第4話 グローレン子爵家のパーティー

 さて、翌日のパーティー会場、グローレン子爵邸。ナターリエはグローレン子爵と挨拶をして、竜を見たいと申し出た。


「のちほど、用意が出来ましたらお声がけいたしましょう」


 子爵は喜んで二つ返事だ。どうやら、彼は実に善良で、自分が買った竜を人々に自慢をしたいらしい。が、あまり魔獣に興味がある人物がおらず、いくらかしょんぼりしていたとのこと。


「うふふ、嬉しいわ。よかった。これだけで来た甲斐があったと……」


 と呟いて、そうっと人混みから離れようとした時、入場の名乗りがあがった。


「リントナー辺境伯ご令息、ヒース・リントナー殿」


 おお、と会場内がどよめく。


(まあ! まさか、あの辺境伯のご令息がいらっしゃるとは……!)


 その場にいた貴族令嬢たちも同じく、それを意外に思っていることだろう。そこには、滅多に姿を現さない、辺境伯令息ヒース・リントナーが姿を現した。


 ヒースは肩幅ががっしりとした、いかにも軍人という体型の男性だ。彼は辺境伯令息でありながら、自領の飛竜騎士団を引き連れて辺境を守る武闘派の人として知られている。


黒髪を後ろに流して額を出しているが、ちらほらと前髪が下りてきており、それを面倒そうにかきあげる。顔立ちは精悍だが、常に眉間にしわを寄せた表情で、あまり人に対して好意的には見えない。


彼は、隣国との交易をうまく取り計らうため自領に関所を作り、3年前に大きな町を作ったという。そして、今ではその関所と町を姉に任せて、その町や街道から離れた未開の地で魔獣討伐や魔獣の保護を行っているらしい。要するに、彼は忙しく、王城から離れた場所で日々過ごしているというわけだ。


 文化的な町がそれなりにあるとはいえ、国境付近は危険が多い。しかし、それでも彼に嫁ぎたいと思っている女性たちがかなりいるようだ。やってきたヒースの元にどどっと攻めていく者もいれば、その前にお色直しをと会場から出て行く令嬢もいて、婚約者がいない令嬢の行動はほぼ二分された。


(結局、王城図書館の本は貸出中のままだったわ……きっと、辺境では魔獣が多いので、勉強をなさっているんでしょうね。そういえば、リントナー辺境伯のご令息は、飛竜騎士たちを率いているというけれど、今日はさすがに馬車でいらしているわよねぇ)


 なんにせよ、ナターリエは今日は完全に壁の花だ。というか、そうでなければ、人々のこそこそ話に耳を傾けて悲しまなければいけない。何故ならば、彼女は現在「第二王子から婚約破棄をされた令嬢」だからだ。魔獣鑑定士に合格するまでは、その不名誉な噂をそのまま放置するしかない。


 ありがたいことに、友人である令嬢数名はナターリエの肩を持ってくれた。だが、彼女達にも自分がスキル鑑定士であることは話していないので、ばつが悪い。なので、彼女は「今日はそっとしているから、気にしないで」と言って、一人になった。


(それにしても、なんだか険しい表情をなさっているわ……)


 気付かれぬようにとチラチラと、ヒースを伺い見るナターリエ。ヒースは声をかけて来る令嬢たちに何かを話してなんとなく躱しているようだったが、その表情はずっと硬い。


 やがて、のんびりと人々の輪から少し離れた場所にいたナターリエに、2人の男性が近付いて来た。


「ナターリエ嬢、お待たせいたしました」


「グローレン子爵!」


 今日のホストであるグローレン子爵は、見るからに「人の好さそうな、ちょっと品が良いおじさん」という風情だ。


「わたしの竜に興味を持っていただいて、嬉しく思いますよ。直接竜の世話を普段している者をおつけしますので、是非見ていってください。わたしがご一緒出来ればよいのですが、ホストが場を長く離れることはよろしくないので、ご理解いただけますと助かります」


