第7話 魔獣鑑定士実地試験

「実地試験の日程、話を聞いて翌日って、急すぎるのよね」


 魔獣鑑定士の実地試験の当日、ナターリエはぶつぶつ言いながら着替えていた。ユッテは「そうですねぇ」と言いつつも、どうとも思っていなさそうだ。


「はい、お嬢様。今日もお美しいですよ」


「うふふ。ユッテ、今日も素敵だわ。ありがとう」


 実地試験がどんな形になるのかはわからなかったので、ナターリエは後ろの低い位置に髪をまとめ、乗馬用に作らせたパンツを穿いた。それ自体、貴族令嬢が持つべきものでもなかったのだが、ナターリエは幼少期から乗馬を嗜んでいたので、それは当たり前のものだった。


「上のコートの腰が絞られていて、素晴らしいシルエットです、お嬢様」


「ええ、わたしもそう思うわ。これでわたし、合格してくるわね」


 衣装と合格はまったく関係がないものだが、まずは気合いだ。ナターリエは意気揚々と馬車に乗った。


 魔獣研究所は、王城から少しだけ距離がある。万が一のことを考え、二重の外壁を持つ建物だ。敷地は広く、飼い慣らす魔獣の数は多いが、専任の魔獣鑑定士は1人しかいない。仕方がないので、魔獣たちの面倒を見る者を10人ほど雇っている。


 魔獣の中には知能が高く、攻撃魔法を使うものもいる。それらは捕らえることも難しいし、研究をしようにも魔法を防ぐことが必要で、現在研究所には運ばれていない。同じく、炎のブレスを吐くようなものなど、野生動物にはない、魔獣だからこそ発生する飛び道具的なものを持つ者は、いまだに収容が叶わない。


 だが、それ以外の魔獣はかなりの数収容されており、ナターリエは「本当に魔獣研究所で働けるようになっても良い」と思っていた。


(なんにせよ、試験に合格はしなければ)


 魔獣研究所に到着して、がらんとした一室に通された。それから、一人の係員に実地試験の説明を受けた後、試験に同行する担当者一人と、更にもう一人の男性が部屋に入ってきた。


「失礼する」


「……えええっ!?」


 声をあげるナターリエ。そこに、会ったばかりのヒースが現れたからだ。


(どうして、どうして……ヒース様がいらっしゃるの!?)


 その声に、苦笑いのヒース。


「まさか、魔獣鑑定士の認定を受けるとはな。なるほど」


「ど、どうしてヒース様が……?」


「少し、事情があってな」


 と、今度は彼の方が話を濁す。


「ナターリエ様、それではこちらに」


 ヒースと共にやってきた「担当者」がナターリエを呼んで、担当者、ナターリエ、ヒースという順で通路を歩いていく。やがて、多くの檻が並んでいる部屋に入る。唸り声が何種類も響いて、若干うるさい。


「これから、10匹の魔獣を見ていただきます。それぞれの名前とスキル、他、鑑定で見えたものすべてをそこに記入をしてください。1匹に対して時間は2分です」


「はい」


 紙とペンを与えられて、あっさりと実地試験が始まった。ナターリエは、対象の魔獣に対して指を指す。それが、彼女の魔獣鑑定スキルの発動条件だ。


「ん~」


(まずは、一角猫。雄。3才。スキルは突撃。尻尾の付け根に怪我をしている……)


 すらすらとペンを走らせていくナターリエ。ヒースは壁に背をつけて、黙ってその様子を見ている。


「はい、2分。次にどうぞ」


「はい」


(それから、フォレストホーン。雌。1才。スキルは現在はなし。潜在スキルに隠密。まだ体が森の色になりきっていないから、潜在スキルなのね)


 次々にナターリエは鑑定をして書き込んでいく。が、それも8匹目までだった。


「えぇ……?」


(これは……)


 驚きで目を見開く。


(これは『古代種』の1つ……アクリース……? 3才。スキルはなし。弱っているわ……どうしたらいいのかしら……)


 考えなくても良いことだが、眉根を寄せる。見るからに弱っているその古代種は、膝から下が「ない」と言われている鹿の一種だ。単に膝から下が白いだけなのだが。手を止めて、ナターリエはじっと見る。


「食べてるの?」


 と、不意に声を出してしまって「あっ」と口を覆う。それと、担当者が「次にどうぞ」と言うのが同時だった。


「んんん」


 そして、最後の10匹目。


(どうなってるのかしら!? これも『古代種』だわ……。赤獣ランスレー。12才。スキルは……わあ、わあ、わあ、すごいわ。炎のブレスに、体当たり。大きな手足でとんでもなく飛ぶのね……そういえば、炎のブレスがスキルにあるというのに、こんなに穏やかでいるなんて……一体何をどうしたら、大丈夫なのかしら? そもそも、わたしがこうやって見ている間にブレスを……あら、あら、欠伸をしたわ……よーく慣れているのね?)


