第17話 リューカーン

「ゲオルグ!」


「ヒース様……申し訳ございません!」


 倒れている飛竜の脇に、ゲオルグがうずくまっている。顔色があまりよくないが、命に別状はないようだった。


「わたしの竜が突然落下して、そのまま眠ってしまって……生きてはいるのですが、一向に起きないのです……」


 それへ、ナターリエが


「リューカーンの鳴き声でやられたのですね。大丈夫です。しばらくすれば起きると思います」


「本当ですか……? このままもう起きないのかと……」


 ほっとした表情のゲオルグだったが、肩や足を落下の時に打ったようで、体を起こすにも「いててて」と呻く。


「大丈夫か」


「はい……出血はしておりませんが、打撲かなと……折っていないとは思いますが」


「そうか。飛竜の怪我はないか」


「落下でおかしな方向に足が曲がってしまって折れていますが、翼は大丈夫だと思います」


 ぐるりと谷間を見ると、そこはぽっかりと広い空間が空いていた。大きな地竜が二体。そして倒れている飛竜。ただ、それだけ。他の魔獣は一切そこに入ってこないようで、異様な光景だった。


 リューカーンとの間は15メートルほど。だが、たかが15メートル、竜が動けばあっという間の距離だ。


 やいのやいのとヒースたちが話をしていると、再びリューカーンが話しかけて来た。


『なるほど、お前はリントナー家のものだな』


「!」


 突然、再び念話で話しかけられ、びくりと反応をするヒース。


「俺の家系を知っているのか」


『ああ。お前は、リントナーの血筋だ。見ればわかる。リントナー家には、恩義があってな』


「恩義?」


『遠い昔、お前の祖先に守られたことがある』


 ヒースとナターリエ、そしてゲオルグは、驚いて地竜リューカーンを見る。一体がこちら側に、にゅるりと顔を伸ばして来た。


『もう300年以上も前の話か』


「300年!? それは、リントナー家の始祖の話だな!?」


『あれは、まだこの谷が広く、森からそのまま入れた頃だ。大きな地震が発生をして、この辺りの地形が変化をした』


 ヒースは記憶をたどり「ああ」と声をあげる。


「確かに、大地震があったと領の歴史書には記されていたが……」


『その時に、まだ子供だったわたしは親と分断をされてしまってな。だが、リントナーと名乗った猟師がわたしを保護してくれ、大地震の後、時間はかかったがわたしを谷に戻してくれた』


「猟師……?」


 と呟くナターリエに説明をするヒース。


「リントナー家は、もともとは平民で猟師の生まれだったんだ。魔獣からの襲撃から人々を守ったことが何度かあり、それで貴族の地位を与えられてこの地方を任されたと聞いた」


『うむ。ゆえに、お前たちを受け入れた。そこにいる先に落ちたもう一人はどうでも良かったが、こちらが思わぬ攻撃を仕掛けたせいで落ちたので、まあ仕方なく。とりあえず我らがここにいる限り、他の魔獣は滅多に入ってこないので、単に運よく守られただけだ』


 ゲオルグは苦々しい表情を見せる。


「確かに、他の魔獣がまったくいませんね……」


『産卵の最後の鳴き声で、その飛竜がやられたようだな。それは申し訳なかったが』


「産卵……? あっ、もしかして」


 念話をしているリューカーンの影でじっとしているもう一体のリューカーンは番なのだろう。じっと眠りについているように見えるが、更に目を凝らすと、卵をいくつか抱きかかえているのがわかる。


『先程終わった。産む前からひとつきほど時々呻いておってな。そこに、眠りの波動を乗せて呻いてしまい、その飛竜がたまたま落ちて来た。なんにせよ、今は産卵も終わり、安らかに眠っておる』


「まあ、まあ、まあ、そうなのですね。おめでとうございます」


 と、無邪気にリューカーンに言うナターリエ。それへ、リューカーンは


『おめでたい……?』


 と、不思議そうに返す。産卵をめでたいとは感じないのか、とヒースとゲオルグはなんとなく顔を見合わせた。だが、ナターリエは無邪気に微笑む。


「はい。おめでたいですよ。ええ。早く卵から孵ると良いですね」


『これから半月近くは、卵のままだがな』


「そうなんですね」


『そして、100年をかけて、成体になる』


 成長速度がおかしくないか、と思うヒース。聞けば聞くほど驚くことばかりだ。ナターリエは慌てて腰につけたポシェットから紙を取り出してメモをとる。リューカーンは「ふわあ」と大きな欠伸をしながら告げた。


