご自身から、自分は認めない、とおっしゃられて……とはいえ、それもまあ気持ちがわかりますので」
「しかし」
「ヒース様、政略結婚というものの多くは、どちらも折れるか、あるいはどちらかが仕方なく折れることになるか、ではないでしょうか」
「……ううん、まあ、そう、なるかな……」
「第二王子は、ご自分は何もメリットがないのに、仕方なくわたしと婚約を結ばされたので……勿論、それはわたしのスキルのせいでしたし、国としてはメリットが大きいのですが、当時の王子には、スキル鑑定のスキルがどれほど大切なのかをご存知なかったので、仕方がないのかと」
「スキル鑑定のスキルとなれば、どの国でも引く手あまただし、国の人材育成のためには欠かせないものだし、あまりこういうことは言いたくないが……戦でも重宝されるだろう」
そのヒースの言葉に、ナターリエは少しばかり悲し気に「はい」と言ってうなずいた。
「まず、おっしゃるように、国の人材育成や臣下の適材適所の配置にも適しています。それから、潜在スキルがある者を探して囲うことも」
「そんなこともしているのか」
「はい。それから、戦では、これはわたしがそうであるうちに戦がなかったので良かったのですが……前線に出て、敵のスキル持ちを探すこともします。スキル持ちを中心に陣が組まれていることが多いですし、それが将となっていなくても、重要な役割を持っているだろうと思われます。また、スキルを使っての戦術を組まれている可能性もありますので、それを看過できます。ただ、それは逆に……スキル鑑定スキルを持つ者を探して、まず倒そうという話になってしまうので、なかなかリスクが高いのですが」
「……」
「とにかくですね……それほどのスキルなので、その、魔獣鑑定士になると言った時、めちゃくちゃ陛下と喧嘩をしました」
へらりとナターリエがそう言うと、ヒースは「そりゃそうだろうな……」と呆れ顔だ。
「ですが、我が国は戦を当面する予定はありませんし、隣国とうまくいっていますし、何より、今からわたしを更に国に囲い込もうとすれば、第三王子、あるいは第四王子と縁を結ぶしかありませんし……」
「第三王子はともかく、第四王子は9歳だろう」
「はい」
そりゃあ無理だ、とヒースは苦々しい表情になる。
「陛下は、その、戦が起きたら例外的にわたしが封じているスキル鑑定のスキルを解除するおつもりで……なので、第二王子との婚約もそのまま継続をして欲しいとおっしゃっていました。本当に万が一の話だったので、その万が一のために婚姻を結ばなければいけないのは、わたしも不本意でした。第二王子はもっと不本意でしたでしょうし、ですから、婚約破棄は、そのう、そう、悪くはなかったのです」
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