第9話 リントナー領の別荘
およそ三時間をかけ、ようやく目的地に到着した。ゆっくりと森の中を飛竜が下降をしていく。辺境の地とは聞いていたが、そうとは思えないほどしっかりとした邸宅が森の中にはあり、人々が飛竜を迎え入れる。
ナターリエはヒースの手を借りて飛竜から降りた。飛竜騎士団の人々が数名、ヒースの飛竜を受け取り、彼に挨拶をする。
「お帰りなさいませ」
「おう。飛竜に餌をやってくれるか」
「かしこまりました」
「あとからフロレンツも来る。ああ、荷物も運んでくれ。ナターリエ嬢。こちらに」
「は、はい」
ぺこりとヒースの仲間、いや、部下に会釈をして微笑むナターリエ。それから、彼に連れられて邸宅の中に入れば、エントランスに数名の使用人が待っている。
「ここは我がリントナー家の別荘でな……みんな、彼女はナターリエ・ハーバー伯爵令嬢だ。魔獣鑑定士のスキルを所持していて、古代種の捕縛を手伝ってくれることになった。後ほど彼女付きの使用人が来るので、そちらも頼む」
使用人たちはみな頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
とナターリエが言えば、ヒースは「そんな言葉遣いをしなくとも」と言う。
「ええーーっと、他の貴族の邸宅にお邪魔をすることが普段ないので、ちょっとよくわからないのですけれど」
「自分の家だと思ってくれれば良い。執事のティート、女中頭のヘンリケだ。後はおいおいわかるだろうさ」
「は、はい。では、皆様、どうぞよろしく……!」
慣れぬ様子で挨拶をするナターリエに、使用人たちはみな好意的な微笑みを浮かべるのだった。
部屋に案内をされてしばらくすると、後からユッテが荷物と共にやって来た。彼女はふらふらとやってきて、帰りも飛竜に乗ると思うと……とぶつぶつ文句を言う。どうも、彼女は空の旅はお気に召さなかったようだ。だが、フロレンツが彼女をそれなりに気遣って、休憩を多くとってくれたのだろうとナターリエは思う。
木箱を開けて、ナターリエの衣類を整理する。クローゼットは部屋にあったので、そこに並べていくユッテ。
「ユッテのお部屋は?」
「はい。わたしもお部屋をいただきまして。階段をあがって逆側の、階段側から数えて三つ目の右側です」
「そうなのね」
「広い部屋で、大層申し訳なく思います」
「いいのよ。ユッテもお客様みたいなものですもの。ここで少し羽を伸ばしていったらいいわ」
「そうですね。お嬢様が外出中、わたしはやることがそんなにはございませんので、ゆっくりさせていただきます」
「そうそう」
あくまでもナターリエはゲストだ。そして、ユッテはゲストについてきた女中なので、この別荘の使用人たちと共に働くわけではない。
「とはいえ、色々と教えてもらわないといけませんしね。少しはお役に立ちませんと」
そういう生真面目なところがナターリエには好ましく思う。
「ええ、よろしくね。慣れないとは思うけれど」
「はい、大丈夫です」
それから、あれこれと物を整理して、少しばかり休憩をと2人は手を止めた。すると、ドアをノックする音が響いた。
「はい」
「執事のティートでございます」
「どうぞ」
「失礼いたします」
そう言って扉を開けたティートは40代後半ぐらいの執事だ。一礼をしてから、温厚そうな笑みを浮かべる。
「ナターリエ様、お時間がございましたら邸宅内の案内と、それが終わりましたらヒース様とのお茶はいかがでございましょうか」
「は、はい、よろしゅうございます!」
つい、よくわからない言葉遣いで返すナターリエ。ユッテは「お嬢様ったら、前途多難だわ……」と思ったが、それを口には出さなかった。
「まあ、まあ、まあ……なんて素敵なんでしょうか……」
邸宅内の案内を終えて、ティータイムを、と一室に案内をされるナターリエ。そこは、広い庭園に面しており、美しい花がガラス越しに見られる部屋だった。
「ヒース様をお呼びしてまいります。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「ありがとう、ティート」