「ええ、もちろんです。こちらこそ、わがままを申し上げまして……」


 そう言って頭を下げると、グローレン子爵の後ろから男性が一人、前に出た。


「ナターリエ様。わたくしが案内役を務めさせていただきます。ビッケルと申します」


 そういって頭を下げるビッケルに挨拶を返し、もう一度グローレン子爵に礼を言って、ナターリエは竜の元へと向かうのだった。




「まあ、まあ、まあ!」


 竜を前にしてナターリエは興奮を抑えきれない。柵の中に入っているその竜は、小型とはいえ大きく、顔の位置が相当高い。気性が穏やかなのか、唸りもせずに静かに繋がれている。


「嬉しい……! 竜を見るのは初めてです……! 小型な種なだけで、立派な成竜ですよね?」


「はい」


「飛ばない種なのですねぇ」


「これは地竜ですからね。グローレン子爵様は飛竜の騎乗資格をお持ちではないので」


 恐る恐る柵に近付いてじろじろと見るナターリエ。地竜はよほど穏やかなのか、まったく彼女を意に介していない。


「……あら……?」


 上から下までじろじろと見ていると、ナターリエは何かに違和感を覚える。


(何か……何か、違う……? 確かに地竜に見えるけれど……)


 首を傾げるナターリエ。


(本当はよろしくないけれど……)


 きょろきょろと辺りを伺う。ビッケルは地竜の顔のあたりを撫でており、ナターリエを見ていない。


(ちょっと、ちょっと軽く……かるーーーーく……)


 と言い訳をして、ナターリエは指をぴっと地竜に向け、鑑定スキルを発動した。彼女は未だ魔獣鑑定士にはなっていなかったものの、スキル発動はいつでも出来てしまうのだ。


 彼女の鑑定スキルは、文字としてふわりと情報が浮かぶタイプのものだ。それは、彼女にしか見えない。


「!」


 その結果、とんでもないことがわかって「えっ」と声を出す。その声がビッケルに聞こえていなかったかと窺えば、彼はまったく聞いていないようだった。


(どうしよう。これ……これは……知らせた方が良いのでは……)


 しばらくナターリエはどうしようかとおたおたしていたが、ビッケルが「どうですか」とナターリエの側に回ってきたので、意を決した。


「ビッケル様。この竜……」


「はい?」


「火竜の血を引いているんですね?」


「えっ? そんなことは……」


 火竜を飼う時には相応の環境が必要だ。気性が荒い個体であれば、火のブレスを無意識で吐く場合もあるため、竜舎は石などで作ることが必要だし、寒さには弱い。


(確かに、外見は地竜の特徴しか見えないから純血の地竜に見えるけれど……何かが違う……ううーーーーん、許されたいのだけど……)


 魔獣鑑定には制限がないため、もう一度ナターリエは鑑定スキルを発動した。本来、まだ魔獣鑑定士の資格を得ていないため、これは越権行為だ。バレたらよろしくない。だが、ナターリエは「それ」をうまく説明が出来ないため、仕方がない、と内緒で鑑定を行った。


(火のブレスのスキルが間違いなく存在する。でも、潜在スキルだわ……)


 どうしよう。どう説明したら良いだろうか。ナターリエは自分がまだ魔獣鑑定士の認定を受けていないため、鑑定結果が信頼されないことを知っている。それに、たとえどんなに能力があっても、だ。それに、認定試験が終わっていない状態では、スキル鑑定士であることを公にすることも出来ない。


(もし、潜在スキルが突然発動したら、この竜舎では燃えてしまうかもしれないし、周囲に木も多すぎる)


「ナターリエ様は、何をご覧になって、この竜が火竜だとおっしゃられるのですか?」


「えーっとそれは……えーっと……」


 言い訳を考えずに口に出してしまったことは反省をしている。スキル鑑定士であることをバラして、怒られる覚悟を決めなければ……そう思った時、竜にとっても、ナターリエにとっても救世主が現れた。


「おお、これは立派な地竜だな。うん? 火竜の血も混ざっているのか」


「「えっ!?」」


 驚いて2人が振り向くと、そこにはヒースの姿があった。

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