第6話 ヒースの来訪
「ナターリエ!」
翌日の昼近く。突然、バン!とナターリエの部屋のドアが開けられた。そんな雑なことをこの邸宅で許されているのは、ナターリエの母親だけだ。
「な、な、何ですか、お母様……びっくりするではありませんか」
朝起きて、食事をして、そして部屋でだらだらとしていたナターリエは驚く。が、それに対して母親は何も言わず、必要最低限のことを伝えた。
「リントナー辺境伯のご長男が来たわよ」
「……えぇ?」
リントナー辺境伯のご長男。それがヒースのことだと気づくのに少し時間がかかったが、母親は矢継ぎ早に問いかけて来る。
「先ぶれも出せなかったので、断られても構わない、とのことだけど、どうする? 今、あの人は仕事でいないから、代わりにマルロが対応してるけど」
「い、今、今、行きますぅ……!」
「その格好で?」
母親に指を刺され、ナターリエは自分のくつろいだ衣類を見る。これはいかん、と慌てて声をあげた。
「ユ、ユ、ユッテ、助けてちょうだい~~~!」
「はい! カリテ! ベラ! セリエ! 集合~~!」
母親は「やれやれ」という顔で去っていく。ユッテの号令で3人の女中がやって来た。一人は今日のドレスを選び、一人は今ナターリエが着ているゆるゆるのドレスを脱がし、一人は腰を絞るコルセットを持って来る。ユッテはドレッサーの前にメイク道具を広げた。
3人がかりで一気にドレスを着せてドレッサーの前に座らせて、2人が髪を結い、1人がメイクをして、1人が脱がせたドレスを持っていく。4人で素晴らしい連携だ。あっという間に完成をしたナターリエの姿は「来客があるなんてちっとも考えていなかったので今日は薄化粧なんですごめんなさい、という顔」だが、完璧に作りこまれていた。
「素晴らしいわ……わたしの嫁入りに全員ついてきて欲しい……」
それへはみな心の中で(嫁入りがあればいいんですけどね……)と思ったが、口には出さなかった。ユッテ以外は。
「嫁入りがあれば良いんですけどもね……」
「ええ~~、それはそうなんだけど……」
婚約破棄をされた身にはつらい。ナターリエはうめきながら、身支度を整えてもらうのだった。
応接室に向かえば、楽しそうな声が聞こえてくる。どうやら、ナターリエが来るまでにヒースの相手をしていようということで、兄マルロのみならず、妹のカタリナも話をしているようだ。
「失礼いたします。お待たせいたしました」
すると、ヒースはソファから立ち上がって一礼をする。
「いえ、こちらこそ、先ぶれもなしに訪れて申し訳ない」
「いいえ、特に何も予定がない日でしたので問題ありませんわ。お座りください」
「では、失礼する」
そう言ってヒースは、ナターリエの兄マルロと妹カタリナに
「お二方とも、お付き合いいただきありがとうございました」
と言って軽く頭を下げる。それは、2人に「ナターリエが来たからもう大丈夫だ」と言っているわけで、要するに「部屋から出てくれ」と告げている。マルロとカタリナは顔を見合わせて「はい。では、失礼いたします」と出て行った。
(まあ。カタリナの可愛さに目もくれないなんて、ストイックな方なのねぇ……わたしが独身男性だったら、絶対カタリナのことを好きになっちゃうのに……)
と、口から出そうなのをこれまた堪えて、ナターリエは向かい側のソファに座る。
「それで……ご用件は何でしょうか?」
「実は、あなたが魔獣について知識を深めているらしいという話を子爵から聞いて」
「あ……はい」
自分のことを子爵と話したのか、とナターリエは疑心暗鬼になる。何せ、今自分は婚約破棄をされた令嬢だ。出来れば、あまり自分のことを話して欲しくない……と思う。
「なので、もしかしたらあなたは、俺が説明なぞしなくても本当は既にわかっていて、ビッケルに説明をしようとしていたところを俺が横取りした形だったのではないかと……」
「え」
「知っていることを伏せようとしたため、挙動不審になり、不思議な言い訳をして、あの場から離れたのだと腑に落ちたのだ」
あ、やっぱり、あれで誤魔化されたわけではなかったのだ。どうしよう。
(まだ魔獣鑑定士のことは言えないし……)
合格をしていない今、魔獣鑑定士のことは言えない。正直な話、魔獣鑑定スキルの前段にスキル鑑定のスキルがなければ問題はないのだ。仕方がない話だが、今守るべきものは、スキル鑑定士としての立場だ。スキル鑑定をレアスキルとして王城が重宝をして、他人に公言するなと言われているのは人間社会の勝手な話だが、それは誓約もしてあるため破ることは出来ない。
(ああ~~! 一刻も早く魔獣鑑定士になって、スキル鑑定のスキルを封印したいわ……!)