ティートは一礼をすると部屋を出ていく。それと同時に「失礼いたします。遅くなりましたが、ご用意をいたします」と何人もの女中が室内に入ってテーブルセッティングをする。きっと、何時に邸宅を周り終わるかわからなかったため、先にセッティングをしなかったのだろうとナターリエは理解をして「はい」と微笑んだ。
やがて、ほどなくヒースが入室すると、ちょうど用意がほぼ整って、女中たちは頭を下げて出ていく。
「待たせたかな。ナターリエ嬢」
「いいえ、こちらこそ、お待たせしておりましたら、申し訳ございません」
「いや。仕事をしていただけなので、特には」
「まあ。ご帰宅と同時にお仕事ですか。大変ですのね」
「少し長く空けていたため、それなりにはたまっていてなぁ……」
それはそうか、と思うナターリエ。ヒースが着席をすると、すぐに女中たちが2人に茶を運んで来た。テーブルには2人で食べるには明らかに量が多い菓子が並んでいる。
「ああ、実はいつもはこんなには並ばない。あなたが何を好きなのかわからなかったので、厨房の者も恐る恐るというところだな」
そう言って笑うヒース。あっけらかんと内情を話すその姿勢を好ましく思うナターリエ。
「凄いです! わたしは甘いものは大抵は好きなので、どれも美味しそうです」
「そうか。それは、作り甲斐がありそうだ。俺はあまり甘いものを食べないのでな」
「あまりお好きではないのですか?」
「いや、それなりに好きだが、一口二口で良いぐらいで。肉はいくらでも食べるんだがなぁ。甘いものは少しで良いんだ」
肉はいくらでも食べる。ヒースはなかなかにワイルドだ。
「ここは普段は別荘として使っていたのだが、2年ほど前からここを拠点として魔獣の捜索隊と討伐隊を作っていてな。すぐ近くに宿舎を用意して、そちらに部下たちは暮らしている。明日はそちらに行こう」
「わかりました」
「そして、明後日からは探索を開始する……ああ、すまん。食べてくれ」
説明を聞くため、手が止まっているナターリエに気付いてヒースが菓子を勧める。見たことがない果物が乗っているタルトを口にするナターリエ。
「美味しい!」
「ははっ、そうか。それは、この辺で採れる果実を使っているんだが、口にあったならよかった」
「ええ、初めて食べました。酸味と甘味がちょうどよくって、とても美味しいです。焼き加減もクリームも、ええ、みんな好きです。こちらの厨房でお作りになっているのですね? 良い腕ですね!」
嬉しそうに笑えば、ヒースも口端を軽くあげる。その表情を見て、ナターリエは首を軽く傾げた。
「……ヒース様はそういえば」
「うん?」
「あの、グローレン子爵のパーティーで初めてお見かけした時……そのう、眉間にこう、皺を寄せていらしたのですけど……今は、あれが気のせいかと思うぐらいですわね?」
考えれば、竜の柵の前で会ってから今まで、彼は険しい表情をそうは見せていない。何故、パーティーであんなしかめっ面だったのかと不思議になってナターリエは尋ねた。
「ああ……うん。少しばかり、苛立つことがあってな」
「あっ、そうだったのですね……わたし、ヒース様がいつもああいうお顔でいらっしゃるのかと思って、少しどきどきしました」
「怖がらせたか。それは、すまなかった」
「いえ! いえ、その後、竜の柵のところでお会いした時には、すっかりしかめっ面ではなかったので……単に魔獣が好きな方なんだと……」
そのナターリエの言葉に、ヒースは軽く笑った。
「それは、ナターリエ嬢だろう」
「えっ」
「あの竜を見ていた様子でわかった。あなたは魔獣が好きなんだな」
「ううーん、そうですね。好きは好きです」
その、煮え切らないナターリエの言葉にヒースは少し不思議そうな表情を見せる。
「魔獣には会えないと思っていて、でも、幼少期からずっと憧れていたんです。とはいえ、意思の疎通が出来るものは多くはないですし、気性が荒いものが多いので、そう、好き、というよりも……興味がある、でしょうか。それを好きに含めれば、好き、なのだと思いますけど」