「わあぁ~」


 真剣に見れば、口から間が抜けた声が出る。ヒースはそれを後ろで笑わないように必死に堪えていたが、ついに「あっはは!」と耐え切れなかったようだ。


「ふぁっ!?」


 驚いてヒースを振り返るナターリエ。担当がまた同時に「終了です」と告げる。


「す、すまない……その……間が、その、少々、抜けている声を出すので……」


「まあ! そ、それは、えっと、本当かもしれませんが、失礼ですわ……! 本当かもしれませんけれど!」


 恥ずかしさに頬を染めてナターリエがそう言えば、担当が彼女の手から紙とペンをさっと取り上げる。


「では、チェックをいたしますので、それまでまた先程の部屋でお待ちください」


「は、はい」


 ドアを開けて、ぽい、と部屋の外に出されるナターリエ。


「……ちょっと、雑じゃないかしらね?」


 少しばかり不満に思いつつ、最初にいた部屋にナターリエは戻っていった。




「失礼いたします」


 待っているナターリエのもとに、担当者とヒースが戻ってきた。


「まずは、ハーバー伯爵令嬢、お疲れ様でございます」


「あっ、はい。ありがとうございます」


「実地試験の結果、あなたは合格いたしました」


「えっ!」


 あまりにあっさりと言われて、拍子抜けをするナターリエ。もう少しこう、何かないのかと思ったが、どうも本当に「そう」らしい。


「ありがとうございます」


「それでですね。合格はしたのですが……こちらから質問をいくつかしてもよろしいでしょうか」


「えっ? あ、はい。どうぞ」


 担当者が頷き、ヒースが口を開く。


「9匹目と10匹目、よくわかったな」


「あの……でも、古代種がいるとは思わなかったので、とても驚きました」


「そうだろう。本当は8匹の鑑定までが実地試験なのだが……古代種も鑑定をきっちりしてもらって、逆にこちらが驚いているぐらいだ」


「えっ、そうなんですか」


「実はな。あの2匹をここに運び込んだので、俺は辺境を今少し離れて王城の世話になっているんだ」


「えっ……あの2匹を、ヒース様が捕獲なさったということですか」


「ああ。要するに……古代種が、多くいる巣というか。そういうエリアを見つけてしまってな。そこから、1匹ずつ連れてきているところで」


「それは、初耳です……」


 驚きで目を見開くナターリエ。


「そうだろう。辺境の魔獣に関することは、そうそう話題にあがらないしな。それで……これは本当に可能性の話であって、強要などは一切しないのだが……あなたに、共に来て欲しいと思っていて……」


「?」


 ヒースの言葉の意味がわからず、首を傾げるナターリエ。


「伯爵令嬢であるあなたに、こんな依頼をするのは恐縮なのだが」


 そう言いながら、ヒースは事情を話した。




「というわけで、ヒース様のお眼鏡にわたしは叶ったので、一緒に古代種のエリアに行って来たいのですが」


 突然の話に父親であるハーバー伯爵はひっくり返りそうになるほど驚き、母親は「危険じゃないの?」とすんなり尋ねる。


「危険は危険ですが、ヒース様が守ってくださるとおっしゃるので……」


「駄目だ! 嫁入り前の娘が、そんな、よくわからん魔獣の巣窟へ行くなぞ……」


「でも、お父様。お話を聞けば、本当に魔獣鑑定士が必要とのことなので……」


「そうねぇ~。あなた、良いんじゃないですか? どうせ、しばらくはここにいても『第二王子から婚約破棄をされた令嬢』って目で見られてしまうし。わざわざ魔獣鑑定士に合格をしたっていう噂を流すのもなんだし」


 その母親の意見はもっともだ。実際、グローレン子爵のパーティーで、ナターリエは肩身の狭い思いをした。竜を見て逃げ帰って来たから忘れていたが、あの場で人々がこそこそとあれこれ話していたことを思い出す。


「いや、しかしな……ううん……」


「戻って来る頃には、他の噂でそんな噂は忘れられている頃だと思いますし!」


 仕方がない、とばかりにハーバー伯爵は項垂れた。どうも、ハーバー家は女性が強いようだ。

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