第8話 空の旅
そんなわけで、魔獣鑑定士の試験を合格して一週間後。ヒースのもとへとナターリエは行くことになった。
ヒースからの依頼はこうだ。古代種たちが生息しているエリアに行って魔獣を捕獲し、魔獣研究所に一体ずつ運びたいと。だが、亜種やら何やらが多く入り乱れていて、正直なところ自分たちには古代種の見分けが難しい。よって、魔獣鑑定士の力を借りたかったと。
しかし、古代種までの鑑定となると、魔獣鑑定士では、研究所に勤めている56才の男性と、現在旅に出ている52才の女性の2人しか出来ない。そんな時に、新しい魔獣鑑定士の試験があると聞いて魔獣研究所に顔を出したら、呑気にナターリエがやって来た……というわけだ。
「ふあぁぁぁぁ……」
出発当日、ハーバー伯爵家の前庭に、ヒースが乗っている飛竜が降りて来た。まさか飛竜に乗って移動をするとは思っていなかったナターリエは大興奮をした。
「まあ、まあ、飛竜に乗ることが出来るのですか? まあ、凄いわ。大きくて、ああ、立派な翼! それに、あなた素敵な瞳をしているのねぇ~……」
うっとりと飛竜を見るナターリエ。それから「アッ、よろしくお願いします」と頭を下げる。飛竜に向かって。完全にテンションがあがって、わけがわからなくなっている。当然ながら飛竜は言葉がわからないので、それに返事をするわけもない。代わりにヒースが「うん。よろしく」と答えた。
「共についてくる使用人は、この後来る飛竜に乗って欲しい。荷物は1つの飛竜に4つまで乗せられる。いくつ荷物がある?」
「木箱に8つあります」
「ああ、では、2頭に半分に分けて積もう。後でもう一頭飛んで来る」
さすがに、ハーバー伯爵家前に、飛竜が到着を出来そうな場はそう多くはとっていないので、一頭ずつの着陸になるらしい。
やがて、もう一頭の飛竜が空に姿を現し、ゆっくりと下降をしてきた。
「お待たせしました」
「ああ、ナターリエ嬢。彼は、俺の副官のフロレンツ・アードラーだ」
その飛竜から降りて来た騎士は、長い金髪を後ろで一つにまとめ、涼し気な顔だちを持つ青年だった。年のころは、ヒースと変わりがないぐらいに見える。
「第一飛竜騎士団、副官のフロレンツ・アードラーです。フロレンツとお気軽にお呼びください」
生真面目な表情で「お気軽に」と言われても、少しばかり怖気づく。が、ナターリエはなんとか笑顔で返した。
「ナターリエ・ハーバーです。よろしくお願いいたします」
互いに名乗り合って挨拶を終え、フロレンツはヒースに言われて荷物を飛竜にとりつけ始める。
さて、ナターリエにはユッテがついていくことになっていたが……
「あ、あの、お嬢様」
「ん?」
「そ、空を、飛ぶ、のですか……」
ユッテは青ざめてそう言う。だが、ナターリエは彼女の両肩に手を置いて
「大丈夫よ。目を閉じていればあっという間だわ……知らないけど……」
と無責任なことを言った。ユッテは「お嬢様~~!」と震えていたが、こればかりはどうしようもない。他の女中たちは「可哀相に……」とユッテに同情の目を向けるが、向けたところで何も変わりはしない。
「失礼いたします。ナターリエ様。荷物の積み込みを終えました」
かしこまってフロレンツが声をかけに来る。
「ありがとう。こちらが、一緒に行くユッテです」
「ユ、ユッテ、と申します」
「フロレンツと申します」
会釈をするものの、ユッテはすっかり動揺をして震える。
「あの、あの、飛竜、に、乗る、のですか」
「はい」
「ええっと、どうにか、その、馬などで……」
それをどう察したのか、フロレンツは生真面目に答えた。
「馬で行けば数日かかってしまいますが、飛竜であれば半日もせずに、ええ、それこそ出来るだけ早くというご要望であれば2時間で到着いたしますので、その2時間を耐えていただきますよう、お願いいたします。大丈夫です。落ちても、命綱はつけさせていただきますから」
一見丁寧だが、断固として聞き入れない。どうやらこの副官は己の職務に実に忠実らしい。ユッテは「は、はぁい……」と情けない返事をして、ナターリエに笑われた。
