第16話 谷からの鳴き声
それからまた数日後。フロレンツ率いるエルド輸送部隊が戻って来た日に事件は発生した。
例の「気配察知」のスキルをもった飛竜に乗ったヴェーダとペアを組んで、古代種トルルーク捕獲用の檻の様子を見に行ったゲオルグの飛竜が、突然暴れだした後、急下降をして谷に落ちたのだと言う。だが、その谷には、その「気配察知」スキルを持った飛竜はどうしても近寄れず、仕方なく慌てて戻って来たという話だ。
竜舎前でみなががやがや集まって、話を聞いている。遅れてやってきたナターリエも、彼の話に耳を傾けた。
「本当に突然のことで……何か、鳴き声が聞こえた、と思ったら、急に飛竜が制御出来なくなって暴れて上昇していって、その後、例の谷間の上から落下していったんです!」
話を聞けば、落ちた竜は「高度飛行」が潜在スキルになっていた竜だったという。制御が出来なくなった上に、高度飛行が覚醒したのか例の谷間の上まで一度あがってしまったらしい。
「そもそも、どうして例の谷間近くを飛んでいたんだ?」
「トルルークが罠にかからず、餌だけを持って行った痕跡があったので、一応念のために辺りの確認をしていたら、つい、谷にひっかっかって……わたしの竜が怯えたので引き返そうと思ったところ、ゲオルグの竜が……申し訳ございません!」
「わかった。捜索に出よう……命に関わることだが、あの谷間に降りられる竜は俺の竜だけだな……」
ヒースはそう言って、戻って来たフロレンツを筆頭に、4人の騎士を選んだ。フロレンツには、遠隔で会話が出来る使い捨ての魔道具を渡す。
「ヒース様、わたしもご一緒します」
「いや、いくらなんでも。あなたは、待っていてくれ」
「あのっ、わたし、鳴き声で精神攻撃をする、古代種の竜を知っているんです」
「何……?」
ナターリエのその言葉に、騎士達がざわつく。
「とはいえ、古代種も古代種で……本当に幻の種族と呼ばれている竜なので、現実にいるのかどうかは怪しいです。ですが……鳴き声を聴かれたんですね?」
「はっ、はい。聴きました。けぇーん、けぇーん、という声が聞こえて……」
その声は、先日古代種がいるエリアに行った時に聞いた声と同じだ、とナターリエは思う。
「ヒース様、あの、わたしと一緒に行った時に聞いた鳴き声は、よくわからない、とおっしゃっていましたよね」
「あ、ああ」
「竜に詳しいヒース様が『わからない』というならば、それは、竜ではないものか、あるいは、竜でも『幻と呼ばれて文献にあまり載っていない』ものなのだと思うんです」
そのナターリエの言葉に、みなは息を飲む。
「わかるのか」
「王城の図書館の閉架書庫の、本当に古いものにしか載っていませんが……本当に、眉唾ものの話なので、わたしも、こう、おとぎ話の魔獣のような気持で読んでいましたが。もしかすると、このリントナー辺境伯領であれば、いる可能性もあります。名前は、リューカーン。高い知能を持つ、巨大な地竜です」
ゲオルグの探索に出る前に、魔導士を呼んで飛竜に「魔法防御」の術をかけてもらう。そう強くもないし、長くももたないものだが、気休めでもないよりはなしだとヒースはナターリエに説明をする。
今から現地に行っても夕方になる可能性があった。そのため、念を入れて野営の準備や飛竜の引き上げを出来る装備をそれぞれ飛竜に括りつける。半刻もせずに、それらの準備を終えて、5体が一斉に飛びたった。
飛竜は夜も飛べるが、そんなに夜目は効かないし、乗っている人間は尚のことだ。よって、時刻が遅くなればすぐに撤収をしなければいけない。
「最低限、ゲオルグだけでも無事だといいのだが……」
だが、本当は飛竜も無事でいて欲しい。何にせよ、張り詰めた空気の中、5体の飛竜は谷に向かった。
「リューカーンという竜は、どういう竜なんだ? 俺が見た資料にはなかったのだが」
空を飛びながら、ナターリエはヒースに説明をする。
「リューカーンは温厚な竜です。でも、何かの時に……これは、多くの書物にも書かれていなかったのですが、精神攻撃を『鳴き声に乗せて』行うらしく、その声を聴いた魔獣は前後不覚のように倒れてしまうと聞きます」
「その声の範囲は」
「そこまではちょっとわからないのですが……飛竜であれば、一刻もすれば回復はするのではないかと……ううん、もっとかかるかしら」
「そんなにかかるのか」
「はい。ただ、その鳴き声を出している間、周囲の魔獣はほとんど動けなくなっていると思うので、ある意味無事かもしれません……」
「そうだといいんだが……他には?」
「本当に、謎の地竜なんですよね……神の竜とも呼ばれていて……これ、本当に眉唾ですから、笑わないでくださいね?」
「うん」
ナターリエは若干「言いたくなさそう」な表情をしたが、ヒースにはそれが見えない。仕方がない、とリューカーンに関する情報を伝える。
「200年以上生きる竜。産卵期は100年に一度」
もう、その時点でヒースは「ははは」と力なく笑う。気分的に普通に笑えない、というのもあるが、何よりやはりナターリエが言う「眉唾」の意味がよくわかったからだ。
「100年に一度かぁ」
「はい。100年に一度かどうかなんて人間がわかるわけないのに、100年に一度だと書いてありました」
「まったく、それは眉唾だな……」
「食事は、10日に1回、雑食。10キロほどの肉と木の実を食べる」
「ほう」