『何にせよ、朝にはその飛竜も目覚めるだろう。そうしたら、帰ってくれ』


 そのリューカーンの言葉に三人は驚いた。


「ええっ、朝までですか……!?」


『うむ。我らの波動は、竜にはよく効きすぎるのでな』


 困ったな、と顔を見合わせるヒースとナターリエ。


「あれじゃないですか。まず、えっと、ヒース様がゲオルグさんを連れて出て……」


「何を言う。ナターリエ嬢をここで一人には出来ないだろう」


「大丈夫ですよ。それで、えっと、誰かをまた一緒に連れ来て、朝、その人にこの飛竜に乗って帰ってもらえば……」


 飛竜が目覚めた時に騎士がいないとなると、大丈夫だろうか、混乱をして暴れたり、ここから飛んでどこかにいってしまったりしないだろうか。いくらかの懸念が残る。


 それから、ああでもない、こうでもない、と話し合っている間、空の色が変わっていく。結果、ヒースがリューカーンに声をかけた。


「リューカーン」


『なんだ』


「ここで、一晩過ごさせてもらっても構わないだろうか」


『勝手にしろ。ここは、他の魔獣は入ってこない場所だ。妻も、産卵後にすぐ眠りについたので、4日は起きない』


 あ、眉唾だと思っていた話は本当だったんだ、とヒースとナターリエは目を見交わした。


「ゲオルグ、鞍だけ積み替えて、俺の飛竜で一人であがれるか」


「なんとかなると思いますが……どうなさるんですか」


「うん。折角だし、ここで一晩明かすのも良いかと思ってな。ナターリエ嬢には、大変申し訳ないのだが、野営の道具もあるので、我慢をしていただけないだろうか」


 そうヒースが言えば、ナターリエも賛同をした。


「そうですね。それが一番簡単な話ですね」


「しかし……」


 いくらなんでもナターリエ様も、という表情を見せるゲオルグ。


「まず、飛べる竜は一体だ。お前は早く怪我を治療してもらった方がいいし、その体ではナターリエ嬢を任せるわけにもいかん。2人乗りにはコツがいるしな。そして、もう夕方から夜になりかけている。魔道具で上に待機している4人に知らせるから、まずは戻って治療を受けてくれ」


 そう言うと、ヒースは懐から遠隔通話が出来る魔道具を取り出して、部下たちに話をした。その間、ナターリエは慣れない手つきでヒースの飛竜から鞍を外してゲオルグに渡す。それから、野営の道具も外してからゲオルグに飛竜を明け渡した。ゲオルグも自分の飛竜から鞍を外して、それをヒースの飛竜につけた。




 ヒースの飛竜に乗ったゲオルグは、痛む体をかばいながらもなんとか上昇をした。高度飛行のスキルが長い時間は使えないと聞いて少し不安がっていたが、どうにか谷を脱出したようだった。


「リューカーン、朝までここで世話になる」


『勝手にしろ』


「リューカーンは、魔力をお持ちで、更にとても頭が良いのですね。この、なんでしょうか。頭に語り掛けて来る言葉も通じているし、すごいことですね」


 ナターリエが興奮気味にそう聞けば、リューカーンはわずかに『ふふん』と自慢げな声音になる。


『言葉は知らぬ。勝手にお前たちの脳が訳しているだけだ。わたしは、わたしの一族の言葉を使っているのでな。わたしの念話をお前たちの脳に送れば、勝手にお前たちの脳が正しく言葉にしているだけだ』


「まあ、まあ、そうなのですか……」


 ナターリエは驚いて目を見開く。リューカーンは興味深そうにナターリエをじろじろと見て


『リントナー家の者よ。この女はお前の番か?』


 と尋ねる。


「「えっ」」


 同時に2人は声をあげ、それから「違う」と伝えた。


『ふむ。変わった女だ。なんといっても、わたしのことを恐れていない』


 それへは、ナターリエはふわりと笑みをこぼす。


「だって、リューカーンが、ご自分でもう攻撃はしないと言ったじゃないですか。それなら、恐れることはないと思います」


『わたしが怖くないのか? お前たちの何倍も大きく、お前たちが乗る飛竜よりも大きく、お前たちが言うところの、魔力を持つわたしを』


「ええ、怖くありません。でも、それは、あなたを侮っているという意味ではありません。むしろ、敬う気持ちはありますが、それでも、怖い、とは少し違うような気がします」


 そう言って、ナターリエはそっとリューカーンに近づいた。


「お、おい」


「あの、リューカーン」


『なんだ』


「さ、触っても……良い、でしょうか……?」


『触ったらどうなるのだ?』


「ええっと……そのう、触り心地が、わかります」


『? 触り心地がわかれば、どうなる?』


「わ、わたしが、喜びます」


『?』


 リューカーンは瞳をキョロっとヒースに向けた。ヒースは困惑の表情で


「ええと、どのような触り心地なのかを、ただ知りたいだけなのだと……」


 と伝える。意味が分からん、とリューカーンは呆れたように『1分だけならば』と答えた。

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