「なるほど、興味がある……?」
「そうですねぇ、わたしが一番、魔獣に関して面白いと思うのは……ええ、その外側、見た目、恰好などは勿論魅力的だと思うのですが、面白さで言うとそこではなく。やっぱりスキルですね……。魔獣は魔獣しか持たないスキルを持っていますし、それぞれの体や生息地にそれがあっています。それは、その辺にいる野生動物たちと同じなんですけど……でも、中にはどうしてそれを、って思うものもいて。それを見つけて、あれこれ考察するのが楽しいですね!」
「ううん……?」
どうもナターリエの説明があまりよろしくないのか、ヒースは不思議そうな表情だ。それへ、ナターリエは突如饒舌に語り始める。
「勿論、人間のスキルもそうだったんですが、魔獣は更に面白いです。たとえば、空を飛ぶグリフォンなんかも今はもう絶滅寸前ですが、グリフォンの中には、何故か投擲スキルを持つものもいるんですよ。面白いですよね? 手がないのに投擲スキル。どうそのスキルを使うんでしょう? それを本人は気付くのかしら? って思うんですが、それって、本当は翼で風を起こしてものを飛ばすスキルなんですよ。なのに、投擲スキルと表示されるんです。それというのは……」
突然のオタク語りにヒースは驚く。放っておくと、いつまでも話を続けそうな勢いだ。さすがにグリフォンの話までは聞いたが、その次の魔獣の話になったところで、彼は止めた。
「わかった。わかった、ナターリエ嬢。その話はそれなりに面白そうだが、フォークを振り回すのは、はは、ちょっと勘弁してくれ」
笑いながら彼女をどうどうと落ち着かせるヒース。
「あっ、あっ、わたしったら……」
気付けば、タルトを切っていたナイフとフォークを両手に持って、それを振りかざしてあれこれと話をしていたようだ。ナターリエはかあっと頬を染めて
「す、すみません、夢中になりすぎました……」
と、小さくなる。
「いい、いい。なるほどなぁ。我ら人間は、人間として使えるスキルしか持たないし、魔獣もそうだと思っていたが、違うんだな」
「そう、そうなんです。ただ、それは魔獣の進化の過程でついたスキル、あるいはもう忘れても良いスキルの場合もありますし……とても、興味深いです」
「魔獣鑑定士となったということは、その前はスキル鑑定士だったのだな?」
「はい。でも、魔獣鑑定士になったことで、スキル鑑定士のスキルは王城で儀式を行って封じて来ました。少し惜しい気もしますが、スキル鑑定士は良いことがそんなにないので……」
とはいえ、スキル鑑定士も人手不足だ。彼女が魔獣鑑定士に合格したことを聞いて、国王は相当にしょんぼりとした。第二王子との婚約破棄はどちらにしても回避出来なかったのだということと、単純にスキル鑑定士の数が減ったことへの悲しみだ。が、前もって、魔獣鑑定のスキルが顕現したことは国王には話をしていたため「仕方ない」と、最後には諦めざるを得なかったのだが。
「しかし、その封印を解けばスキル鑑定は出来るんだな?」
「はい。ですが、スキル鑑定士は秘匿とされていますので、わたしのように魔獣鑑定士に一度なってしまえば、それが通らなくなるので……」
「なるほど。一大決心というわけか。スキル鑑定士をやめてでも、魔獣鑑定士になりたかったのか」
「はい。魔獣に関するお仕事を出来たらいいなぁとは思っていて……ずっと、スキル鑑定のスキルから派生しないかと願っていたので、覚醒して本当に嬉しいです」
そう言ってタルトを食べて微笑むナターリエ。
「本当に美味しいです。うちのシェフもお菓子は得意だったのですが、それに全然引けを取りません。素晴らしいです。あっ、こ、これもいただいてよろしいでしょうか……」
「全部食べてくれ。全部」
「さ、さすがに全部は無理ですが! でも、あの、もっと、いただいても?」
素直に聞くナターリエに、ヒースは快く「勿論だ」と答えた。
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