その間、ヒースは見送りに出て来たハーバー伯爵の元にいって、頭を下げる。
「この度は、我々に協力をいただき、誠にありがとうございます。ナターリエ嬢は必ずわたしがお守りしますので、ご安心ください」
「ああ。その……よ、嫁入り前の身なので、頼むよ!」
何を言っているんだ、と妻、ナターリエ、兄妹、みなの冷たい目線に晒されるハーバー伯爵。彼は、飛竜に驚いて腰を抜かしそうなのを必死で我慢をしていたのだから仕方がない。それへヒースは生真面目に「はい」と返事をする。
「それでは、行ってまいります」
何にせよ、ナターリエはヒースと共に辺境の地に向かったのだった。
空を飛ぶ飛竜の背から眼下を見て
「ふわあ~……」
と、ナターリエは間が抜けた声をあげる。鞍にベルトで腰を固定して、手首にベルトを通し、落ちないように握るための棒を掴んで緊張をしていたが、少しずつ慣れていく。
「凄いです……凄い……それに、空の上は、風が冷たいし、ごうごうと音がするのですね」
飛竜に乗るので外套を羽織った方が良いと言われたが、確かにそれは必要だったとナターリエは思う。
「ああ。大丈夫か。寒くないか」
「はい、大丈夫です」
「半刻飛んだら一度降りて休もう」
ナターリエは、飛竜が一時間はゆうに飛んでいられる生き物だと知っている。だから、ヒースのその言葉はナターリエを気遣ってのことだとも理解をした。
「ありがとうございます。助かります」
それへ、素直に礼を言う。何にせよ、ナターリエは最初に降りた半刻まで、延々と眼下の景色や飛竜が飛ぶ先の景色に目を奪われ、あれこれと考えていて、あっという間に感じていた。
そして、ヒースは、途中から言葉もなくあちらこちらを見て感心をするナターリエに声をかけず、淡々と手綱を握る。
「あっ、そうだ、ヒース様」
「うん?」
「ヒース様は、魔獣について詳しいのですね? リントナー領に魔獣が多いからでしょうが、それはどうやってお学びになられたのですか?」
「ああ……俺のは本当に目で見て覚えたという感じでな……いくつかの資料はあるものの、人里近くに出る魔獣についてしか、それらには書いていないので」
今現在彼らが調査をしている古代種のエリアにいる魔獣は、彼もあまり知らない魔獣が多く、いちから勉強をし直したのだと言う。王城に頼んで、いくらかの書物を図書館から持ち出すことを許可してもらい、借りているのだと。
そうだ、そんなこともあった、忘れていた、とナターリエはようやく気付く。
「あっ、もしかして、それで王城の書物を……」
「……ああ、もしかして、王城の図書館の本が必要だったか? すまん。魔獣鑑定の試験なぞ知らず、俺が長期貸し出しを陛下に願い出てしまって……」
どうも、そのヒースの言葉はいささかボソボソとしている。申し訳なさのせいかと思ったが、それこそ自分は既に魔獣鑑定士になったのだから、とナターリエは特に気にはしていない。
「いえ、古代種に関する書物が多かったので、一体何に使うんだろうと思っていたんです」
「すまない。さすがに、俺も勉強が足りなくてな。親に聞いても、古代種についてはからっきしだったので、仕方なく」
なるほど、と腑に落ちたナターリエ。どちらかというと、ヒースの方が回答にキレがなく、何かを言いたげだ。
「ああ、そういうことだったのですね。うふふ、スッキリしました」
「ナターリエ嬢はその……大丈夫だったのか? その書物がなくても……ああ、大丈夫に決まっているよな、魔獣鑑定士に合格したのだし」
「はい。大丈夫でした。それに、古代種については、閉架書庫に多くの本が残っていましたので」
「そうなのか!?」
「はい」
「それならば、よかった。うん。よかった」
突然、ヒースはハキハキと答える。ナターリエは「そんなに申し訳ないと思っていらしたのかしら?」と思ったが、敢えてそれ以上は問わなかった。
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