「そして、4日は続けて眠っている」
「……なるほど?」
「……というわけです。眉唾ですよね?」
呆れつつも、仕方なく、という風に話したナターリエがそう言うと、ヒースも「そうだなぁ~」と仕方なさそうに、苦々しく答えた。
「ううん、しかし、リントナー家には、特には何もなかったがなぁ……それにしても、ナターリエ嬢はすごいな。よくもその内容をすらすらと覚えていられるものだ」
「そのう……」
それへの歯切れが悪い。なんだ、とヒースが返答を待っていると、ナターリエは少しばかり恥ずかしそうに言った。
「幼い頃から、リューカーンは、そのう……わたしの……心を奪っていた魔獣といいますか……」
「ああ、お気に入りというやつか……?」
よくわからないが、というヒースに「よ、よくわかりませんよね?」と返すナターリエ。
「わたしには、魔獣はどれもおとぎ話の中にいるもののようでした。だって、王城付近にはどれもいませんもの。まだ、魔獣研究所があるとも知らなかった頃は、ええ、ものすごく……」
「絵を、描いたか?」
「えっ?」
ナターリエは、自分を後ろから支えているヒースを振り返ろうとする。が、空中ゆえ、それがうまく出来ない。
「リューカーンの絵を描いたのか」
「描き、ました……が……」
「が?」
「下手くそで……」
その、風の音で消えそうだったナターリエの言葉に、ヒースは「下手でもいいだろう」と言った。ナターリエは、今度こそ風の音でかき消される声で「ありがとうございます」と小さく告げた。
例の谷間付近。共に来た他の飛竜は上がれない高さ。ヒースは他の4人に待機を命じて、ちょうど良い岩場に留まるように指示をした。
「お気をつけて。何かあればお知らせください」
「ああ」
フロレンツにぺこりとナターリエも頭を下げる。
危険はあるが、ナターリエには共に行ってもらう方が良いだろうということで、ヒースとナターリエはいささか緊張をしながら飛んだ。
「いけるかな……おい、お前、本当にどれぐらい飛ぶんだ? 頼むぞ」
ヒースの飛竜も、高度飛行のスキルはある。が、その谷を越えるほど飛んだことはそれまでなかったのだと言う。
手綱を握り、高度をあげる合図を送る。ぐっと高度をあげた飛竜に、更に同じく合図を送ると、突然、ぐん、と鋭角に空を昇る。あまりに急なことだったので、ナターリエは必死にしがみついた。
「……おお、お、お前、こんなに飛べたのか……!?」
「わああああああ!」
予想外に高く飛び、他の飛竜が越えられない山岳地帯を悠々と羽ばたく飛竜。高度をあげるのはほんの少しの間で、それから安定をして高く飛んでいたが、ナターリエがハッとする。
「あっ、ヒース様、これっ……!」
「うん?」
「高度飛行、そんなに長くは持ちません」
「何?」
「スキルの時間制限、おおよそ5分が限界かと……!」
「案外短いな!? わかった!」
ヒースは山岳地帯の高い部分にぽっかりと空いている谷間を覗いた。ごつごつとした岩が左右から交互に出ており、下の方が見えない。が、きっとここを落ちたのだろうと推測をした。
「よし、下降するぞ」
「はい!」
ゆっくりと、翼がひっかからないようにと気を付けて降りると、すぐにぱあっと谷間が開けた。下を見て、ナターリエが声をあげる。
「あっ……あそこに……」
「ゲオルグの飛竜と……それから……!?」
「!」
谷の下に落ちて倒れている飛竜と。
その飛竜の三倍以上の大きさの、地竜が二体。鱗の色は鈍色で、尻尾は長い。飛ばないだろうが翼をもっていて、それは背に畳んでいる。
「あれは……幻の地竜、リューカーン……!」
ナターリエの声が裏返る。鼓動が高鳴るが、それは憧れの魔獣をみつけたからでもあり、その竜に恐怖を感じているからでもある。上空で旋回をして様子を見ると、リューカーンはぐるりと顔を上にあげ、ヒースの飛竜を視界に入れた。
「いかん。いざという時のために、落下しても大丈夫な距離に降りなければ……」
リューカーンの物理攻撃の範囲外、と勝手に仮定をした距離を保ち、ヒースの飛竜は高度を下げる。ゲオルグの飛竜は案外とリューカーンに近く落ちていて、そこまでいくとリューカーンの攻撃範囲に入るのではないかと思えた。
「攻撃は、するだろうか」
「リューカーンは穏やかな竜なはずですが……」
「だが、鳴き声でやられるのだろう?」
落下したゲオルグの竜が聴いた「精神攻撃」を乗せた鳴き声を出すのではないか、と思う。一応、魔法防御のシールドは張って来たが、それは過信が出来ない。
「どちらにしても、この竜の高度飛行のスキルは回復するのに少し時間がかかりますし、飛んでいれば、回復に更に時間がかかります。一度、下りてみませんか」
「そうか」
着陸すべきかどうかと考えあぐねて、飛竜を谷間の途中で旋回をさせていたヒース。が、そのヒースとナターリエに、声なき声が届いた。
『人の子か。ここまで、降りて来るが良い』
「おっ!?」
「今のは……? リューカーン……?」
『ふむ。その名で呼ばれることなぞ、100年、200年ぶりのことか。もう、攻撃はしない。お前の仲間を助けに来たのだろう? こちらの不手際で攻撃をしてしまった。悪かったな』
それは、大きな地竜から発された念話のようなものだった。
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