と、心の中で願ったが、願えばかなうわけでもないので、ナターリエはもじもじとする。
「ですから、まるで知った顔をして話の腰を折って申し訳なかったと思い、謝罪に来たのだ」
「あっ、あのっ、あのですね……ヒース様」
「うん」
「……えーーーーーーーーっと」
声をかけたが、それ以上の言葉が出ない。ヒースからの視線が痛い、と思う。
「わ、わたし、そう、竜の心が読めますの!」
「……?」
自分でも突飛なことを言い出したな? と思ったが、ナターリエの暴走は止まらない。
「ですから、ですから、えっと、ヒース様の謝罪は受けられませんわ! その、たまたまです。たまたま、えーっと、心を読めると言っても、本当にたまにのことですので、ええ、そのたまたまが今回でしたの!」
「……竜に、会ったことがあると?」
「う」
ない。というか、魔獣に会ったことがまず、ない。微笑みを顔にはりつけて、ナターリエの言葉は止まった。が、その彼女を見て、ヒースは堪らず笑い出す。
「……ふふ、ふ、はは」
「ほ、ほ、ほ……」
仕方なくそれに合わせて無理矢理笑うナターリエ。
「わかった。いや、全然わからんが、俺の謝罪を受けないということはわかった」
「は、はい。そうしていただけますと、とても、とても助かります……」
ナターリエは頬を紅潮させて俯く。よくわからないが、一応話はそれで終わったようだった。
「あの、グローレン子爵に、竜のことは……あの柵では……」
「ああ、そうだ。あのままではよろしくなかったので、話をした。なるほど。あの環境ではよろしくないともあなたはわかっていたんだな」
「んん……」
攻めて来るな……と思いながら、ナターリエは仕方なく笑う。
「はい。えーっと、その、魔獣について勉強しているものですから……」
「そのようだな。子爵は、竜舎を建て直すと言っていた」
「ああ、それはよかったですね。いつブレスを吐くかわかりませんものね」
そういって微笑むナターリエを、じっとヒースは見た。その視線が痛い、と思う。
(何かしら。わたし、何かまたやらかしてしまったのでしょうか……)
それはそうだ。竜舎を立て直すと言っただけ。その時点で意味がわかってしまう辺りが既に普通の令嬢とは違うのだが、それにナターリエは気付いていない。
だが、ヒースはそれへ特にそれ以上問わず、退出を申し出た。
「それでは、俺はこれで。謝罪に来ただけだったので……」
「はい。わざわざ足を運んでいただき、申し訳ありませんでした」
「ああ、ナターリエ嬢」
「はい?」
「その……すまない。俺は、その……どうにも、辺境でずっと過ごしていたせいか、その、言葉遣いが粗くてな。もし、上から言っているように聞こ・えていたら申し訳ないが、それは許していただけないだろうか」
「いいえ、全然大丈夫ですよ」
ナターリエがそう言って笑うと、ヒースは「そうか」とはにかんだ微笑みを浮かべた。それを見たナターリエは、あのパーティーでのしかめっ面はなんだったのかと思う。
応接室を出て、2人は竜について少し会話をしながら歩いた。ナターリエは
(そうか、地竜と火竜では食べるものが違うから、火竜が食べるものを食べていなかったので、スキルが覚醒しなかったのね……)
と驚く。
エントランスから外に出て、馬車に乗ってヒースが去るまでの間、ナターリエは「これでは魔獣鑑定士の実地試験本当に受かるのかしら……?」と、そちらにも気がとられた。おかげで、綺麗に着飾った状態で、午後には王城の図書館に足を運ぶことになる。
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